28.弱い犬ほど良く吠えるらしい。
「へぇ~……一日恋人かぁ~」
「うう……なんでこんなことに」
実に楽しそうにする加奈子に、恨めしい目でテーブルを眺めながら呻く春菜。実に対照的な絵面だ。写真にでも収めておきたいところだ。タイトルは天国と地獄。もちろん春菜の方が後者だ。地獄でしょうね!
こんなとき、俺が本当の恋人ならどうするだろうか。きっと窮地に陥った彼女を助けるように立ち回るんだろう。
だけど、俺はあくまで恋人(仮)だ。なんならデートをしてみるというイベントをしているだけで、実際にはそれ未満の可能性すらある。それならば味方をする理由は特にない。
そんなわけで、さっきから俺は秘密を暴こうとする加奈子を全力で援護射撃していた。途中で発せられた「このクソ陰キャ……後で覚えてろよ」という台詞は聞かなかったことにした。後陰キャじゃねえよクソビッチが。
ちなみにあれから場所は映画館の前から、駅近の喫茶店に移動し、さっきまで一緒に昼食を取っていた。なお、先ほど「半分こしないと食べきれない」とかのたまっていた春菜は、しっかり一人前の定食を注文していた。猫被るなら最後までかぶり切れよ。
喫茶店というチョイスは加奈子の提案だ。「デート向きの良い喫茶店知ってるんだ~」とのことだった。そのデート向きの喫茶店には「彼女の友人」は多分ついてこない前提だと思うんだけど、突っ込まないでおいた。そっちのほうが面白そうだったし。
加奈子は俺に向かって、
「ね、ね。どう?春菜。恋人として」
「うーん……」
俺は腕を組んで暫く考え、
「…………チェンジ」
「おい、お前」
右横からクレームが飛んでくる。補足をしておくと、俺らは今四人席を三人で使っている。俺と春菜が並んで座り、その向かい側に加奈子がいるという構図だ。
最初は春菜が、加奈子の隣を確保しようとしたが、「駄目。彼氏の隣に座らなきゃ」というよく分からない理論によって今の位置に押し込まれていた。
どうやらここ二人の力関係は春菜が下のようだ。遠目で見ている感じだと逆に見えたんだけどな。意外な発見だ。
「チェンジは冗談としても、彼女として付き合うのはないな」
加奈子が「え~」と不満げにして、
「なんで?友達の私が言うのもなんだけど、春菜は結構優良物件だと思うよ?」
「まあ、顔は良いな。後スタイル」
「ちょ」
もう一度隣から何か聞こえたけど無視して、
「だけど、付き合うっていうのはそれだけじゃないだろう。セフレか何かなら話は別だろうけど、恋人として付き合うっていうのには決定的に性格が悪すぎる」
「あ、あんたねぇ……」
今度は殺気が向けられている気がするけど、気にしない。どうせよほどのことが無い限り手は出さないだろうし。
俺の主張に加奈子は、
「うーん……」
と悩み、
「春菜ちゃん、可愛いと思うけどなー」
と感想を述べる。
そりゃ、女友達で、趣味も一致してればさぞかしお可愛いらしく見えるでしょうよ。
得意の毒舌だって発揮されないだろうし。二人でする会話なんて、多分お気に入りの作品がどうとか、あそこのスイーツが美味しいとか、そんな感じだろう。性格の悪さが出る場所がないんだよ。だから知らないだけだ。
と思っていたのだが、
「ね、陽山くん」
「ん、なんだ?」
「陽山くんは犬って好き?」
「んー……そこそこだな。特に飼ったりしたいとは思わないが、人の飼ってる犬を眺める分には好きだぞ」
それを聞いた加奈子はぱあっと明るくなって、
「わ、ほんと?じゃあじゃあ。こんど家、こない?私の家、犬、飼ってるんだけど」
「へぇ~……」
ちょっと心惹かれる。
犬って言うのは基本的に忠実だ。飼い主の言うことをよく聞き、従順なイメージがある。
だけど、実際に飼うとなれば大変だ。なにせ毎日散歩させないといけなくなる。
誰かが「ペットを飼うっていうのは、ニートを養うようなものだ。相当の愛がないと出来ない」なんて言ってたけど、あながち間違いではないと思う。餌だって、野生なら自分で取ってくるはずのものを、こちらが買ってきて、出してやらないといけない。俺には無理だ。
そんなわけで、犬自体は好きなのだが、いかんせん手間が膨大なので、諦めているところがあるので、こういったお誘いは嬉しいもんだ。俺はひょいひょいとついていこうと、
「ちょっと、加奈子!話それてるって」
春菜に諭された加奈子は手のひらで口元を覆い、
「あ、いけない。つい」
「つい、じゃないわよ、全く……」
次回更新は明日(1/26)の0時です。




