30.甘酸っぱい幻想を抱いて。
その後散々加奈子からのいじりを受けた春菜は体感二分の一くらいに感じるくらい縮こまってしまい。最終的に会話相手はほとんど俺になっていた。
加奈子曰く、春菜はずっと気にしていたのだそうだ。あの時は言い過ぎてしまったんじゃないのか、とか。自分の見立ては間違っていたんじゃないのか、とか。だけど、それを自分から言い出すことなんて出来る訳もなく、最終的には「結果を出して見返そう」という判断になり、今に至るのだという。
その「結果」が、何を指すのかは分からない。
一つだけ言えるとすれば、俺からすれば「結果」は既に出ているように見えるが、春菜からすれば出ていないように見えているということだ。だからこそ未だに彼女は俺とのコンタクトを取らなかったし、あえば毒舌ばかりをぶつけてくるのだろう。
帰りがけ、加奈子は俺にだけ聞こえるように、
「春菜はね、素直になれないだけなんだよ。だから、さ。陽山君から踏み込んであげてよ」
と耳打ちした。どうやら彼女は俺と春菜をくっつけたいらしい。
正直、最初に抱いていた悪いイメージが大分払拭されたのは事実だ。
俺が言えた義理ではないが、春菜は毒舌で、素直ではない。だから行動もまっすぐではない。時に回り道をしているようにも見えるかもしれない。
決め手となった原動力が何かは分からない。
俺を見返したいという一心だったのか。それとも憧れの作品があって、自分もそういうものを作ってみたいという純粋な気持ちがあのタイミングで表出したのか。それとも、自覚していなかっただけで「自分ならもっと上手く作れるんじゃないか」という思いが、心の奥底でくすぶり続けていたのか。そのあたりは本人に聞かないと……いや、本人に聞いてもきっと教えてくれないに違いない。
だけど、その根本にある芯の強さは本物だ。なにせ俺にちょっと突っかかられただけで作家としてデビューしてしまうのだから。それが「あのいけ好かない男をぎゃふんと言わせる」なんていう、健全とは程遠い理由だったとしても、結果が伴っている以上、褒めるべきことだと、俺は思う。
でも、付き合うかどうか、という部分は全くの別問題だ。
いくら相手の実力を認めていても、いくら相手の作る作品が好きであっても、恋愛とはまるで別問題なのだ。その部分は切り分けないといけない。さもないと、
「えっと…………これからどうする?」
春菜が尋ねる。その聞き方は、加奈子に会う前よりも大分優しい。多分ビフォアー加奈子の彼女なら、
「で?次はどこ行くの?あんた、男でしょ?ちゃんとエスコートしなさいよ?」
くらいは言ってきたに違いない。おお、怖い。どうしてカースト強者でありつづけた人間というのは得てして「こう」なのだろうか。自分の論理が絶対通用すると勘違いしている節がある。
実際、そうであり続けたからこその自信なわけだろうけど、それを傲慢だと思わないから不思議なものだ。人間、増長しはじめるとどこまでも増長するものなのかもしれない。
まあ、でも、それもビフォアー加奈子の場合だ。今はアフター加奈子だ。実にしおらしくなった春菜がそこにはいる。
最初からそうしておけばいいのにと思わないこともないが、それだとカーストの上位になんてなれないのだろう。はっきりと物を言う。それが、上に立つ基本的な条件だ。色んな人間に配慮して、とかそういうことをやっていると、上には立てない。
「そうだな……」
正直言って、そんなにプランは無い。仕方ないだろう。なにせ俺だってデートなんてことをするのはほとんど初めてなんだから。まあ、そのほとんどの部分を形作っているのは「妹とのお出かけ」が入っているわけだけど、そのことは俺の心の内にしまっておきたい。
と、言うわけで、
「春菜は、どこか行きたいところあるか?」
相手に託す、というなんとも主体性のない行動をする。脳内にいるビフォアー加奈子の春菜が「そんなの自分で考えてエスコートしなさいよ。このクソ童貞が」とののしってくるが、無視する。
一方、現実の春菜は、といえば、
「えっと……あ、あそこなんてどう?」
と言って指をさす。その先にはアニメショップがあった。アニメショップとは言うものの、漫画やライトノベルもある。俺らが行く場所としては割とありな気はする。
「んじゃ、あそこにするか」
「ん……そう、ね」
なんともしおらしい反応だ。きっとこれも、明日になったらきれいさっぱり消えてなくなってしまうんだろう。言ってしまえば一夜限りの夢みたいなもんだ。
一晩の逢瀬で身体を重ねたからと言って、そこに恋愛感情なんてないのと同じだ。春菜は春菜。それ以上でもそれ以下でもない。いや、それだと、春菜という空集合が完成してしまうか。
そんな、意味の無いことを考えながら、俺は無言で歩いていく。春菜はその隣を半歩遅れてついてくる。実に彼氏彼女のデートっぽい空気だ。
だけどそんなものに惑わされてはいけないんだ。甘酸っぱいラブストーリーは実在しないからこそ、フィクションとして輝きを持つんだ。そんな当たり前のことを、俺はすっかり忘れてしまっていた。そして、その慢心と油断に足元をすくわれるなんて、この時は思いもしていなかったのだ。
次回更新は明日(1/28)の0時です。




