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Side:K 最悪の出会い

 忘れもしない。


 あれは中学三年生の時だった。


 大型書店の片隅で、俺はただたださまよっていた。


 エレベータ付近の棚には目立つように新刊本がずらりと並べられている。


 だけど、その表紙とタイトルとみるとため息が出てしまう。


 一体どうしてこんなことになってしまったんだろう。気が付けば棚の半分くらいは「死ぬほど長い、誰が付けたんだこれと思うタイトルの作品」か「欲望丸出しの、中身なんて一切なさそうな内容の作品」のどちらかだ。もちろん、中には面白いものもあるのかもしれない。だけど、このラインナップを見るとどうしてもそれを探す気力もなくなってしまうのだ。


 再びのため息。


 すると、


「ちょっと。不幸がうつりそうだからやめてくれる?」


 声をかけられた。


 女の子だった。


 綺麗だな、と思った。スタイルもいいし、何よりまず顔がいい。


 だけど残念だ。その大変良いお顔は大分歪んでいたからだ。明らかに不機嫌そうだ。


 ごめんと謝ることも、その場を去ることも、俺には簡単だったのかもしれない。

 だけど、分かるだろう?こんな不機嫌をぶつけられて「はい、そうですか」で引き下がれるわけなんてないって。許してくれよ。俺だって子供だったんだ。いや、今も子供かもしれないけど。


 そんなわけでその時の俺は、


「不幸なんてそんなことでうつるわけないだろう。馬鹿か?」


 売り言葉に買い言葉。口げんかの始まりだった。


「はあ?うつるわよ。馬鹿じゃないのアンタ?」


「馬鹿はお前だろ。キャンキャンわめいて。知ってるか?空の樽は音が高いって例え。まさにお前のことを指す言葉だな」


「アンタ……!」


 わなわなと震えるその少女は手に本を持っていた。恐らく買うつもりなのだろう。そのタイトルは恐ろしいほど長かった。なんでそんな長いタイトルをつけるの?って感じだ。高級フレンチのコース料理かよ。


 俺はそれを指さし、


「お前、そんなの買うのか」


 少女は応戦し、


「そんなのって……アンタあれでしょ?タイトルで物見てるタイプでしょ。ハン、これだから知ったかは」


 俺はカチンときて、


「別にタイトルで選別はしてないさ。単純にそれがつまらなかったってだけだ」


 そう。


 少女が持っていたのは、俺が一巻を買って、心底後悔した作品だ。あれ以降タイトルの文字数を見て作品の「足切り」をするようになったのは秘密にしておきたい。


 少女はさらに不機嫌を加速させ、


「アンタね……そこまで言うからにはさぞかし凄いものを作れるんでしょうね?」


 俺はなおも応戦する。


「お、出た出た。批評に対して「じゃあ実際にやってみろ」。なんの反論にもなってないって分かってんだろ?そんなに言うならお前がやってみればいいじゃないか。それで俺を頷かせたらいくらでも謝ってやるよ」


「良いわよ!そこまで言うなら書いてやろうじゃないの!」


「ほう。お前に出来るかな。知ってるか?良いシナリオを作るのに大事なのは自分に無茶ぶりをすることらしいぞ」


 思いっきり意地の悪い言い方をする。少女はさらに口調を荒げて、


「はっ!やってやろうじゃないの!あんたも実際にやってみたらどう!?良いものかけたらいくらでも謝ってあげようじゃないの!じゃあね!二度と会うことは無いでしょうけど!」


 少女はそれだけ言い捨てると、レジの方へと立ち去っていった。なんとも負ける側っぽいい捨て台詞だ。


「実際にやってみろ、か」


 そう言えば考えてもみなかった気がする。


 評価者と、書き手は違う。それが俺のスタンスだ。その考えに変わりはない。

 ない、けれど。


(ま、暇つぶしにはなるか……)


 ちょっとくらいならいいか。


 あの時は、そう思ったのだ。


 それから三年後、あんなことになるとはこの時は全く思っていなかったのだった。

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