35.素人だって出来ることはそれなりにあるって話。
それを聞いた加奈子が口元に指をあてて、
「しー!誰が聞いてるか分からないんだから!」
「あ、す、すまん……」
俺は声のトーンをひと段階下げて、
「……え、ホントなの?」
「ホントだよ。その証拠に……」
加奈子は手元に持っていた(最初から何が入っているんだろうとは思ってたんだけど)クリアファイルから一枚の紙を取り出して、俺が見やすい向きにして、すっと差し出してくる。そこには白黒の漫画が描かれていた。最早確認するまでもない。昨日春菜が買い求めた漫画の原稿だ。
「これでどうかな?これでも駄目なら、この場で描くっていうのも出来るけど」
「い、いや、納得した。納得したよ」
流石に、漫画の原稿を偽造するのは難しいだろう。もしそれっぽく作り上げたのだとしても、その実力は本物ということになる。現時点でもし「加賀加奈子=春乃日向」以外の説があるとすれば、「加賀加奈子、ゴーストライター説」くらいだろう。そして、その場合でも彼女の実力に疑いは無いことになる。
加奈子は原稿をクリアファイルにしまいつつ、
「今回私が頼みたいのはね、この漫画のことなの。陽山くんなら知ってると思うけど、漫画家っていうのは基本的にアシスタントさんを抱えてるものなのは分かるよね?」
「それはまあ……詳しいことはしらないけど」
作家によってその実情は様々だろうけど、漫画家という存在は基本的にアシスタントを抱えているものだ。
それこそ、トーン貼りとかベタ塗くらいしか任せていない場合もあれば、ほぼほぼ絵の原型以外はアシスタント任せの人もいると聞く。その持っている役割は様々だけど、概ね「作家一人のマンパワーでは限界が出る部分」を補うのがアシスタントだ。
そして、
「ほら、私って賞を取ったわけじゃないから、そんなに扱いが良くなくって。アシスタントさんにも来てもらってるんだけど、それにもお金がかかるからあんまり日数は着てもらえないの。それで、今月ちょっと進捗が苦しくて、手伝ってくれないかなぁって思って……もちろん!アルバイト代は出すよ!」
要するに「人手が足りない」ということだった。
そして、その穴埋めに使える人材に伝手がないのだという。
俺は単純な疑問をぶつける。
「俺はまあいいけど……春菜はどうなんだ?アイツなら喜んで手伝ってくれそうな気がするけど……」
それに対して加奈子は、
「春菜は……ちょっと、都合がつかないみたいで……だから、陽山くんにお願いできないかなって思ったんだけど……」
段々と尻すぼみになっていく。
俺はもう一つの疑問をぶつける。
「えっと……もうひとついい?」
「ど、どうぞ」
「本当に俺でいいのか?いっちゃなんだけど、素人に毛が生えた……っていうか素人そのものだぞ?ぶっちゃけ役に立つとは思えないんだが……」
加奈子がにっこりと笑い、
「あ、それなら安心して。知識が無くても大丈夫な部分だけを回すから。なんだったら普段から漫画とか読む分、やりやすいくらい」
「そ、そうなのか」
それなら、断る理由はない。
いや、むしろ願ったりかなったりではないだろうか。
春乃日向といえば、俺の好きな絵師の一人だ。臨時とは言え、その人のアシスタントが出来る。これほどのチャンスはそうそうないのではないか。
なので、
「分かった。俺で役に立てるかは分からないけど、力になるよ」
それを聞いた加奈子はぱっと表情を明るくさせ、
「わ、ありがと~」
そう言って俺の手を取ってぶんぶんと振りまわす。なるほど、このあたりが「オタクに優しいギャル」と言われる一因なのか。まあ、実際には「オタクに優しいオタク」なんだけどね。夢も希望もあったもんじゃない。
加奈子は思い出したように、
「あ、そうだ。もしよかったらなんだけど、さ」
「ん、なんだ?」
「作業……なんだけど、陽山くんの家で出来ないかな?」
「……はい?」
とんでもない提案をしてきた。
次回更新は明日(2/2)の0時です。




