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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第二章 奪還
9/92

黒髪の少年



 ──カ、……コン……。




 庭の鹿威しが鳴った。

 それと同時に、吉昌(よしまさ)は目を見張った。


(……これが、あの、噂の白狐……)


 話には聞いていたが、見るのは初めてである。思った以上に、幼い風体をしていることに、吉昌(よしまさ)は言葉を失った。

 侍従たちの言う通りである。『妖怪とは思えない』……そんな言葉が脳裏を掠めた。


 そもそも吉昌(よしまさ)の家には、幼い頃から多くの妖怪たちがいた。

 その妖怪たちは、時に人の姿となり、吉昌(よしまさ)の前へ出て来ては、幼い吉昌(よしまさ)をからかっていた。


 けれど、目の前の白狐は、その時の妖怪たちと様子が違う。


(……なんだ? ()()は……)


 本当に妖怪なのか? まず気配が違う。子どもの頃ならいざ知らず、今の吉昌(よしまさ)陰陽頭(おんみょうのかみ)。陰陽師たちを束ねる立場なのだ。例え、どんなに妖怪が巧妙に人間に化けたとしても、見破れる自信が吉昌(よしまさ)にはあった。




 けれど、目の前の白狐はどう見ても『人』だった……。




(本当に白狐なのか? これは人なのではないか……?)

 本気でそう思った。


 気配もさることながら、白狐と言われるような特徴が、何一つとしてないのである。

(黒髪の白狐……? いやいや、色を染めているのかも知れぬ。……いや、しかし……)

 吉昌(よしまさ)の心は揺れる。


 確かに、妖怪を捕獲したいとは思ったが、()()を捕獲するつもりはない。吉昌(よしまさ)は考える。


(可能性として、ないわけではない……)

 どこからか連れさらわれ、《澄真(すみざね)の縁者のフリをしろ》などと強要している……ということも無きにしも非ず。事は慎重に進めなければならない。


 見れば、お付の者だろう、濡れ縁の方で待機している者がある。吉昌(よしまさ)は、濡れ縁の様子を探った。

(……あっちは間違いなく、妖怪)

 薄く目を細める。


 もしも、ここにいる幼子(おさなご)()であれば、あの濡れ縁にいる者が操っているという事になる。逆に、両方妖怪とも考えられた。


(人であれば、救わなければならないが、妖怪であれば、捕獲……)

 しかし、今のところ判断がつかない。妙な行動が取れなくなり、吉昌(よしまさ)は歯噛みする。


 確実に濡れ縁の者は妖怪だから、単純に考えれば捕獲すればいい。


 しかし、事はそう単純ではない。

 幼子が人であればいいが、人でなければ、化けていることになる。これ程までに上手く化けれる妖怪も、そうそういない。おそらくは信じられないほどの妖力を持っている……そう考えた方が得策だ。

 そうなると、濡れ縁の妖怪よりも、この幼子の方が上。例えば濡れ縁の妖怪を捕獲したとしても、目の前の幼子が黙っているはずがない。ここぞとばかりに攻撃を仕掛けて来るだろう。


 そうなれば終わりだ。


 この屋敷で、唯一力があるのは吉昌(よしまさ)である。万が一吉昌(よしまさ)が倒れれば、この屋敷は終わり。一人残らず妖怪に喰い散らかされた上に、《手毬》も奪われかねない。

 そうなっては元も子もない。




(ミサキを出す……か──?)


 それも考えたが、結果は同じだ。


 ミサキは、《妖怪であってもミサキの姿は視えない》と言ったが、どこまで本当なのか、試したことがない。いや、そうであったとしても、()()()()()()()()()がいるかも知れない。現に吉昌(よしまさ)がそうだ。妖怪にもミサキを感知する者はいるだろう。

 万が一視られてしまえば、力の弱いミサキなどは、すぐに負けるかも知れない。


 吉昌(よしまさ)は、ミサキを呼ぶのを躊躇(ちゅうちょ)した。

(……)

 躊躇して、眉をしかめる。

 ミサキの心配をしている、自分に気づいたのだ。


(いや、違うだろ? 正直、ミサキはどうなってもいいが、消された後、どう対応するのだ?)

