22.きっかけは得てして些細なものだ。
そんなラブコメの特徴を考えると、コハル先生……春菜の作ったシナリオ展開はかなり異色と言えるのだ。
主人公である池上は最初、ヒロインである雪谷と犬猿の仲状態で、顔を合せれば口げんか状態から始まる。これはまあいい。
だけど、雪谷は、池上と一緒に行動していくうちに、その人となりを知り、最終的には好きになり、告白するというところまで行って、話が終わるのだ。この時、主人公・池上が、実はヒロインのことを好きだったという事実も含めて色々あるんだけど、その辺はまあ割愛しよう。
大事なことは一つ。
『だけ僕』は「ヒロインの告白」という一大イベントを、一巻の時点で使ってしまったという事実だ。
主人公がヒロインのことを嫌いならばいい。だけど、まんざらでもないのだ。そうなってくると当然付き合うに決まっているし、それで物語はおしまいだ。
いや、実際にはまだイベントは色々あるとは思うのだが、その間「ゴールインした二人」を巡る話になってしまうのだ。ギャルゲで言えば、本編が一本のアフターストーリーが八本くらいある状態。蛇足も良いところだ。
だからこそ聞きたいのだ。一体なんであんな選択肢を取ったのか。
だけど、その答えは、
「だって……あれくらいの話にしないと、大賞になんてなれないと思ったし……」
「つまり、あそこで終わるつもり満々で書ききって、次の話なんて考えてなかった、ということか?」
「か、考えてないわけじゃないわよ!」
「ほー。なら、具体的にはどんな話の展開にするつもりだったんだ?ん?」
「それ……は……」
黙ってしまう。
結論は極めて簡単だ。
小説大賞で結果が出るように、一巻の部分で話にある程度決着をつけたということだ。
だから、その続きを書けと言われても困る、というわけだ。そりゃあんな二巻が出てくるわけだ。
春菜が苦し紛れに、
「そ、それに。あんた、言ってたじゃない」
「あん?俺?」
「そう。自分に無茶ぶりをするのが良いって」
「あー……」
そう。確かに俺は、中学生時代の春菜にそんなことを言った記憶がある。と、いうか、
「お前、随分とあの時のことに執着するな」
春菜は喉に何かが詰まったような顔をして、
「べ、べつに、そんなわけ」
「じゃあ、なんでそんなアドバイスを度々持ち出してくるんだ。しかも言ったのは俺だぞ?いっちゃ悪いが俺は編集者でも何でもない、ただの素人だ。もちろん、見る力はあると思ってるし、それを否定するつもりはない。ないが、それを真に受け過ぎじゃないのか?」
「あー!もう!」
春菜が自棄になり、
「あんた言ったじゃない。俺に文句があるなら、実際に書いてみろって!それでいいものが書けたなら認めてやるって!だから、私は『だけ僕』を書いて、大賞取って!それで力尽きて、迷走して、詰まってるのよ!悪い!」
「いや、悪くはないけど……」
悪くはない。
悪くはないが、
「え、もしかしてお前……あの時の俺の挑発を受けて……大賞を……?」
「そうよ!悪い!?」
「いや、だから悪くないけど……」
マジだった。大マジだった。春菜はあの日の俺との口げんかがきっかけで小説を書くようになり、大賞を取り、デビューまでしたのだ。そんなことがあるのか。俺は図らずして、未来の有名作家の背中を押してしまったのかもしれない。
「あの時の出会いが無かったらって思うと、ちょっと不思議ですよね。だって、あれが無かったら、人気作家コハルは生まれてなかったのかもしれないんですから」
春菜がガチ引きトーンで、
「は?何言ってんの?きも」
だからキモイとかそういうワードを気楽に言わないでくれる?
「でも事実だろう?」
「なにがよ」
「俺との出会いが無かったら、デビューはしてなかったんじゃないかって話だ」
「ぐ、そ、それは……」
図星らしい。やっぱり背中を押したのは俺だったようだ。
「ええ。アドバイスもしたんですよ。自分に無茶ぶりしろって。まあ、無茶ぶりし過ぎて大変なことになってましたけど(笑)」
「きも。まじきも。引くわ。陰キャが移るからやめてくれる?」
そんなことを言いつつ春菜が俺と距離を取る。だからそうやってすぐ人のことをきもいとかいうのやめようね?性格が疑われるよ?あと、陰キャじゃねえよ。
次回更新は明日(1/20)の0時です。




