17.仲良くなるために名前で呼ぼう。
翌日。
俺らは再び現代文化研究部室に集まっていた。もっとも、参加者四人の内、三人は、放っておいても放課後はここにやってくるだろうから、集まったという表現を使わないといけないのは恐らく春菜ただ一人だ。
「今日の議題はこれだ!」
俺はそう言って、汚れまくったホワイトボードに書かれた「『だけ僕』のシナリオ展開について」という文字列をバンと叩いた。それを聞いた月乃が「コスモうるさい」とコメントし、春菜もそれに同調する形で「そうだぞーうるさいぞー」とはやし立ててきたが、完全に無視して話を進める。
「昨日、如月と話していて大変なことが発覚した。それは……」
俺は「『だけ僕のシナリオ展開について』という文字の下に赤文字で「先のこと考えてなかった問題」と書いて、再び叩く。約二名から「うるさーい」と抗議があったが聞こえなかったことにしてさらに先に進む。
「いいか。これは由々しき事態だ。話の展開を考えていないんじゃ、軌道修正なんか出来っこない。そこで、だ。まずはそれを決めるところから始めていきたい」
そこまで言ったところで芥が、
「ちょっといい?」
「なんだ?なんでも聞くぞ?」
「そもそもなんだけど……なんでそれをここでやるのさ。俺は別にいいけど、特に参加もしないから、もっと他のところでやった方がいいんじゃないの。現に妨害も入ってるし」
と言いつつ月乃の方を見る。月乃はさらりと、
「妨害というより、正統なる意見だ。それに、私は別に協力しないとは言ってないぞ?」
「「え、そうなの?」」
俺と芥がハモる。その反応を見た春菜が「なんでコスモが驚いてるのよ……」とあきれる。
いや、だって、付き合いは長いけど、俺のやることに協力してくれることってほとんどないんだもん、この人。割と真面目に困ってても「まあ、頑張れよ」くらいしか言ってくれないのよ。薄情だと思いませんか、奥さん。
当の奥さんはさらりと、
「私は別に誰かが困っていたら手を差し伸べる、という人間じゃない。が、今回に関してはなかなか面白そうな話だからな。力を貸してやるくらいはやぶさかではないぞ?」
と得意げに語る。いや、でもね、
「あの、小早川……さん?」
おずおずと苗字を呼ぶ春菜に対して、月乃はさらりと、
「月乃」
「え?」
「月乃と呼んでくれ。苗字で呼ばれるのは余り慣れていないからな」
「で、でも……」
「いいだろう、別に。君だって、アレのことをコスモと呼んでいるんだ。私を月乃と呼んでくれるくらいしてもいいんじゃないのか?」
「あっ」
春菜が「やってしまった」という表情で口元を抑える。あいつ。もしかして、他に誰かいいる時は名前で呼ばないつもりだったのか。それ、余計に意味深になるけど、大丈夫?
芥が立ち上げたPCを操作しながら、
「別にいいんじゃない。俺もコスモって呼んでるし」
「いや、それとは……」
月乃が言葉を受けるような形で、
「全然違う。何故なら、男同士が名前で呼ぶくらいはそんなにおかしくないが、男女だと恋愛的な意味が出てしまうから、か?」
「ち、違う!」
全力で否定する春菜。まあそうでしょうねぇ。ちなみに、俺も恋愛的な感情があるとは微塵も思ってないよ。気まぐれみたいなもんだろう。
月乃はにやりと笑い、
「まあ、どっちでもいいが。取り合えず私のことは月乃と呼んでくれ。さん付けもなしだ。小早川さんなんて寒気のする呼び方をするなら、技をかける」
「技!?」
驚く春菜。俺は補足するように、
「月乃は合気道の有段者なんだ。冗談だと思わない方がいいぞ。やるといったらやる。それが小早川月乃という女だ」
それを聞いた月乃が、
「どうかしら、しびれたかしら?憧れたかしら?」
「いや、とくには……」
答える春菜は既にちょっと疲れ気味だ。ううん、可哀そうに。変人の相手をするのは大変だろう。
「言っておくけど、コスモも大概だからね?」
「……時々思考を読むのやめてくれる?」
「読みやすい方が悪いんだ。それはともかく……」
月乃は仕切り直すようにして、
「話を整理すると、如月は、」
そこで春菜がぽつりと、
「春菜」
「…………なに?」
「春菜。名前。呼んで」
お前は助詞助動詞が分からない外国人か何かかと突っ込みたくなるほどの言葉だったが言いたいことは伝わった。要するに、月乃だけ名前呼びをさせて、自分のことを名前で呼ばないのは気に食わないということだろう。
確かに非常に理にかなっている。と、いうか、未だに苗字呼びな理由の方が分からない。俺はコスモで、芥は芥だ。春菜だけ、如月呼びはむしろ不自然な感じすらする。
出会ってからの期間が短いという部分はあるけれど、俺なんか二言目にはコスモと呼ばれていた記憶があるから、その辺は余り関係ない、はずだ。
それを受けた月乃はため息を一つつき、
「春菜。これでいいか?」
それを聞いた春菜はにかっと笑い、
「いい。よろしくね!」
と言って手を差し出す。差し出された側の月乃は最初手を取るかどうか迷っていたが、やがて、苦手な虫に触るかのような手つきで触れる。すると、春菜の側からがっちりと握られ、ぶんぶんと手を振られる。
意外だ。春菜が他の女子に興味を持つとは思ってなかった。良くも悪くも「自分がどう見られるか」にしか興味がないものだとばかり。
月乃がかるく咳ばらいをするふりをして、話を元に戻し、
「……コホン。それで、なんだけど、春菜は『だけ僕』の続きを考えていないんだな?」
「うん。全く」
「それなら、もう二巻で完結したらいいんじゃないか?」
とんでもない提案をした。それを聞いた三人はというと、
「「いやいやいやいや!!!!!」」
全力で否定した。え?人数が足りないって?一人は常時棄権状態だからな。たまには会話に参加してもいいんだぞ、芥。
次回更新は明日(1/15)の0時です。




