36.置かれたところに咲けない花。
「お、俺の家って……またなんで」
加奈子は握っていた手を放して、パンと合わせて頭を下げ、
「おねがい!家だとどうしても作業が進みにくくって!」
「いや、まあ、いいけど……」
「ホントに!?」
加奈子が顔を上げる。その視線には期待がこもっていた。断りづらい。
代わりに、
「いいんだけど……なんでまた、俺の家なんだ?そんなに環境悪いのか?」
「うん」
「即答かよ」
「ごめんね……だけど、こればっかりは、ね」
少し間を開けて、
「うちね、妹と弟がいるの。それで、家もそんなに広いわけじゃないから、ね?」
ね?と言われても困る。
だけど、言いたいことは分かった気がする。
世の中には色んな家庭がある。うちみたいに共働きのところも少なくないだろうし、両親が別居しているというパターンもあるだろう。家の広さだって様々なはずだ。
きっと、加奈子の家は「家族の人数」にしては狭いのだろう。だから、弟や妹の乱入によって作業が中断されやすい。もしかしたら進捗が微妙になるのもそのあたりが原因なのかもしれない。
俺は縦に頷いて、
「分かった。うちは両親ともに帰りが遅いし、狭かったり、邪魔が入ることはないと思うから、うちにしようか。妹はいるけど……まあ、静かにしててくれって言ったら聞いてくれると思うから大丈夫だろう」
なにせあの優愛のことだ。手伝ってくれることはあっても、邪魔をすることは無いはずだ。もしかしたら、お茶を入れて持ってきてくれるかもしれない。出来た妹だと思う。どこに出しても恥ずかしくないくらいに。いや、出さないけど。そんなことはこの俺が許さん。
加奈子はそれを聞いて一瞬目をぱちぱちさせるも、
「……ありがと。それじゃ、お世話になります」
そう言って頭を下げた。あの、本当に臨時のアシスタントですよね?嫁入りとかじゃないですよね?
◇
「へぇ~……立派だねぇ」
家の前につくと、加奈子はため息とともに感想を述べる。
「そんなか?普通の一軒家だと思うけどな……空いたぞ」
「普通ってのは立派なんだよ……ん、ありがとね~」
結局、今日の作業はリビングですることになった。
本当は俺の部屋の方がいいのかもしれないし、加奈子もそれを望んだ(概ねは同級生男子の部屋を漁りたいという好奇心からくるものだと思うけど)んだけど、なにせあそこは作業をするには向いていない。
机だって俺が使っている学習机だけしかないし、折り畳みのテーブルみたいなこじゃれたものはない。もしかしたら家のどこかにはあるのかもしれないし、優愛に聞けばすぐにひっぱり出してきてくれそうな気はしたけど、残念ながら、今日は帰りが俺たちより遅かった。
それならば、飲み物をすぐに取れて、すぐそこにはソファーがあって休憩しやすく、テーブルも椅子もきっちりと揃っているリビングの方が良いだろうという判断だ。幸いにも今晩は優愛と俺しかいないので、家族の邪魔になるということもない。
加奈子がリビングのテーブルに陣取りながら、
「道具出すね」
そう言って鞄からひょいひょいと見慣れないアイテムを取り出していく。
「……アナログなんだな」
「うん。デジタルの方がいいって話も聞くし、そうしたいんだけどね~」
昨今は、どんな業界でもデジタル化が著しい。業界によって対応の速度差はあるだろうけど、内部の年齢層が若ければ若いほど、その移行は早いイメージだ。その波は当然漫画やイラストと言った媒体にも来ているはずなのだ。
加奈子は道具を慣れた手つきで整えながら、
「ああいう機材って高いでしょ?場所も取るし、精密だし。その辺は、自分の仕事場を持ってからかなぁって思って」
「そう、か」
多分、加奈子の家はそんなに裕福ではないのだろう。その家に家族が兄弟姉妹を含めて最低でも五人はいるだろうとなると、無理が利きにくい部分も多いはずだ。
その中でも彼女は何とか環境を整備し、イラストを描き、こうしてコミカライズではあれど、念願の漫画家という職業を手にしているのだ。
「よし、準備完了。陽山くん。そっち座って座って」
「あ、ああ」
俺は促されるようにして、加奈子の対面に座る。普段から座り慣れているはずのその場所が、何だか凄く居心地が悪く感じた。
次回更新は明日(2/3)の0時です。




