15.影二つの帰り道。
結局その日はろくな方針も決まらないまま解散となった。
聞けば春菜は、二巻を書き始める時点から話の続きに困っていたらしい。
「賞を取ることに必死だったから、その先なんて考えてない……なんて言えなくって」
難しい話だ。
基本的に小説大賞というのは本一冊分の尺で上限が設定されていることが多い。そして、その一冊分の尺で審査する人間を納得させなければならなくなるのだ。
物語全体の盛り上がりというのは基本的に全体の最後にある。これは面白い作品であればあるほどそうだ。情報が提示され、関係性が発展し、真実が詳らかになったその時のカタルシスは、物語を追いかけるときの楽しみそのものである。
ところが、一冊分で納得させるとなると、そう単純にことは進まない。作品の先を想定させつつ、クライマックスを作らなければならない。そして、その時に作った話が面白ければ面白いほど、作者が超えなければならないハードルは高くなる。敵は常に過去の自分自身なのだ。
きっと春菜は一冊に凝縮し、話を面白くしたのだろう。実際一巻の読了感は実に爽快で、あれだけで物語が終わりだと言われてもそんなに違和感はないくらいのつくりになっていた。
だけど、事はそう簡単じゃない。レーベルがライトノベルで、一巻と称して出した以上、読者も出版社も続きを要求する。
特に『だけ僕』は売れ行きが非常に良かったと聞く。二巻を出せるのは四分の一という話まであるくらいだ。そこにたどり着けるだけの人気作品が「一巻で終わりです」なんてことを選択しようものなら、次の作品を書かせてもらえるか保証があるかは分からない。新米の作家はやはり「書くしかない」のではないだろうか。
悩んだ。先の話なんて考えていない。その末で編集がアドバイスを加えた。結果として、中途半端に大衆にこびた、大多数の読者が喜ばない一冊が完成した、というわけだ。
この場合誰を責めるべきなんだろうか。大賞を企画した人か、審査員か、作者であるコハル先生こと春菜か、それとも無駄に混迷させるアドバイスをした編集者か。
分からない。春菜が語ってくれなければ、その内実なんて俺みたいな素人では知りようがない。だから今確実にいえるのは、先の話を全く考えずに、トンデモ迷走した二巻を出してしまった現状は大分不味いってことくらいだ。
「はぁ…………」
隣を歩く春菜がため息をつく。学校からの帰り道は俺と似通った方向だった。まあ、当たり前っちゃ当たり前か。そうじゃなかったら本屋で遭遇して口げんかなんてことありえないもんな。生活圏が近いって証拠だ。
夕暮れの日が二人を照らす。傾いた日は細く長い影を作る。
片方の影が微かに動き、
「私……ね、ああいうのって経験ないのよ」
もう一つの影がそれに応じるように動き、
「経験?」
「そう。経験。ほら、『だけ僕』の主人公って……」
「ああ、非モテ陰キャだな」
「……はっきり言うわね……」
「そこを濁したら話がスムーズに行くならいくらでも濁すけどな」
春菜は俺を睨み、
「その割には私には棘があった気がするんですけど……」
「それは……」
そこを指摘されると正直辛い。
理由なんて色々だ。
本当はもっと面白くなるはずだった話がつまらなくなってしまった絶望感。それを何度も見せられ続けた無力感。大好きで、敬愛していたコハル先生が、実は昔小競り合いをした如月春菜だったという認めたくない事実。それらが一緒くたになって、そんなことに気を配っている余裕は正直無かったと思う。
言い訳は出来る。言い逃れだって出来る。
だけど、
「すまん。ちょっと、まあ、色々あってな」
それを聞いた春菜は何故か気まずそうに、
「う、べ、別に謝ってほしかったわけじゃないんだけど?」
そう。
そういうのですよ。あなた。
これがツンデレってやつなんですよ。分かりますか奥さん。
髪をいじいじ、視線はうろうろ。そして、夕焼けにまぎれて分かりにくいけど、恐らく頬を紅潮させている。それが「自然で可愛いツンデレ」ってやつなんだよ。
自分ではできる癖になんでいざキャラクターに行動させるとあんなことになっちゃうんだろう。お父さんは残念ですよ。
「そうか?まあ、一応な。でも、間違ったことは言ってないぞ。言い方に問題があったのは認めるが、内容は言った通りだ。それを訂正はしないし、しても前進はしないからな」
「う……分かってるって……」
なんともしおらしい。いつもそうだったらいいんだけど。いや、それだと意味がないか。ツンデレってのは素直になれない部分もあるから可愛いわけだし。そもそもの意味はそれと違うなんて言われちゃうと困るけどね。
暫くの沈黙。
やがて春菜が話を繋げる。
「……だから、ね。分からないのよ。毒舌だって、どっちかっていったら、私はあれを馬鹿にするほうだし。ツンデレって言われても、身近にいないからよく分からないし」
一番身近なところにいますけどね?気が付いてないだろうけど。
「それに……………て認めた後のことなんて………ないし」
声が、小さかった。
小さすぎて聞き取れなかった。難聴はラブコメ主人公だけの特権だと思うんだけど。
ラブコメの神様がいるなら、難聴だけじゃなくて可愛いヒロインとついでにハーレムもプレゼントしてほしいところだ、今のところ、俺の周りにいるのは、俺に暴力をふるおうとした少女Aと、それに加担しようとした少女Bと、一連の出来事に対して、我関せずの態度を取り続けた少年Aだけだ。
「あん?」
少女Aもとい春菜は、
「なんでもない」
と、しらをきる。
聞き出してみようか。
聞き出したら答えてくれるだろうか。
その踏み込みになにか意味があるのだろうか。
そんなことを考えていると、春菜の足が止まる。
赤信号だった。
俺も立ち止まって、隣に並ぶ。十字路なので、すぐ隣では青信号がぴよぴよと可愛い音声を鳴らしている。ランドセルを背負った小学生が、交代制で見守る大人の「右見て左見て。もう一回右を見て渡るんだよ」という言葉に「はーい!」という元気だけがこもった返事をしながら渡っていた。
時間帯的にはやや遅いような気もするが、何かの行事だったのだろうか。それとも、近くの市民センターにでもいたのだろうか。あそこなら確か、親が共働きで、遅くまで帰ってこない子が滞在できた気がする。
やがて、春菜が、
「ねえ、コスモ」
名前で呼んでくる。その唐突さに俺は少し反応が遅れる。
「あ……な、なんだ?」
春菜がふふっと笑って、
「なによ、きょどっちゃって。陰キャくさ」
「失礼だな。考えごとしてたけだ。んで?なんだ?」
「“青春”ってなんだと思う?」
次回更新は明日(1/13)の0時です。




