9.迷い作家オーバードライブ。
そう。
なにもこれは俺だけがわめいている話ではない。
幼馴染・青葉による突然の行動。それによって触発されたもう一人のヒロインによる嫉妬と、逡巡。それらを経た末に、最終的には学園一の美少女・雪谷が主人公・池上に告白し、主人公もそれを受けるという展開になる。
そして、最後に青葉が、今年一杯で海外へと旅立たねばならない事情があるという情報が開示されて終わるのだ。実に綺麗で、今後が期待できる終わりかただったと言えるだろう。
ではそれを受けた二巻はどうか。
結論を言おう。何も話が動かなかったのだ。
関係性が変化したはずの主人公たちが、ただひたすら、青春の日々を模索する話。それはそれで面白い。なんなら一巻には無かったラッキースケベイベントなんかもあって、そのあたりに関しては評価をする声もあった。
だけど、話自体は概ね評価が芳しくなかった。
当たり前だ。一巻で振った話が何一つ進まなかったからだ。
一巻の終わりで恋人同士になったとは思えないほど主人公たちの関係性には変化が無い。
幼馴染も、海外への渡航を控えているからか、時折その表情に影が落ちるものの、それ以外の変化は見られない。一巻で出した問題に対して、何一つ回答しないまま三巻に丸投げした、というのが二巻の話、なのだった。
キャラクターの表現に関しても批判が集まっていた。今までは深く考え、葛藤していた主人公が、急に単純なラブコメ主人公みたいな思考をし、定番の難聴まで発揮したのだ。
一巻とはあまりにも別人すぎるため、作者が変わったのではないかという意見まであったが、あながち間違いではないとすら思っていた。現実は違ったわけだけど。
「そう。結果として評価は得られなかった。当たり前だ。話を三巻に丸投げしただけだからな。方針を元に戻すなら今だが、それをするならば二巻は壮大な時間の無駄だったということになる。それを逃げと言わずに何という?」
「ぐ…………」
春菜の表情は一層、苦いものになる。
きっと、本心では分かっているんだ。あんなものは何の解決にもならないと。大衆に受けようとして行った舵取りは、大衆に対して媚を売れていないだけではなく、既存のファンにもそっぽを向かれるようなものだったということを。
「……だ、だって、その方が売れるって……」
「ほう、誰が言ったんだ?」
「…………編集さんが」
なるほどな。
根源はそこか。
編集というのは実に難しいもんだ。作家をサポートして、作品の内容をブラッシュアップするために尽力できる者もいれば、不必要なアドバイスをして、混乱させる、素人に毛が生えただけの輩もいる。世の編集者が前者だけであればいいのだが、そうはいかないのが実情だ。
「そうすれば売れる、と」
春菜は縦に頷き、
「もっと……ラブコメ感を出した方がいい、とか。長い間楽しめるほうが読者は嬉しい……とか」
うーむ……実に無能な感じだ。いや、実際にはもっといろんなアドバイスをしたのかもしれない。だけど、結果がこれなら、間違っていたと言わざるを得ないだろう。
俺は単刀直入に、
「そのアドバイスを活かしたのが、あれ、というわけか」
「そ、そうよ。悪い?」
「悪いな」
「なっ……」
「悪いだろう。現に評価は散々だ。作品の評価が一般的な読者のレビューだけで決まらないというのであれば、もっと有名な、専門家然としている人間に読んでもらってもいいだろう。だけど、結果は同じだろうな。一巻と二巻。どちらが優れていたかなんてことは、聞くまでもない」
春菜は必死に抵抗する。
「で、でも二巻の売り上げは良かった」
「それは一巻の評価だ」
「ぐ」
「お前は馬鹿か?二巻の内容が良かったら二巻の売り上げが上がるわけがないだろう。あれか?中身を透視して、良かったから買ったとでもいうのか?いそんなわけがないだろう。あの売り上げは間違いなく一巻の評価だ。そして、」
俺はさらに現実を突きつける。
「三巻の売り上げは、二巻の評価が影響する。このままだと先細りだぞ」
春菜はやけっぱちになり、
「じゃ、じゃあ、どうすればいいってのよ!」
俺はにやりと笑い、
「決まっている。一巻と同じ路線に戻し、なおかつ二巻の良いところを残せばいい」
「そ、そんなこと!出来るわけ!」
「出来る」
「……っ!」
「出来るさ。なにせ両方の良いところなんて、」
そうだ。
例え、書くことが出来なくとも。
作り手としては未熟そのものでも。
俺にだってできることはある。
俺は精いっぱいの不敵な笑みを浮かべ、
「──俺が全て、知ってるからな」
月乃が言った。狂信者だと。
それでいい。俺は狂信者だ。崇拝しているといってもいい。
如月春菜のことは……正直あんまり好きじゃないけれど、コハル先生は大好きだ。
その先生が悩み、答えを見失っているのなら、俺が道を示そうじゃないか。
だって、その第一歩を踏み出そうとする背中を押したのは、俺なのだから。




