39.修学旅行以上のドキドキ感。
「こ、これは……」
「どういう、ことなんだろうね?」
それはこっちが聞きたい。
場所は俺の部屋。
今ここにいるのは俺と加奈子と優愛。つまり、現在この家にいる全員が集結していることになる。そして、俺と加奈子が目の前に広がる光景を理解できていない以上、それに説明を付けられるのは残り一人、優愛だけだ。
その彼女はといえば、
「だって、二人別々の部屋で寝るなんて。そんな、悲しいことないと思うんです。なので、お兄の部屋に布団を引いてみました!」
みました!じゃないんだよ。
今、俺の部屋には、普段そこにあるはずもない布団が敷いてあった。本来ならば客間の押し入れに入っているものだ。なるほど、さっき音が聞こえたのはこれをこっちに移動してたからだったんだね。解決、解決。まあ、それ以外の問題が沢山出てきてるんだけどね?
俺は頭に手を当てて、
「なあ、優愛」
「ん?なあに、お兄?」
まぶしい。笑顔がまぶしいよ。その純真無垢な輝きを曇らせる兄をどうか許しておくれ。
「単刀直入に言うぞ。俺と加奈子は別に付き合ってないぞ」
それを聞いた優愛はにやついて、
「またまた~」
あ、駄目だこれ。
多分、論理的に説得しても聞いてくれないパターンだ。
俺は仕方なしに、掛布団を畳んで、
「客間で良いよな?」
と、加奈子に確認を、
「えっ、別の部屋で寝るの?」
優愛が俺の服の裾を引っ張って止める。目はどことなくうるんでいる。これは、本気だ。本気の目だ。
とはいえ、流石にこのままでは加奈子に迷惑が掛かる。なので、
「なあ、加奈子もなんか言ってやってくれ。流石にここで寝るのは」
「別にいいよ」
「嫌だろう……え?」
あまりの発言に俺は思わず加奈子を二度見する。それでも彼女は至って冷静に、
「だから、ここでいいって。夜寝るだけだし」
「いや、でも……」
加奈子は意地悪い笑みを浮かべ、
「それとも……陽山くんにとって良くないことでもあるのかな?」
ずるい。
これは分かっていて言っている。同じ部屋で、布団とベッドという距離感はあれど、女子と寝るなんていう経験はおおよそ初めてなんだ。動揺くらいするし、あらぬ方向に思考がむいてしまうのもしかたないじゃないか。許してほしい。年頃の男子なんてそんなもんなんだよ。
と、まあ、そのあたりは本音でしかない。
そして、人間には本音と建前がある。
なので俺は、
「べ、別に?か、加奈子がいいなら、い、いいんじゃない?」
と建前を述べた。何度も突っかかったのはご愛敬だ。
そんな俺の反応を見た加奈子は実に楽しそうに笑い、
「それじゃ、ここで寝るってことで。ありがとね、優愛ちゃん。布団引いてくれて」
それを聞いた優愛はにこやかに、
「どういたしまして!」
と応じた。元から二対一だったのだ。勝ち目なんて最初から無かったかもしれない。
◇
「なんだか修学旅行みたいだねぇ」
「それなら男女は別だけどな」
今、俺たちは同じ部屋に一緒になっている。俺がベッドの上、加奈子が床に敷かれた布団の上なので、多少の距離感はあるけれど、修学旅行、というにはかなり苦しい光景だった。同じ部屋にいる、というだけでも大分違和感がある。
あの後、俺たちは順番に風呂に入った。その順番に関してもひと悶着あったりしたわけだけど……今はまあいいだろう。ちなみに、加奈子が来ている寝巻はうちの母親のだ。あまり見かけることが無い柄のものなので、母の好みではないのかもしれない。貰い物か何かなのだろうか。
加奈子が、
「修学旅行って言ったら、やっぱりあれだよね、好きな人」
俺のツッコミを無視して話を展開する。使い慣れた部屋が修学旅行の寝室に早変わりだ。
「ね、ね。陽山くんって、好きな人とかいるの?」
「別に」
「あれぇ~怪しいなぁ~」
「今俺否定したよね?」
加奈子はそんな抵抗など無視して、
「じゃあ聞き方を変えよう。陽山くんは、春菜のこと、どう思ってるのかなって」
「どうって……」
俺は少しだけ考える。あいつと出会ってから起きたイベントを。そのほとんどはここ数日間に集中しているわけだからびっくりする。一気に距離が縮まったという風にも捉えることが出来るけど、俺からすればそんな感じは全くない。強いてあげるとすれば、別れ際のあの、
「…………別に」
「あ、今何か隠したでしょ」
くそう、鋭いな加賀加奈子。俺の周りにはこういう鋭いやつが少ないから新鮮だ。いや、鋭くないっていうか、そもそも興味が無いやつの方が多いっていうか。月乃も芥も、ホントに我が道を行ってるからな……
加奈子がさらに追及する。
「ぶっちゃけ、さ。陽山くんからしたら、春菜ってどうなの?ありなの?」
「それ、は」
正直、少し前なら「無しだ」と即答していたと思う。
だってそうだろう。あの如月春菜だぞ。そりゃ見た目や外面は良いからさぞかしおモテになるんだろう。だけど、その内情は俺が一番よく知っている。
なにせあの性格だ。少なくとも、顔を合わせるたびに人を陰キャ扱いするような女に対して抱く感情は「うざい」の一言に尽きると言っていい。それが、俺が春菜に対して抱いている感情の全てだ。
全て。だったのだ。
次回更新は明日(2/6)の0時です。




