41.ずっと燻っていたもの。
それからというものの、加奈子は時々、俺の家に来るようになった。
聞けば、加奈子の家から学校までは、どう頑張っても一時間はかかるような位置にあるらしく、それは、学校から徒歩圏内にある俺の家も同様だった。
従って、暗くなる前に帰ろうとすると、それなりに早い時間に俺の家を出なければならず、結果として「一回の時間は短くして、毎日のように来る」という事態になったのだった。
別に俺からすれば問題は無かったけれど、そのせいで優愛どころか、うちの家族全員が加奈子のことを「俺の彼女」だとして認識するようになってしまったのにはちょっと困った。
しかも、加奈子が表立ってそれを否定してくれないもんだから、事態は深刻になるばかりだ。どこかで一度はっきりさせておくべきかもしれない。
あれから、加奈子は家に泊まるとは言いだしていない。別に迷惑でもなんでもないし、優愛に至っては喜びそうなものなんだけど、本人が言い出さないので、そのままになっている。
俺としても進捗はやっぱり気になるし、乗り掛かった船だ。最後まで、締め切りにきちんと間に合うまで手伝いたいとは思うんだけど、その辺は本人でないと分からないことの方が多い。
そのあたりを加奈子に聞いても「大丈夫だよ~」としか返ってこないので、暖簾に腕押しだ。俺が心配することでもないのかもしれないが、やっぱり気になるというものだ。
あれ以降部室には余り顔を出していない。昼休みには割と顔を出すのだが、放課後は加奈子が「作業する時間を増やしたい」というので、部室に寄ることなく、直帰するようにしていた。
そのことに関しては最初こそ、芥と月乃に勘繰られたし、なんなら優愛と同様に「付き合ってる疑惑」を吹っかけてきたりもしたけれど、何度か否定していたら、聞いてこなくなった。関心があるのか無いのか不思議な連中だと思う。
まあ、それくらいの距離感をお互いが「ちょうどいい」と思ってるからこその今の関係な訳なんだけど。ドライと言われればドライだと思うけど、人間、これくらいがちょうどいいと思う。踏み込み過ぎたっていいことは何もない。
それ以外では春菜と話す機会が減った。当たり前といえば当たり前だ。
元はといえば、俺と春菜に接点らしい接点なんてなかったわけで、あいつが「だけ僕」の続きを考えつかない限りは、俺に出来ることなんて何もないし、会う理由だって内に等しいんだ。
騒がしいのが一人減ったことで、俺の身の回りはちょっぴり……いや、かなり静かになったような気がするけど、それもまあ、今まで通りに戻っただけだ。
それに、春菜が構想を考えつけば、また作戦会議をすることになるだろう。まあ、なんならそれも要らない気がするんだけどな……正直春菜と加奈子で考えれば、そう酷いことにはならない気もしている。
まだ顔も知らない編集さえ黙らせておけば、脱線した車輪は元通り、最初の軌道へと返っていくに違いない。これで一件落着。
そう思っていたのだが、
「相談したいことがある?」
「そう。悪い?」
悪くない。相談を聞くこと自体はやぶさかではない。問題は「そう、悪い?」という受け答えと、その言葉を言う時の尊大な態度の方だろう。なんで相談する方が腕を組んで偉そうなんだよ。普通逆じゃない?
多分、外面なんだろうな。今だって、裏庭に呼び出された末の会話だから、他の生徒に聞かれる可能性は少ないとは言ってもゼロじゃない。
春菜が俺に尊大な態度を取るのは今に始まったことじゃないし、なにも不思議なことじゃないけど、俺に相談なんてしていると知れればイメージなんてがた落ちだろうしな。
まあ、もしかしたら落ちるのは俺のイメージかもしれないけど。世界は大体元々強い立場の都合よく回るように出来ている。スクールカ―ストなんてそんなもんだ。小賢しい世界じゃない。
俺はそんな春菜の狙いも察しつつ、小声で、
「悪くはないが……ここじゃなくて、部室の方がいいんじゃないか?その方が色々とその、気を使うこともないだろ」
と、さりげなく「部室で改めて聞く」という姿勢を見せてみる。けれど春菜は、
「必要ない。だって相談って言うのは、」
語り始めた春菜の言葉を遮るようにして、
「あ、陽山くん。いたいた」
実に軽やかな声が聞こえてくる。
加奈子だった。
「加奈子……なんでここに?」
「ん?たまたまだよ。私、ちょっと陽山くんに用事があったんだよね。んで、昼休みに声をかけようかなって思ってたら、ふらっとどっか行っちゃうから。それで、追いかけてきたの」
さらりと告げる。そこにはなんの悪意も混じっていない。だから、俺と春菜の会話を邪魔したのだって偶然だ。それが当然の理屈だ。
けど。
「ねえ、加奈子。加奈子、最近コスモと仲良いわよね。なんで?」
なんで、と来たか。
確かに、俺と加奈子は最近学校内外で会話をする機会が増えている。クラスメートからは「どうやって加賀さんとお近づきになったんだ」という質問をぶつけられたことすらある。
でも、その理由は言えない。
それを言えば、加賀加奈子=春乃日向という事実を説明しなければならないから。
もしそれを抜きにするならば如月春菜=コハルという等号を認めることになる。それだけはどうしても出来ない。だから、今まで俺はずっと言葉を濁してきた。そのことについては触れないようにしていた。
でも、春菜は違う。彼女はその二つの事実をどちらも知っている。俺と加奈子が仲良くなる可能性にだって気づいているはずだ。
それでも彼女は問う。
どうして仲良くなったのか、と。
それに対する加奈子の答えは、
「だって、陽山くんって良い人だから」
「…………は?」
合点が行かないという反応をする春菜。その声は「キモイ」「アホ」と言って罵倒するときのものじゃない。動揺が混じった揺れ動くものだ。
次回更新は明日(2/8)の0時です。




