16.選択肢に導かれない。
「青春……」
またなんともふわっとした質問だ。なんだと思うという聞き方をしてはいるが、当然「漢字二文字の熟語だと思う」なんて返し方をすれば、じっとり湿った視線と共に「は?馬鹿じゃないの?」という言葉が飛んでくるのは間違いない。それくらいは流石に俺でも分かる。
だけど、じゃあ何が正解なのかと言われれば分からない。
多分、春菜には聞きたい内容がある。答えて欲しい答えがある。それを俺が持っているんじゃないかという期待もしているはずだ。
だけど、俺にはそれが何かは分からない。
こういうときは素直が一番だ。
「共同幻想、だな」
「共同幻想……」
「そうだ。考えてもみろ、男同士で部活動にうちこんだりとか、一緒にファミレスでだべったりとか、女子が聞いたらドン引きするような猥談をしてみたりとか、そういうのだって皆振り返ったら多分青春だ。だけど、「青春」って言葉が具体的にどんな状況を指すのかっていう問いに、今あげたみたいな状況を答えるやつは多分ほとんどいない。実際にあがってくる答えは「彼女作って一緒に文化祭を回る」とか「夏休みに男女何人かで海に出かけて、女の子が水着姿で恥ずかしがる」とか、「一緒に夏祭りに行って、誰も知らない穴場スポットから花火を眺める」とかそういうシチュエーションだ。けど、実際そんなシチュエーションを実現に持っていけてる人間なんてそう多くはない。だから“共同幻想”なんだよ。ああなりたい、ああしたいっていう欲望の集合体。それが“青春”ってワードなんじゃないか?しらんけど」
最後に知らんけど、をつけると、ちょっと通っぽくなるし、責任感が軽くなる。これ、豆知識な。知らんけど。
そんな俺の努力を春菜は、
「なにそれ、カッコ悪」
ものの数文字で切り捨てた。やめて。凄い文字数をかけて語った俺がバカみたいじゃない。
と、ちょっぴり数十秒前の自分を後悔していたら、
「…………でも、ちょっと分かるかも」
「…………はい?」
「だから、共同幻想って話。コスモのそれは……まあおいておくとしても、」
やめて、置いとかないで。構って。お願いだから。
「でも、私も思うときあるんだ。今の自分はどこにいるんだろう、って」
「…………禅問答?」
「違う。そうじゃなくて。ほら、私って人気者じゃない」
「まあ、そうだな」
「う……そこは否定しないんだね……」
「否定してどうする。事実だろ?それにお前が言い出したことじゃないか。責任を持ってくれ」
春菜は「うー」と唸り、
「調子狂うな……まあいいや。それで、結構言われるのよ。如月さん。サッカー部の○○くんと付き合ってるの?とか。ホントにちょっと話しただけなのに?なんでだと思う?」
「カーストの高いやつは、高いやつと付き合うもんだって思ってるからか?」
春菜は指でわっかをつくり、
「正解。だけど、私からしたらそんな気は無いし、向こうだって多分ない。けど、周りからしたら「お似合いだね」って思っちゃう。きっと、それも、共同幻想だなって」
「そう、かもな」
スクールカーストなんて馬鹿馬鹿しいものだった。
大人になったら皆それを実感するのかもしれない。あるいはずっとその価値観を引きずって、いつまでも、存在しない共同幻想でしかない尺度で人を図り続けるのかもしれない。そんなことは、今の俺になんて分かるはずもないし、分かりたくもない。大して面白くもない、些末な話だ。
やがて、信号が青になる。どうやらこちらは先ほどみたいな音はならないらしい。
春菜がだっと駆け出し、横断歩道の中央部分で振り返り、
「ま、仮に私が誰かと付き合うとしても、コスモはないけどなー!」
とだけ言い捨て、
「んじゃ、また明日!私、家こっちだから!」
さっそうとかけていく。その方向は確かに今朝、俺がちょっとしたトラップを仕掛けた方角だった。
そういえばあの植木鉢はどうなっただろうか。あの後うやむやになったまま回収してないんだけど、誰か回収しただろうか。それともそのまま放置され、犬のおしっこでもかけられてしまっただろうか。
分からない。自分の目で確認していない今はまだ、全ての可能性が均等だ。植木鉢がそのままの可能性も、悪戯として処理され、撤去された可能性も、なにもかもが、平等だ。
そして、きっと、その中には、「一緒に行って確認する」なんて選択肢もあったのかもしれない。
人生って言うのは難しい。重要なシーンで選択肢が出てきて、「ここは重要ですよ」と自己主張し、セーブをする機会を与えてくれるギャルゲーではないのだ。そう、フィクションはフィクション。現実は現実なのだ。
信号が点滅し、青が黄色に、黄色が赤になる。それでも、二つから一つになった影は、縫い付けられるようにして、立ち尽くしていた。
次回更新は明日(1/14)の0時です。




