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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第十章 大切な人。
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月光

 ぐいぐいと自分を引っ張っていく捕縛符をギリと睨む。

 自分の自由を奪うこの護符が、狐丸は憎くて仕方がない。


「離して……っ、離してってばっ!!」

 力の限り、抗う。


 けれど、どんなに引っ掻いても怒鳴っても、捕縛符はビクともしない。

 仕舞いに狐丸は、ボロボロと泣き始めた。


「お願い。お願いだから、離してよぅ……」

 くすんくすんと鼻を鳴らしながら、狐丸は後ろを振り返る。


 もう、澄真(すみざね)の姿どころか、吉昌(よしまさ)の屋敷も見えない。

 さきほど見えたあの()()は、おそらくは吉昌(よしまさ)式鬼(しき)、ミサキに違いなかった。


(こんなこと、してる場合じゃないのに……)


 心の中は、不安でいっぱいだ。

 あの後澄真(すみざね)がどうなったのか、考えるだけで恐ろしい……。狐丸はぶるぶると震える。


「どうして、どうして……?」

 狐丸は動揺しながら呟いた。


 吉昌(よしまさ)が憎く思っているのは、妖怪である自分であって、澄真(すみざね)ではない。


 もちろん、自分のことを護ろうとする澄真(すみざね)が邪魔だった……と言えば、そうかも知れないが、澄真(すみざね)は手傷を負っている。


 いくら狐丸を護ろうとしたとしても、《攻撃の対象》にはなり得ないはずだった。


 狐丸もそれを理解していたからこそ、心の奥底では、《澄真(すみざね)は大丈夫だ》と、安心しきっていたのもまた事実だ。


 確かに、深手を負ってはしまったが、その時に攻撃されたのは狐丸。けして澄真(すみざね)を狙ったものではなかった。

 澄真(すみざね)が、狐丸を庇ったから出来たものに過ぎない。


(けれどモヤ(あれ)は、確実に澄真(すみざね)を狙った……!)

 狐丸は歯噛みする。

 嫌な予感しかしない。


 ガリガリと捕縛符を削った。

 早く、澄真(すみざね)のところに戻らないと、後悔する! そう思った。


 けれど威力が強い。

 捕縛符を削るつもりが、逆に傷つけられ、右手の爪が禿げる。

「う……、」


 自分の流す血液で、赤く染まる捕縛符を見ていると、涙が溢れる。

 痛いからではなく、不安からだ。

 不思議と痛みは感じない。

 澄真(すみざね)の事が気掛かりで、自分のことなど構っていられない。



(僕……僕はちゃんと、……ちゃんと手加減したのに……っ、)

 ギリッと唇を噛む。

 プツリと音がして、唇が切れた。

 口の中に、鉄の味が染み込んでくる。


澄真(すみざね)……澄真(すみざね)ぇ……っ、」

 ふつふつと怒りが込み上げて来る。


(あのモヤはなんだろう? 吉昌(よしまさ)式鬼(しき)……?)

 狐丸は考える。

(瘴気が濃かった。本気で狙っていた)

 グルル……と無意識に喉が鳴る……!


(僕は、あれでも手加減してたのに……澄真(すみざね)は同じ陰陽師なのに、それなのに……それなのに……っ、)


 ブツリ……と頭の中で、()()()が切れた。


 ぎらり……と瞳が細くなる。

 金の双眸が暗闇で光った──!




 ごおぉぉおぉ……。




 狐丸の膨大な妖力が吹き出す!




『ぐあぁぁあぁ……!!』




 唸り声をあげ、狐丸は実態を現す。


『許さない。許さない……!』


 どす黒い狐火が、その体を取り巻いた。

 そのままギロッと捕縛符を睨むと、捕縛符に込められた澄真(すみざね)の呪詛が浮き上がる。


 けれど、捕縛符自体が消えたわけではない。

 以前巻かれた捕縛符に、さきほど追加で重ねられた呪詛が、剥がれただけだ。

 狐丸は上体を低くして、体制を整える。

 剥がれた呪詛は、呪詛返しとして、澄真(すみざね)に返る!


