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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第十章 大切な人。
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熾砢房

 熾砢房(しらふさ)……と名乗った目の前の妖狐は、爽やかに目を細め、ふふっと笑う。

 その笑みは、穏やかな春の日差しのような、あたたかな微笑みだった。


 けれど先ほど見た、幼い方の狐丸の、あの疑うことを知らない無垢な瞳を思い出すと、今の熾砢房(しらふさ)のその微笑みは、いくぶん悲しみをたたえているかのようにも見える。


 《熾砢房(しらふさ)》は、静かに口を開く。


『僕は、《妖狐》ではないんだ……』

 少し苦しげな表情で、熾砢房(しらふさ)は、確かにそう呟いた。


(《妖狐》……ではない?)


 では何なのだ? と吉昌(よしまさ)は、熾砢房(しらふさ)の頭についている真っ白な耳と、二本の長いしっぽを代わる代わる見る。

 その真っ白な耳は、未だに伏せていて、警戒を解こうとしない。フワフワのしっぽは、神経質そうに揺れ動き、吉昌(よしまさ)やミサキのちょっとした動きにもピクリ……と反応する。

 それらはどう見てもキツネの耳に、しっぽ。……吉昌(よしまさ)は顔をしかめた。


 その様子に気づいて、熾砢房(しらふさ)は笑う。


『あはははは。そうだよね? 僕にはキツネの耳と、しっぽがあるけれど、でも……《妖狐》じゃなかった。違ったんだ……』

 そう言って熾砢房(しらふさ)は、さらに悲しそうな顔で、目を伏せた。


『僕が《妖狐》だったら良かったのに。そしたら妖狐たちも、そしてこの《狐丸》も苦しまずに済んだかも知れないのに……』


 熾砢房(しらふさ)は、銀白色の長い睫毛を震わせながら、ポツリと呟く。


「……」

 何かよほどの事があったのだろう……と吉昌(よしまさ)は推察する。


(それはつまり、妖狐でありたかった……と言うことなのか……?)


 目の前の熾砢房(しらふさ)が、いったい何者なのか、吉昌(よしまさ)には判断がつかない。

 しかし熾砢房(しらふさ)の見た目は、明らかに、妖狐のソレだ。


(……しかし何故、いきなり成長した?)

 熾砢房(しらふさ)は、自身は妖狐ではない。狐丸でもない……と言い張るが、ならば幼かった先ほどの狐丸は、いったい何処へ行ったと言うのだろう?


 ……自分たちを、混乱させるため。

 とも思ったが、どうやら様子がおかしい。


 妖怪と言うものの種族の中には、確かに自分の年齢を誤魔化す者もいる。

 けれど所詮それは、妖力で補っただけに過ぎず、ただの一般人ならともかく、長年陰陽師として研鑽(けんさん)を積んだ吉昌(よしまさ)に通用するわけがない。


 それなのに、目の前の《熾砢房(しらふさ)》は妖力で補われたモノではなく、明らかに実態であり、ただ単に妖怪から人の姿に形どっただけに過ぎなかった。

 どう見ても、()()()()としか、言いようがないのである。


(……いったい、何者なのだ?)

 けれど狐丸とは、雰囲気すら違う。


 澄真(すみざね)の話だと、《狐丸》はついこの前、生まれ出た妖怪だと言っていた。しかし目の前の《熾砢房(しらふさ)》は、そうは見えない。

 長年生きていた(あやかし)だけが持つ、()()とその()()……。


 そう思っていたところで、熾砢房(しらふさ)の伏せていた耳が、ピョコンと立つ。

「!」

 身構える吉昌(よしまさ)


 けれど熾砢房(しらふさ)は、自分の口に指を当て、んー……と考える。

『ん? ううん。いや待てよ? 僕は僕だけど、今は狐丸でもあるから、狐丸も妖狐じゃないって事なのかな……?』

 そう言って、吉昌(よしまさ)とミサキに首を傾げてみる。《どう思う?》と言ったところだろうか。


「な……。何を言って……」

 ミサキと吉昌(よしまさ)は、顔を歪める。呆れてものが言えない。


 そんな事、自分たちが分かるわけがない。そもそも、今の状況に、一番動揺しているのは、こちらなのだ。

 ミサキは、ギリっと歯ぎしりをする。

 目の前の下等な妖狐に、おちょくられているのだと、理解した。


『そのようなこと、ミサキたちが知りませぬ……』

 キッと睨みながら、強い口調で言いながら、腕を力強く()ぐ!




