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【告知あり】クズだらけのプロット  作者: 蒼風
Ⅵ.加賀加奈子は最初から
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38.冷たい自己嫌悪を受け止めきれない。

 加奈子(かなこ)は続ける。


春菜(はるな)がね、知り合いに絵の上手いのがいるから、使って欲しいって、直訴したんだって」


「そういうのって通るものなんだな……」


 加奈子は苦笑して、


「ね?私も「え、それで行けるんだ」って思った。だけど、結果として私は今こうして、漫画を描いてる。だから、褒めるなら、私じゃなくって春菜にしてあげて欲しいな」


「それ、は」


 あまりにも自己評価が低すぎる。


 話を聞いていてそう思った。


 確かに、彼女が「だけ僕」の絵師を務めているのも、コミカライズの絵を担当しているのも、元はといえば春菜が掛け合ってくれたからだ。


 だけど、物事はそれだけでは回らない。いくら春菜が絶賛しようとも、それが身内びいきでは意味が無い。加奈子の絵は、それを超えてなお評価されるレベルにあったのだ。それは彼女自身の実力で、褒められるのはやはり彼女自身ではないのか。彼女からは、それすらも放棄しようとしているような、そんな気配を感じる。


 何かを言うべきなのだろうか。


 言って、何かが変わるのだろうか。


 俺がその答えを出す前に、


「じゃあさ、今日、泊まっていいかな?」


「え?と、泊まり?」


「うん。折角のってきたところだし。ここで作業止めちゃうより、うわーって描いちゃった方がいいかなって。どう?」


「いや、それはそう……かもしれないが」


「もちろん、陽山くんが駄目っていうなら、お暇するよ?んで、日を改めてまた続ける。でも、もし良いって言うなら、場所だけでも貸してくれると嬉しいな。ほら、私、か弱い女の子だし。夜道は危ないって言うか。ね?」


「ね?と言われてもな……」


 正直に言えば、断る理由は無かった。


 寝るところだって、困るわけではない。客間もずっと使っていないから多少埃っぽい部分を除けばなんの問題もなく使えるはずだし、なんだったら、ソファーだって使えないことはない。気になるところといえば、


「着替えはどうするんだ?持ってないだろ?」


「一応、下着は持ってるよ。上はまあ、なんとかなるでしょ。制服はそのまま着ればいいし」


「なんとかって……」


 俺はため息をついて、


「ちょっと待っててくれ」


 スマートフォンを操作し、メッセージアプリを使って、優愛(ゆあ)に連絡を取る。少しすると、


「家の中にいるんだから呼びに来てくれればいいのに」


「まあ、そうなんだけど、な」


 リビングがあるのは一階で、優愛の部屋があるのは二階だ。大豪邸でもないのだから、大した距離はないし。普通に呼びに行けばいいだけのことなのだが、俺はその選択肢を取らなかった。なぜかは分からない。


 強いて理由を上げれば、少しの間加奈子から目を離すことになるかどうかの違いだろうか。そんなことで逃げたりするわけもないはずなのだが。


 俺はことの一部始終を優愛に説明する。加奈子が作業場を求めてうちに来たこと、これからしばらくの間もうちに来ること、その関係で、今日はうちに泊まること。それらが急にきまったことなので、替えの服が無いこと。


 そんな説明を黙って(たまに頷きながら)聞いていた優愛は、


「分かった。えっと、加賀(かが)さん、ですよね?」


「え?ええ。そう、だけど」


「身長ってどれくらいですか?」


「わ、私?えっと……150……後半だったと思うけど」


 それを聞いた優愛がほっと息をはいて、


「それなら、うちの母と同じくらいですね。あの、私、今から母に事情を話して、服を借りていいか聞いてみます。寝る場所も、後で確保しますから、ちょっと待ってて、くださいね!」


「う、うん」


 戸惑う加奈子を尻目に、優愛は俺に、


「大丈夫。私、お兄のこと、応援してるから」


 と耳打ちして、駆け足で去っていく。あれ、多分、俺と加奈子が付き合ってるって勘違いしてるな。後で訂正しておかないと……


「出来た妹さんね」


「ん?ああ、そうだろう。俺の自慢の妹だ」


 と胸を張る。その反応を見た加奈子はくすりと笑って、


「……ブラコン?」


「ぶ、ブラコンちゃうわ」


 違うやい。これはその……家族として当然の愛情だい。分かるだろ?目に入れても痛くないくらい可愛い妹が、どこの誰とも分からない野郎に連れていかれるなんて考えた日には夜も眠れないってことくらい。これくらい、普通のことなんだよ。


 加奈子は相変わらず楽しそうにくすくすと笑い、


「ま、仲がいいのはいいことよね」


 と言って、廊下の方へと向かおうとする、


「作業、しないのか?」


「トイレよ、トイレ。突き当りの右だったよね?」


「ああ」


「ありがと。借りるね。ああ、それと、」


 加奈子は俺の隣を横切る瞬間、立ち止まって、


「さっきの話。陽山くんは私の絵が好きだって言ってくれた。だけど、私は嫌い」


「え…………」


「私は、私の絵が嫌い。それだけは言っておくね」


 再び歩き出し、廊下へと消えていく加奈子。俺はその背中を追いかけるようにして、振り返る。そこにはもう、彼女の姿は無かった。


 テーブルには画材道具が置き去りにされたようにそのままになっている。壁時計の秒針が、耳を澄ませなければ聞こえないほどの音で時間を刻み続ける。遠くから、優愛が押し入れから布団を出す音が聞こえた。

次回更新は明日(2/5)の0時です。

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