 そもそもミサキが倒れたその後、吉昌(よしまさ)自身でどうにかなるのなら、呼ぶ必要がない。最初から自分で手を下せばいいだけだ。呼ぶだけ無駄……。

 しかし、これはチャンスではないのか……? 吉昌(よしまさ)は考える。

 吉昌(よしまさ)は、ミサキを快く思っていない。無理やり自分の式鬼(しき)に下ったミサキには、嫌悪感しかなかった。

 ならばいっその事、ミサキを出して、ミサキを倒してもらえば……。


「……」


(……。私はなにを、グダグダ考えてるんだ……)

 吉昌(よしまさ)は頭を振って考える。


 ミサキを倒す──。


 しかし、それは吉昌(よしまさ)の敗北となる。今すべき事は、そんな事ではないはずだ。

(何にせよ、向こうの出方次第だ……)



 吉昌(よしまさ)は、しばらく手を口に当てて考えていたが、ならばまず、すべき事があった……と、顔をあげた。不意に、目の前にいる幼子の顔が見たくなったのである。



 震えるように頭を下げている幼子(おさなご)は、やはり本当は人間で、濡れ縁にいる妖怪に、無理を強いられている ──。



 そう思うと、本当にそんな気がして、いつまでも頭を下げさせているのが、少し哀れにも思った。

 万が一そうでないにしても、顔を見れば妖怪か人間かの区別が、つくかも知れない。

 吉昌(よしまさ)はそう思い、口を開く。



「あぁ、すまない。少し考え事をしていた。……君は澄真(すみざね)を心配して来たのだろう? なにもそうかしこまる事はない。(おもて)を上げて楽にするが良いよ……?」

 優しくそう言った。

(さぁ、どう出る……?)


 吉昌(よしまさ)は懐の護符を掴み、身構えた……!


 ゆっくり幼子は、頭をあげる。

 さらり……と絹のような黒髪がこぼれた。


「!?」

 その顔を見て、吉昌(よしまさ)はギョッとなった。


 顔をあげたその幼子は、ポロポロと涙を流して泣いているのである。

 警戒していた事も、相手が白狐ではないかということも忘れ護符を手放し、吉昌(よしまさ)は慌てて傍へ駆け寄った。


「な、なにをそんなに泣く?」


 駆け寄りながら吉昌(よしまさ)は思う。

(これは、人だ……。間違いない)


 駆け寄ってその顔を覗けば、不安に満ちた無垢な少年の顔が見えた。

 漆黒のその瞳は丸々と大きく、つり上がってもいなければ、つり下がってもいない。

 その大きな目を潤ませて、ポロポロと涙を流すその姿は、儚げで、守ってやりたくもなり、相手の素性が分からないこの状況でも、抱き寄せたくなる。

 艶やかなその白い頬は、泣いているためか、うっすらと赤味がさして、幼子にしては妙に色っぽい。


 吉昌(よしまさ)は唸る。


(……これは、澄晴(すみはる)さまが、好みそうだな……)

 咄嗟にそう思った。


 ()()()()()とはいわゆる、《澄晴(すみはる)の家の者》である。

 澄晴(すみはる)の家にいた稚児ならば、()()()()()()の可能性が高い。


「……」

 吉昌(よしまさ)にはそういう趣味はないが、稚児趣味を持っている澄晴(すみはる)ならば、この様な幼子も、自分の手元に置いているかもしれない。


 吉昌(よしまさ)は、絶句する。

(無下に扱っては、とんでもない事になる……)

 咄嗟に頭の中で計算した。



 澄真(すみざね)の父の澄晴(すみはる)は、身分的にはさほど高い地位にいるわけではない。しかし、帝の覚えがめでたく、その上あの容姿。誰もが虜になり、今や貴族の裏社会を牛耳っている。

 澄晴(すみはる)が眉をしかめれば、その者は事実上、この世では生きてはゆけない。



 ゴクリ……吉昌(よしまさ)は、唾を飲み込む。


 思わぬ大物の存在をその後ろに感じ、吉昌(よしまさ)は青くなる。

 妖怪捕獲計画は、綺麗さっぱり頭から吹っ飛んだ。



「あ。……あの、僕、僕……」

 目の前の幼子が、震えながら必死に言葉をつなぐ。

 ふるふると震えるその姿は、演技とはとても思えない。


(やはり間違いない。人だ。手を出さなくて良かった……)

 そう吉昌(よしまさ)は、安堵の息を漏らす。

 優しく幼子を見て、吉昌(よしまさ)は微笑んだ。

「ん? 澄真(すみざね)が心配なのか? 彼は大事ないから、そう泣かずとも良いのだぞ……?」

 そう言った瞬間だった。


「……そう」

 幼子は小さくそう呟くと、形のいいその唇の端を釣り上げる……!




