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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第一章 策略と侵入
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吉昌の屋敷

 通された部屋は、意外に趣深い部屋だった。

 上げられた御簾(みす)の向こうには、内庭である小さな庭園が顔を覗かせる。

 苔むした石の手水鉢(ちょうずばち)には、若竹で作られた鹿威(ししおど)しが取りつけられており、時折忘れた頃になって小気味よい音を響かせた。


「こちらでお待ちください」


 そう勧められて狐丸は小さく頷き、お行儀よくちょこんと座る。

 掃除の行き届いたその板間は、よく磨きあげられていて、居心地がいい。けれど澄真(すみざね)を心配する狐丸は、どことなく上の空だ。


 侍従は狐丸が座ったのを確認すると、別の侍従へ何やら言付けをし、部屋の中ではなく濡れ縁へ座る。


「……」

 ちらり……と侍従は姮娥(こうが)を見て、モゾモゾと神経質そうに体を動かした。

 ……どうやら姮娥(こうが)が、怖いらしい。


「……」

 姮娥(こうが)はそれを見て、ムッとする。


 こう見えても、天下に名を馳せた姮娥(こうが)なのである。亭主の薬を盗んだために、天帝から叱りを受け、今はガマの妖怪などにされてしまったが、元は天女。自分は美女だと、密かに鼻に掛けていた。


 それがどうした事か、この対応。

 自尊心が傷つけられた。



 姮娥(こうが)の今の立場は、狐丸のお付。

 本当なら、傍にいたいところだが、主としての狐丸の傍に座ることは出来ない。

 小さく溜め息をつくと、侍従と共に濡れ縁へと座った。

 当然、侍従とは反対の方に座ったのだが、姮娥(こうが)を恐れてなのか、その侍従の肩が微かに震えたのが分かった。それがまた、癪に触る。


(……ったく。失礼にも程がありますわ)


 姮娥(こうが)は唸る。


 そもそも吉昌(よしまさ)は、姮娥(こうが)たち妖怪を快く招いているわけではないので、《失礼な態度》は当たり前なのだが、姮娥(こうが)には解せない。


 狐丸は力でもって、この屋敷に侵入したわけではない。きちんと礼を持って、玄関から断りを入れ訪問しているのである。確かに、そのことに対しての不服が姮娥(こうが)にはあるが、事実は事実。それなりの態度で対応して欲しいものだ。


(そして、この従者のこの態度……)

 思いながら流し目で、侍従を睨む。


「ひっ……」

 視線を感じたのか、侍従はこちらも見ずに、顔を引きつらせる。

「……」

(いっそ、隣に座ってやろうかしら……?)

 そんな意地悪なことを思ってしまう。


(けれどそれも、狐丸さまは喜ばないのでしょうね……)



 狐丸が何を思って、このような形で吉昌(よしまさ)の家に来たのかは分からない。

 分からないが、今までの様子を見る限り、ほんの少しの問題も、起こしたくはないのだろう。そんな素振りを見せている。


(本当は、すぐにでも澄真(すみざね)さまの元へ、飛んで行きたいと思っているのでしょうに……)

 姮娥(こうが)は溜め息をついて、狐丸を見た。



 狐丸は、ぼんやりとその庭を見ていた。

 広い空間のその中央で一人佇んで座る狐丸には、強行突破しなかったわけがある。


(……だって、澄真(すみざね)は喜ばないだろう……?)


 仮にも吉昌(よしまさ)は、澄真(すみざね)()()なのだと狐丸は理解している。


(僕は……。僕は、仲間にはなれないから……)


 自分は妖怪だということを狐丸は、十分理解している。

 例え仮契約で澄真(すみざね)との(えにし)が出来ていても、それはそれ、これはこれなのだ。妖怪としての自分は、澄真(すみざね)とは相容れぬ存在。本当の仲間になれるとは思っていない。


(だから、吉昌(よしまさ)澄真(すみざね)との縁を切るような行動を僕がとったらダメなんだ……)


 そんな風に思っている。

 自分では埋められない何かを、人であり仲間である吉昌(よしまさ)には埋められる。その()()が何であるのか、狐丸自身にもよく分からないのだが、その()()を奪うようなことはしたくない。奪えばきっと、澄真(すみざね)は傷つくに違いないのだから……。


(でも、それはあくまで、()()()()()()()()()()が前提だけどね)


 今狐丸は、澄真(すみざね)の気配に集中している。

 気配とは、結構便利なものだ。

 たとえ遠く離れていたとしても、この気配を探りさえすれば、ある程度の状態は把握出来る。同じ屋敷内にいる澄真(すみざね)の気配は、安定していた。

 体には異常はない。死にゆく者であれば、こんなに穏やかな気配を出すことは出来ない。陰陽寮で吉昌(よしまさ)自身が、他の陰陽師に言っていた通り、ただ眠っているだけのように感じられた。


(でも、()()()()()()から、それも正確かどうかは分からない……)

 そうも思う。


(もしかしたら、手の他にも怪我をしているかも知れない。……もしかして、あの吉昌(よしあき)とか言うやつ。澄真(すみざね)が寝てるのをいい事に……)

 妙な考えが頭をよぎり、人の姿をしているのにも関わらず、狐丸の全身の毛が、ぞわりと逆立った。



「「ひっ……」」


「……」

 濡れ縁の方から、侍従と姮娥(こうが)の悲鳴があがる。狐丸の気配を察知しての事だろう。

 その事に気づいて、狐丸は顔を伏せた。


(……。落ち着け……落ち着け……。そんな事ない。そんな事ない……)

 呪文のように心の中で繰り返し、狐丸はギュッと目をつぶる。




 ──ふわり……。




 優しい風が吹いた。


 風は狐丸の思いなど、少しも知らぬと言った様子で、いつものように流れていく。


 けれどそれとは逆に、狐丸の鼓動は激しい……。

 どうにも収めることが出来ないでいる。


「……っ、澄真(すみざね)ぇ……」

 狐丸は苦しげに呟く。




 ──早く。……早く、逢いたい。




(早く来い。早く来い!)


 ここで待つように言われたのは、つい先程のことなのに、もう随分時が過ぎたように感じた。

(早く、……早くして……。もう、我慢の……限界……)


 狐丸は必死に、自分を掻き抱く。

 ……大丈夫、まだ澄真(すみざね)は大丈夫だから……と、そう、自分に言い聞かせながら……。




 ──カ、コン……。




 鹿威しがなった。



 その音と共に、吉昌(よしまさ)は現れ、狐丸はホッして……しかしそれでも、自分を抑えるために、深く頭を下げた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 吉昌、素直に会うんでしょうか? 波乱がないことが、意外でもあり、今後のカタルシスに繋がりそうな……。 [気になる点] そろそろ。血が見たいけど、ないのかな?
[良い点] 8/8 ・あらー、狐さん乙女 [気になる点] 仲間になれない、そういえばそうでしたね。すれ違い [一言] アッー! そうかそうかその発想はなかったです
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