8.賛否両論があるのは良いことだ。
「『だけ僕』の特徴は色々ある。だけど、一番の特徴は主人公だ。青春を追い求める主人公。だけど、彼の追い求めるものとは全く違う現実ばかりが起きる。そんな時彼は言うんだ。青春なんてありもしないって」
月乃が、
「青春を追い求めるのに?矛盾していないか?」
「そう見えるだろ?だけど本質は違う。主人公はな、本当は物語に出てくるみたいな青春に憧れてるんだ。だけど、現実はそうじゃない。そのギャップは埋まらない。物語の開始は三年生だから既に修学旅行なんて終わった後だしな。だから、青春なんてありもしないものだと決めつける。酸っぱい葡萄理論だな。彼は悩む。そして、その間で葛藤し続ける。その上で、日常を彼なりに楽しむ術を見つけて見せるんだ。だけど、いつも思うんだ。結局のところ、これは自己満足じゃないのかって。後で振り返ってみればどれも綺麗だなんて言い訳をつけて、納得させてるだけじゃないのかって。彼は踏み出せない。当然だ。三年間踏み出せなかったんだからな。だけど、段々と変わっていくんだ。それは学園一の美少女であるヒロインの効果もある。だけど、結局は「かなわないと知りながらも手を伸ばそうとした彼の」
月乃が文庫本で俺の頭をはたき、
「うるさい」
「自分で聞いておいて!?」
「そんな早口オタクの語りをしろとは言っていない。端的に、必要最小限で述べろ、全く」
酷い。それなら最初からそうと言えばいいのに。ちなみに今日のカチューシャは赤色だ。つまりそれなりに機嫌はいいことになる。表面には全く出てないけれど。
まあいいや。
必要最小限にまとめろというのであれば出来なくはない。
「つまりは、だ。主人公がミョーに丸くなったんだ。二巻から。現状のぬるま湯みたいな青春で「これでいいかな」とか妥協しだしたんだ。急に。そんなの大衆受け狙い以外の何物でもないだろう?」
それを聞いた春菜は、
「そ、そんなことないわよ!あれは話の展開を考えて、」
俺はじっと睨みを利かせ、
「本当に考えたか?」
「考え」
「…………」
「…………多少、感想を参考にした、ところはある、かな?」
ほら、言わんこっちゃない。
実際ネット上での感想も二分割されている作品だったのは事実だ。
好意的に捉えている人間の感想は概ね俺と同じだ。主人公の葛藤と、それでも前に進もうという意思。そして何よりもキレのある毒舌が「そうそう、これ言いたかったよね」ということを言ってくれている場合が多かったのが大きかった。世の中は放っておけばすぐに前に倣え状態になることを考えると、そんなものをガン無視した毒舌は正直心地が良かったのだ。
一方反対派の意見はシンプルだ。
主人公が嫌いだというのだ。
分からなくはない。あの主人公は間違いなく人を選ぶ。青春らしいことをしたいといいつつ、結局出来ず。目標としていたことを公然と批判する。上っ面の事実だけを並べれば、かなりのゴミ人間に見える。
だけど、それは違うのだ。彼は彼なりに悩んだ末であの行動をしているのだ。それは地の文からよくわかる。
その結果が、幼馴染の海外移住を聞いたときの一大決心であり、最終的には皆でもう一度修学旅行をしようという決断をし、その仕切りを自分がやるという決断をする。
その決断に至るまでの彼の心情を考えれば、毒ばかりの彼の発言も意味のあるものとして受け取れる、はずなのだ。少なくとも俺はそう解釈している。
だけど、現実はどうしてそう上手くはいかない。
アニメは一話で、ラノベは一巻で切られるのが常だ。大好評連載中と評される作品の下には、有象無象の早逝作が埋まっている。
そして、そのさらに下には、形にすらならなかった流産のような構想や、途中まで作ったけれども、誰にも見せないまま黒歴史と化してしまった作品が山のようにあるに違いない。
コハル先生……いや、春菜も悩んだのだろう。このままでいいのかと、賛否両論という状態のままでいいのかと。もっとみんなに愛される作品を書くべきなのではないかと。そうでなければ切り捨てられ、忘れられてしまうのではないかと怯えたのだ。その感情は分からなくもない。けれど、
「如月。それはな、逃げだ」
「逃げって……」
春菜の瞳孔が開く。言葉を選ぶべきだっただろうか。
いや、違う。そんなことをしていては伝わらない。だからこれでいい。
「そうだろう。お前は批判されることから逃げた。だけど、どうだ?その結果、二巻の評判は良かったか?」
「それ…………は」
芥がPCの画面を見ながら、
「今ちょっと調べてみてたんだけど、やっぱり『だけ僕』の二巻は評価が良くないね」
次回更新は明日(1/6)の0時です。