 ──シュルシュルシュル……。




 下から静かに、……しかし驚くほど素早く、白くて長いものが吉昌(よしまさ)に絡みついて来た……!


「な……っ!?」

(……っ、やはり妖怪!?)


 気づいて咄嗟に護符を掴もうとしたが、遅かった。

 既に身動きが取れないほどに、妖狐のしっぽで()()()()()()に絡め取られてしまったのである。

(しまっ……、あのまま護符を握っていればよかった……!)


 目の前の幼子が、あまりにも()のそれであったがために、油断して護符を離してしまった事を吉昌(よしまさ)は後悔する。

 ちらりと、濡れ縁にいる侍従を見た。何としても、彼だけは逃げて欲しい……。


 しかし侍従は、吉昌(よしまさ)の状況を見るや否や、吉昌(よしまさ)を救おうと動いた。


「あ! (よし)……ふぐ……っ」




 ──シャッ……!




 侍従は動いたが、しかし傍には姮娥(こうが)がいるのである。黙って見ている姮娥(こうが)ではない。

 当然、姮娥(こうが)も動いた……!


 素早くその長い舌を飛ばし、侍従に巻つける。




 ──シュルシュルシュル……。




 叫ばれないように、口をぴっちりふさいでから姮娥(こうが)は、ゆらり……と立ち上がった。


「……!」

 吉昌(よしまさ)は目を見張る。自分の油断が、侍従を巻き込んでしまったのだ。軽く混乱した。

 妖怪だとは思ってはいたが、これほど動ける妖怪だとは思っていなかった。

 仮にも侍従であったとしても、吉昌(よしまさ)の侍従。そこらの妖怪には負けはしない。確かに、油断もあったかもしれないが、それでもこんなに易々と捕まる侍従ではない。


 その侍従が為す術なく、長い舌に巻かれ、身動きが取れないのだ。あまりの光景に、言葉を失くす。


 美しいその顔から、べろりと長い舌を垂らし、姮娥(こうが)は気だるそうに歩を進める……。

 ズリズリ……と従者を引き摺りつつ、御簾(みす)の中に入って来た。


 吉昌(よしまさ)は息を呑む。

 侍従の顔は、恐怖に引きつっている……。


 姮娥(こうが)は、そんな事は気にも止めず、部屋に入るなりキッ……! と御簾を結び上げていた紐を睨んだ。




 プツ。

 プツプツプツ……!




 ぱさ、ぱさぱさぱさ……っ。




 四方の出入口に掛けてある御簾全ての紐が、一斉に切れた。

 結び止めているものがなくなって、御簾は軽い音を立てて、次々に垂れ下がる。

 姮娥(こうが)は嬉しそうに目を細めた。


 これで、外からは中の様子が見えない……。


「……っ、」

 吉昌(よしまさ)は震えるように、息を吐く。




 ──カ、……コン……。




 庭の鹿威しが静かに、鳴った。


 吉昌(よしまさ)は歯噛みする。

(まずった……)


 少しの油断が命取りになる……。


 そんな事は痛いほどに分かっていたのに、なんという失態。

 どうにかして、この状況を抜け出さなくては……。


 そんな事を考えつつも、身動きの取れないこの状況に、吉昌(よしまさ)は、なすすべがなかった。


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[良い点] 9/10 >>>(……なんだ? これは……)  うぇーい迷ってる迷ってる。いいぞもっと迷え >>>(人であれば、救わなければならないが、妖怪であれば、捕獲……)  ひゃひゃひゃ >>…
[良い点] ああ、なるほど! 設定読めました。そう来るかぁ〜 [気になる点] 姮娥が「この少年の命が惜しくば道を空けよ」と芝居をするパターンもアリかな?
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