42.交錯する整理しきれない感情。
加奈子は続ける。
「春菜の書くものだけじゃなくって、私の絵についても、褒めてくれてる。でも、それだけじゃない。彼はきちんといろんなものを見て、「良い」「悪い」を評価してる。自分の好みが入っているかもしれないけど、それでも冷静に……そう、いつだって冷静な評価を下してる。その上で、自分が「この人は」って思った創作者には、これでもかっていうくらいの愛情と敬意を注ぐ。そんなまっすぐにみられる人って、なかなかいないと思うんだ」
なんだこれ。
加奈子は今、俺の「良いところ」を説明している。それは分かる。
問題は、「なぜ今それを言うか」だ。
だって、そんなことを語っても仕方がないじゃないか。そりゃ加奈子が魅力的に思ってくれているのはありがたい。だけど、春菜が聞きたいのは多分、そんなことじゃない。どうして仲が良いのかっていう問いかけも多分、表向きのものだ。春菜が本当に聞きたいことは、
「そういうんじゃなくって。なんで仲良くなったのって聞いてるの。どうして、最近ずっと一緒に居るのって、聞いてるのよ」
加奈子は依然としていつもの優しい雰囲気をまとったままで、
「それは、そういう良いところを知ったからで」
「そうじゃない。そうじゃなくって、なんで仲良くしてるのかって聞いてるの。それは加奈子がコスモを気に入った理由でしょ?仲良くしている理由にはなってない」
これは、俺に聞いているのだろうか。
それとも、
「それはね、春菜。陽山くんが、私のことを、私の作品のことを好きだから、だよ」
「っ……」
「陽山くんは言ってくれた。私の絵が好きだって。だから、彼は、私の力になってくれる。仲良くもしてくれる。だから、私はそれに甘えてるんだ」
何を、言っているのだろう。
俺は確かに、加奈子の絵が好きだ。それは間違いない。だからこそ彼女に興味を持ったのも事実だ。
けれど、今はそうじゃない。加賀加奈子という、一人の友人だ。少なくとも俺はそのつもりでいる。
その彼女が、困っている。場所を提供するくらい、俺だってする。手伝いをするのは、もしかしたら彼女の実力があってこそかもしれないけど、それだって、同じ空間で作業をしていたら、やっぱり見るに見かねて力を貸すだろう。
今の彼女の言葉は、それすらも否定するような、
「それで、ね、春菜」
加奈子は言葉を切って、俺の腕を抱き寄せて、
「私、そんな陽山くんに、本当の意味で、自分を診てもらえるように、頑張ったんだ。だから、仲良くなった。それだけのこと、なんだよ」
「な、な、な」
唖然とする春菜。
驚いているのは俺も同じだ。
「か、加奈子?一体何を……?」
その言葉に加奈子は俯いて、
「ごめんね、陽山くん」
そう呟いた後、
「春菜。これ、見て欲しいんだ」
スマートフォンの画面を、春菜に見せる。それを見た瞬間、
「これ…………え、なにこれ…………は?」
処理しきれないままの感情を俺にぶつけてくる。
「アンタ。最初からこれが目的だったってこと?信じられない。最低」
その言葉は今までにぶつけられたどの暴言よりも冷たくて、重いもので、
「……いいわ。もう、話しかけないで。さよなら」
俺に反論の一つも許さずに、蹴り飛ばすような足取りで去っていく。
「あ、おい!」
俺は呼び止めようと、
「待って」
「なんで止めるんだよ」
加奈子はあの、自分の絵を嫌いと言った、その声で、
「追いかけてどうするの?」
「それ…………は」
正直、考えなんてまとまっていないと言ってよかった。なにせ、事態が全く把握できていないんだ。加奈子と話をしていた時はもっと普通だったはずなのに、スマートフォンを見てから、
「加奈子、お前一体春菜に何を見せたんだ……?」
そんな問いかけに加奈子は、スマートフォンをささっと操作して、
「秘密」
「秘密って……ちょっと見せろ」
「あっ」
俺は無理やり加奈子からスマートフォンを取り上げる。そこには、
「犬の…………写真?」
「そう。犬の写真だよ?ね?おかしなことなんて何もないんだよ?」
笑顔で語り掛ける加奈子。今の俺にはその笑顔が不気味に映る。一体お前は何を考えているんだ?
俺はスマートフォンを加奈子に返し、
「消したなら消したでそれでもいい。その内容についても言いたくなかったらまあ、聞かない。だけど、なんでだ?なんで春菜があんなことを言うような写真を見せたんだ?加奈子は、俺と春菜がお似合いだと思ってるんだろ?それななのになんで」
まくしたてる。加奈子はそんな言葉を遮るように、
「分かんない」
「は?」
「分かんないの。私もね、最初は陽山くんと春菜が付き合ったらいいなぁって思ってたんだよ?ホントなの。だけど、実際に陽山くんと会って、分からなくなっちゃったの。そしたら、陽山くんが、私の絵も好きだって言うから、じゃあ、私にだってチャンス、あるんだなって思っちゃって」
その表情は困ってもいなければ、笑ってもいなかった。
ただただ、事実を告げる。心の奥底は、ここからでは覗き見ることが出来ない。
「証拠、見せてあげようか」
「証拠?なんのだ?」
「私がずっと、春菜と陽山くんがお似合いだって思ってた証拠」
「そんなもの……」
あるわけがない。
そう言いそうになった。
だけどその言葉は直前でひっこめた。だって、それにしては、目の前にいる加奈子が、あまりにも自信に満ち溢れすぎているから。
「春乃、日向」
加奈子は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。その名前は彼女のペンネームだ。俺の良く知っている絵師であり、漫画家の名前だ。
加奈子は続ける。
「私、元々アルファベットで「kanako」っていう名前でしか活動してこなかったの。ううん……活動なんてことも大してしてなかった。だけど、春菜の、「だけ僕」の絵を担当するってなったときに、どうしてもペンネームが必要になった。だから即興で作ったの。春乃日向。これはね、」
俺の目をまっすぐに見据えて、
「如月“はる”菜と、“ひ”山宇宙から取って、作った名前なんだよ。私のペンネームは二人の名前から取られてる。これが、二人のことをお似合いだと思ってた証拠だよ」
一度もつっかかることなく、そう言い切った。
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