21.付き合ったら負けかなと思っている。
それから、俺と春菜は、電車に乗って新宿まで移動することにした。
このあたりの交通の便と電車賃の安さは大したものだと思う。
特に京王線は凄い。新宿から八王子まで、株主優待券でも使おうもんなら四百円かからない。きっとJ○なら倍近くかかると思うね。どうしてあの元国営鉄道は、中距離の運賃が馬鹿みたいに高いんだろう。足元を見てるとしか思えない。
そんなわけで、俺と春菜は庶民の味方京王線に乗って、新宿まで移動しているのだった。朝のラッシュ時間帯を微妙に外していたこともあって、二人並んで座ることが出来た。
いや、別に並んで座る必要性は皆無なんだけどね。だけど、一応今日一日は恋人という設定なんだから、離れた席に座っているのはなんか不自然じゃないか。
やがて、電車が動き出す。春の暖かな日差しが差し込んでくる。まだ寒い時期もあるからなのか、車内は軽く空調が効いていて、ほんのりと暖かい。このまま目を瞑ったらいい感じに睡眠が取れそうな気がする。しないけど。
沈黙。
春菜は俺と合流してから一言もしゃべらない。あの、一応君は俺の彼女という設定なんですよね?時間が余ったら終始スマートフォンを眺めるのやめません?俺、いなくてもいいみたいじゃない。
とはいったものの、じゃあ何か話題があるかと言われると困りものだ。
そもそも俺はコハル先生のことも如月春菜のことも何も知らない。ツイッターだってこの間漸く確認したくらいだし、それだって芥からの又聞きで知った情報の方が多い。
既に少しダメージを受けてしまったコハル先生像をこれ以上傷つけたくないんだ。作家ってのは孤高なんだよ。流行りのコンビニスイーツに飛びついたりしないで欲しいんだ。分かってくれると嬉しいな。
そんなわけで、俺には話題らしい話題が無いわけだけど、このままだんまりというのもなんとなく居心地が悪い。
なんかね、沈黙って苦手なんだよね。分かります?誰かと一緒に居るのに、会話が発生していない状態。あれがどうも苦手なんだよね。これが妹の優愛とか相手ならそうはならないんだと思うけど、相手が春菜だとやっぱり意識はする。このあたりは距離間の差なのかもしれない。
ずっと考え込んでいたが、その間春菜が俺に話しかけてくることは無かった。
仕方ない。気持ちは進まないが、俺からアプローチをかけようじゃないか。
「なあ、如月?」
「あ゛?」
怖い。怖いよ。お願いだから恋人(仮)に対してメンチを切らないでおくれよ。もうちょっと穏やかにいこうじゃないか。いや、穏やかじゃなくなった原因は俺にもあるとは思うけどね。うん。それは見なかったことにしよう。おっけー?
俺はめげずに、
「お前、なんで『だけ僕』一巻のラストってあんな感じにしたんだ?」
「あんな感じってどういうことよ?」
だから喧嘩腰やめてって。これ、文字列だけだと伝わりにくいけど、実際のニュアンスは「あ?やんのかコラ?表出ろや」とそんなに変わらないテンションだからね。君は昭和のスケバンかって感じ。喧嘩上等とかいう鉢巻してそうだ。
とはいえ、一度話を切り出した以上、「あ、大丈夫っす……」とはいかない。それをしてしまうと、今後の会話に支障が出るからだ。一度引いてしまうと、次に話しかける時のハードルがガン上がりするのだ。別に話しかけにくいとか、そういうことは無いよ?
なので、俺は一歩も引かずに、
「そのままの意味だ。お前だってラブコメは読んできているだろう?」
「そりゃ、まあ」
「それならなんで最後に付き合う結論を出させたんだ?そんなことをしたら、先の話なんてそんなに無いことは分かるだろう」
ラブコメというのは基本的に「過程を楽しむ作品」だと俺は思っている。
物語には基本的に起承転結がある。それはラブコメでも同じで、主人公がヒロインと出会うのが「起」で、そのヒロインとカップルになった偽装をするみたいなイベントが起きるのが定番で、それが「承」と言ったところだろうか。この分割も個人的にはあんまり意味があるとは思ってないんだが、まあ、一応の分類としてはそんな感じだろう。
で、ことラブコメは、その後に存在する「転」をひたすら引き延ばすのが特徴的なのだ。
いや、大体の作品がそう、と言ってしまえばそれまでだが、ラブコメは特にその傾向が強い。分かりやすく言うと「友達以上恋人未満の期間を楽しむ」ということだ。
主人公のことが好きだけど言い出せない幼馴染ヒロインや、素直になり切れないツンデレヒロイン。果ては恋愛感情が無いどころか「感情の起伏」すら乏しい「クーデレヒロイン」なんかが、恋に落ち、悶々とするその過程を楽しむのが、ラブコメだと俺は思っている。
次回更新は明日(1/19)の0時です。