 ごおぉぉおぉぉ……!




 物凄い突風が吹き荒れ、熾砢房(しらふさ)を襲った!


 ピクリっ……と熾砢房(しらふさ)の耳が反応する。

 ギラリと金の目を光らせ、……けれど熾砢房(しらふさ)は、気絶している澄真(すみざね)を抱き寄せ、ふわり……と舞っただけだった。



『な……っ!』



 軽く攻撃を躱された。

 今まで一度も、攻撃を躱された事などないミサキは、動揺する。


 熾砢房(しらふさ)は動じない。

 ふわりと、花のように微笑んだ。


『ふふ。そうだよね? 僕だって分からない。だって()()()()確実に()()()()()()()()から……』

 目を細め、澄真(すみざね)を横目で見る。


『……だけど、これだけは分かるよ……』

 言って熾砢房(しらふさ)は、降り立とうとした岩山のてっぺんを、軽く蹴る。

「!」




 トン──。


 トン、トン……。




 気を失っている澄真(すみざね)を難なく抱え上げ、熾砢房(しらふさ)は大きな岩山の微かな足場を頼りに、ぴょんぴょんと跳ね降りた。


「な! 澄真(すみざね)は怪我人だぞ!」

 吉昌(よしまさ)は悲鳴を上げる。

 地に降り立つ反動で、澄真(すみざね)の怪我に響きでもしたら、今度こそ致命傷になりかねない。


 ……が、そんな吉昌(よしまさ)の心配をよそに、熾砢房(しらふさ)は身軽な身のこなしで、風のように地に降り立った。


 まるで天女でも降り立つようなその軽さに、二人は言葉を失う。

 (もや)のように、狐丸の二本のしっぽが艶めかしく揺れ動く。


『僕は、澄真(すみざね)に出会ったのは、()()()()()()なんだ。……《妖狐》はね、人に恋すると、その人を食べたくなるらしいんだ。だけどさ……ふふ、おかしいよね? だって僕、澄真(すみざね)とは()()()()()()()()んだよ? ……顔色が悪くて血だらけで、おまけに意識のない人間を、どうやって好きになるって言うの……?』

 微笑みながら、つんつん……と澄真(すみざね)の頬をつつく。

 それから熾砢房(しらふさ)は、淡々と続けた。


『僕は、妖狐じゃない。だって、一度妖狐に殺されたんだ。……僕が生贄になって死ねば、妖狐のこの呪いが解けるんだって、ソイツらは言ってた。……だけど、呪いは解けなかった……』

 熾砢房(しらふさ)の目に、《悲しみ》の色はなかった、逆に怒りの炎が揺らめく。


「な、何を言って……」


 吉昌(よしまさ)には、熾砢房(しらふさ)の言っている意味が分からない。

 しかし、尋常ではないその殺気に、思わず足がすくむ。


『僕はね、誰かがこの命で救われるならって思って、差し出したんだ! それなのに、それなのに……っ』


 ギリっと歯ぎしりする。

 金の目が細く尖る。

 背後にいくつかの狐火が、瞬いた。


 青白いその炎は、白銀の妖狐を更に浮かび上がらせ、不気味に揺らめいた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 熾砢房、殺っちまえ! と言いたいですがw 二重人格、菊地秀行さんの「魔界都市ブルース」秋せつらを思い出しました。普段は「僕」で「私」になると恐ろしいという設定です。
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