32.安全策を追い求めて。
春菜が、
「元々はね、漫画家になりたかったんだって」
「なりたかったって……春乃先生が?」
「うん。実際に漫画大賞みたいなのに応募したこともあるんだって。だけど、大体返ってくる反応は一緒。絵は上手いんだけど、シナリオが微妙だって」
「ははあ」
実際、そういう漫画家は少なくない。
イラストはいいんだけどシナリオがね……という作品は俺だってごまんと見てきている。
逆にイラスト専業だった人間が、シナリオ側を切り捨てて、自分で全てやるようになって大成した例も知ってる。
そんなにいいシナリオを書けるなら、最初からやっておけばいいのにと思わないことも無いんだけど、きっと、デビューしたてのころはそこまでいいものを思いつかなったとか、火事場のクソ力で閃いたとか、シナリオ部門で賞を取った人間と組ませる決まりになっているとかそんなところだろう。
だけど、春乃日向の場合は、
「それで、絵師としての仕事を貰って、引き受けたら、評価が上がった……ってところか?」
「そう、みたい」
「それで評価が上がって作画をやるようになった、と」
春菜は無言で縦に頷く。俺はさらりと、
「実績が出た途端現金なもんだな」
「まあ、失敗したくないのよ、きっと」
「失敗ねえ」
そう。出版をはじめとする古く大きな企業体の重役というのは基本的に「数字が出ていないよく分からない人物」に対してかなり淡白だ。企業を経営する側としての「失敗しない」「赤字を出さない」という姿勢なのだろうし、それを正面から否定するつもりはない。
けれど、それで本当にいいのだろうか、と思う時がある。
世の中にはそれこそ春乃日向みたいな人間がごまんといる。そんな人間を「数字が出ていないから」という理由で無視し続ければ、優秀な人材の発掘なんて一生出来ないのではないか。毎年毎年、着慣れないリクルートスーツを身にまとった若者が「御社を選んだ理由」をそれっぽく述べてくれるのとはわけが違う。
数字が出ている人間を探すことは安易だが、それゆえに競争になりやすい。埋もれた宝石を探し出すのも、また仕事なのではないかと思うのは、気楽な一読者の勝手な妄言なのだろうか。
「そういう意味では、最初に春乃先生を発見したお前のとこのレーベルは凄いな。だって、無名にも等しい春乃先生を探し出してきたんだろ?あそこ確か、漫画のレーベルって持ってなかった気がするし」
それを聞いた春菜は何故か動揺し、
「あ、いや、えーっと……うん。そうだね。スゴイネ!」
「……なんで片言」
春菜は露骨に誤魔化すように、
「そ、そんなことより!ほら!コスモも買いなさいよ!これ!オススメ!オススメアルヨ!」
「はぁ」
なんでこの人動揺すると日本語が片言になるの?もしかして帰国子女で、実は日本語よりも英語の方が堪能とかそういうことないよね?今のはどっちかっていうと中国人っぽかったけど。大分テンプレよりの。
まあいい。俺も春乃先生が絵を描く漫画ってのはちょっと気になるしな。そう思って平積みされているところから一冊手に取、
「あ、大丈夫っす……」
ろうとしてやめた。春菜が後ろから、
「ちょっと。なんでやめるのよ」
「いや、だって……」
ねえ?そりゃ、俺だって春乃日向先生の絵は好きですよ。正直半分くらいはそれで手に取ったようなもんだもの。最終的にはあらすじを見て「いいな」って思ったから買ったのは確かなんだけど、そこにたどり着かせてくれたのは間違いなく春乃先生だ。それには感謝をしているし、貢献もしたい。だけど、
「これ、コミカライズだよな?」
「そうよ?」
「そう、だよな……」
春乃先生がどういう趣味をお持ちかは分からない。漫画の絵を担当できるというだけで一つの目標は達成したのかもしれない。だけど、一言だけいわれせてほしい。先生、仕事は選んだ方がいいですよ。だってこれ、
「めっちゃ評判悪い異世界転生ものじゃん……」
タイトルは……まあいいか。だって死ぬほど長いし。いや、別に長いことが罪じゃない。だけどこれらの作品は得てして「タイトルで全部説明しきっちゃってる」のよ。内容を。一から十まで、何が書かれてるのかが想像出来るのよ。
俺だって一読者だし、読まずに批判するほどクソ野郎じゃない。ちゃんとタイトルから想像出来る話の展開や内容を箇条書きにして、実際に読んでみたことがあるんだよ。結果?言うまでもないだろ。言わせんな、恥ずかしい。
そんなわけで俺からするとこれを買うのは大変に心的ハードルがあるわけなのだが、春菜はそれでも買うという。なんともいいやつだ。そのいいやつっぷりを俺にも少しだけ発揮してくれると、
「いいじゃない。絵だけ見れば。イラスト集と思って、ね?」
「……お前も大分酷いな……」
前言撤回。こいつも大概だったわ。
『似た者同士なんだよ』
うるさいぞ脳内加奈子。黙らっしゃい。
次回更新は明日(1/31)の0時です。




