~大往生したと思ったら転生することになりそうです~
「おかーさん!!ひいじーちゃんが息してない!!」
のどかな田舎町に響き渡る子どもの声。桜が咲き始める頃、その男は大往生を迎えた。
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「…………あれ、ワシは家にいたはずだが…………」
男が目覚めたのは、60年以上住み慣れ親しんだ我が家ではなく、真っ白な空間。妻に先立たれ、1人でも暮らしていけるようにとフルリノベーションした寝室も、曾孫と一緒にゲームをするために買った大型のテレビも、ゲームアプリで一杯になったスマートフォンも無い。あるのはその身ただ1つだけ。男は周囲を見渡していると、自身の異変に気がついた。
「……ワシ、若くなってね?」
男は驚き、自分の手をまじまじと見つめる。細くなり皺だらけだった自分の手が、指が。20歳くらいの時の皺ひとつ無く血色も良い時のそれになっている。
「なるほどのう。これは夢か。まさかワシが『異世界転生』なんてするわけなかろうて。あれはフィクションの話じゃし、したとしても若いモンの特権じゃろて」
カッカッカッ、と男は笑う。新しい物好きだった男は、90を超えてなお意欲的で、若い人向けの小説も読んでいた。その中でも『転生もの』の作品をよく読んでは、孫や曾孫とその話で盛り上がっていたものである。まさか自分にそんなことが、と男は一笑に付していた。
〚……これは夢でもないですし、転生が若い人の特権というわけではありませんよ。花木次郎殿〛
ふと名を呼ばれた男、次郎の頭に声が響き渡る。笑っていた次郎の顔が、一転して驚愕の表情を浮かべた。
「こいつ、直接脳内に……」
〚少し古くありませんか、それ。貴方からしたら新しい方なのかもしれませんが……〛
次郎の放つ言葉に、頭に響いてくる声は呆れ半分、といった口調でツッコミを入れる。そのツッコミとほぼ同時に、次郎の目の前に真っ黒なローブに身を包んだ大柄の男が姿を現した。
「恐らく『そこにいるのは分かっている、出て来なさい』と言われかねませんでしたので、先手を打たせていただきました」
「バレとるのう。というより、慣れとるのう」
「地味に韻を踏まないでください。少し上手いと思ったではありませんか」
ローブの男は咳払いをひとつ。空気が変わったのを次郎は感じとり、真剣な表情でローブの男に視線を移した。その視線がローブの男に、「話があるなら聞こう」と語りかける。
「順応が早くて助かります。お察しのことかと思いますが、花木次郎殿。貴方は昨夜、日が変わる頃に心不全により命を落としました」
淡々と告げられる、自らの死亡宣言。だが次郎は狼狽える様子を微塵も見せなかった。
「まあ、ワシもトシじゃったからのう」
「現世での貴方の今の姿を見てみますか?寝てるようにしか見えませんよ」
「構わんよ。曾孫とゲームの約束を果たせなかったのは心残りじゃが、安らかに逝けたのならそれはそれで幸せなことじゃろうて。だとしても曾孫が悲しむ顔を見たいとは思わんな」
「受け入れるのが早いですね。私の下に来る者たちは、大抵現実を受け止められず暴れ回っていたものですが」
「いつ死んでもおかしくない歳じゃったからな。ただ1つ確認したいことがあるんじゃが、鏡を用意出来たりはせんかのう?」
「鏡?……ああ、なるほど。それではここに」
ローブの男の手には、いつの間にか手鏡が握られていた。次郎はその手鏡を受け取り、自分の顔を見る。そこに写っていたのは、紛れもなく若いころ、戦争に向う頃の自分の顔だった。
「……爺のワシの姿ならまだしも、こうもはっきりと若いころのワシの顔が見れるとなると、やはりこれは夢ではないのう」
次郎は手鏡をローブの男に返すと、無意識に言葉を漏らした。
「本当にワシ、異世界転生したんじゃな……」