37.作品が好きって言うのは大切なこと。
「わ、もうこんな時間?」
加奈子がスマートフォンで時間を確認して驚く。遅れて俺も壁掛けの時計を確認する。単身は「9」と「10」の間を指していた。
「ごめんね……こんな手伝わせちゃって……しかもリビングを占領しちゃってて……私、全然気が付かなくって……」
平謝りの加奈子。俺は彼女を落ち着かせようと、
「大丈夫。今夜はお……両親とも帰ってこないし、優愛だって、晩御飯はもう済ませて、もう部屋にいるから、このリビングで多少何か作業をしてても、迷惑にはならない。言っておくべきだったな」
それを聞いた加奈子はなおも不安げに、
「ほんとに?ほんとに迷惑じゃなかった?」
「ああ、よっぽど大騒ぎしなけりゃ優愛の部屋まで聞こえることもないから、全然平気だ」
正直に言えば、若干の問題はあった。
加奈子の作業を中断させたくないという思いもあって、優愛には、事前に連絡を入れておいたのだ。だけど、彼女は「お兄は私の料理が食べられないっていうんですか?」というごね方をされてしまった。
最終的には、彼女が欲しがっていた最新の料理器具を買う代金を、一部俺が負担することで合意を得た。時々思うんだけど、優愛の物欲はそれでいいんだろうか。もっと洋服とか、おしゃれにお金を使った方が今時の女子中学生っぽいのではないだろうか。まあ、そんなことをしてモテたらモテたで複雑なんだけどね。どこの誰とも分からない男に、優愛はやれない。
「大騒ぎしなければ……」
俺の言葉を反芻した加奈子は、
「それじゃ、私と陽山くんが、あんなことやこんなことをしてもバレないってことかな?」
「あんな……なっ……いや、それは、バレるだろう、流石に」
反応を見た加奈子は笑って、
「ふふふ、今想像した?想像したでしょ?」
「やかましい。ほっぽりだすぞ」
「おーこわーい」
加奈子はおどけて、
「ま、でもそろそろお暇しないとね。流石に時間が時間だし」
「それ、なんとかなりそうか?」
そう言って俺は加奈子の前にあった原稿を指さした。
正直力になれたかはかなり怪しい。専門的な知識は一切ないので、トーンを貼るとかそういうレベルのこと以外に関してはほぼほぼ無力と言ってよかった。これが春菜ならもうちょっと力になれたのだろうか。俺ではやはり、力不足なのだろうか。
加奈子は苦い表情で、
「うーん……なんとかするしかないからね」
それは、なんとかなる、とは言えないんじゃないだろうか。
加奈子は、これからも自宅での作業が主になるだろう。そこには妹や弟もいるから、集中しづらいときもあるかもしれない。それに比べて、
「なあ、加奈子」
「ん?なぁに?」
「今日一日の進み具合は、どうだ?いつもと比べて、進んだか?」
「それはもう。だって時間を忘れて作業するなんてそうそう無かったから。ありがとね、陽山くん」
やっぱりだ。
加奈子にとって、この環境はベストではないかもしれないけれど、ベターなのだ。
俺に出来ることと言えば、
「なあ、加奈子。もしよかったら、なんだけど、これからもちょくちょく来ないか?」
加奈子は口元に手を当て、
「え、もしかして口説かれてる?」
「違う。ほら、家って、人が揃っていて、騒がしいってことがあんまりないからな。今日みたいに良い環境で作業できる場面も少なくはないと思うんだ。リビングが空いてないなら、客間があるから、そっちを使えばいい」
「他にお客さんが来たら?」
「……その時は……考える」
正直、行き当たりばったりと言ってよかった。
優愛だって、今日みたいなことがずっと続けば機嫌を悪くするだろうし、ふたりが揃って帰りが遅い日なんてそんなに多くはない。そうなってくれば当然二人にもこのことを説明しなければならない。
断られる……ということはまずないとは思うけど、あっちにはあっちの事情がある。絶対大丈夫とは言い切れないのは確かだった。
そんな、ハリボテだらけの計画を聞いた加奈子は笑って、
「なに?え?なんで?なんでそこまでしてくれるの?もしかして陽山くん、私のこと好きだったりする?」
「嫌いではないぞ」
「嫌いではない、かぁ」
「ああ。だけど、絵は好きだ」
「お」
「最初に見た時「他に何を描いているんだろう」って思ったんだよ。んで、調べてみたら『だけ僕』が初めての仕事だって言うじゃないか。それを見てびっくりしたんだよ。よくこんなレベルの新人見つけてきたなって。あてがったなって。それからずっと、イラストレーター「春乃日向」は追い続けてるんだ」
「ん、ありがとね」
加奈子はあくまで淡々と礼を述べ、
「でもね、それだったら私じゃなくって、春菜を褒めて欲しいな」
「春菜……?なんでアイツなんだ?」
「だって、私を推薦したのは、春菜だから」
「え、」
次回更新は明日(2/4)の0時です。