 狐丸は目を細めた。



『ぐるるるるる……』

 狐丸は唸る!


 タッと(くう)を踏み鳴らし、返っていく呪詛を追った。

 返る呪詛のスピードは、速い!





 シュンッ、シュンシュンッ──!




 けれど、狐丸も負けてはいない。

 一蹴りで、呪詛に追いつく!


 ぐるっと先廻りして方向転換すると、狐丸はぐぱっと口を開けた。

 呪詛を呑み込むつもりだ!




 シュン──。




 狐丸が道を塞いだ為に、呪詛は軌道を修正する!

 しかしそれよりも速く、狐丸が食らいついた。




 ──がぷ。




 必死に逃げようとする呪詛。

 けれど逃す狐丸ではない。




 ゴクリ……。




 ゆっくりと嚥下した。


『……。げふっ』

 ペロリ……と口を舐める。


 呪詛は、けして弱いものではなかった。

 澄真(すみざね)に返れば、もしかしたら命を奪ったかもしれないが、それは、相手が《人》であった場合だ。

 少なくとも、狐丸は《人》ではない。

 人ではない狐丸にとって、いったん解除してしまった呪詛など、《獲物》でしかない。


 光る金の双眸を、ふっと細める。

 思いのほか、美味しかった──。


『……まだ、食べたい』

 思わず、そんな呟きが漏れる。


 食べたくて食べたくて、仕方がない。

 けれど、




 ──食べられない。




『……』

 食べれば、澄真(すみざね)はいなくなる。

 食べたら満足するかも知れない。


 けれど、

 食べても満足しないかも知れない──。




『……』

 きっと自分の場合は、後者だと思う。


 ペロリ……と前足を舐めた。

 澄真(すみざね)を食べてはダメだ。


 そう強く戒める。



 澄真(すみざね)の妖力のその一端までも、信じられないくらい美味しかった。我慢なんて出来ない。

 《だけど、食べちゃダメ……》


 以前食べた妖怪、宗源火(そうけんび)と比べれば、雲泥の差がある。

 《妖力まで、美味しいとか……》

 思わずヨダレが垂れる。慌ててペロリと舌を出した。


 《きっと、澄真(すみざね)……は、全部美味しい……》


『……。』

 ふと気づいて、狐丸は、左手に巻かれた捕縛符を舐めてみる。味がするかなと思った。

 《……味、しない》


 けれど、匂いがする。

 微かな、澄真(すみざね)の匂い。

 ……と、自分の血の匂い。


 《美味しそうな……匂い》

 すりすりと鼻面を寄せた。


『ぐるる……』

 喉が自然に鳴った。


 匂いを嗅いでいると、気分が良くなる。

 ボーッとなっている自分に気がついて、狐丸はハッとする。


『……どうかしてる』


 正気に戻ると、何故だか顔が熱くなった。

『僕……おかしい……』


 体中がムズムズする。

 《なんだろ……この気持ち……》

 別れ際の、澄真(すみざね)を思い出した。


 手負いの澄真(すみざね)を取り込む、あのモヤ。()()を思い出すと、無性に胸がムカムカしてきた。

 ムッと眉間にシワを寄せる。


 《……。澄真(すみざね)は、僕のなのに……っ。()()()には、吉昌(よしまさ)がいるじゃないか……っ、》


『ぐるるるるる……』

 威嚇音が、喉をついて出る。

 不快感がジワジワと押し寄せて来た。


 こうしてはいられない。

 《早く、戻らないと……》


 狐丸はありったけの力で、走った。

 早く、澄真(すみざね)に会いたかった。

 その一心で、狐丸は空を駆った。


 だから気づかなかった。

 その速さは、異常と思えるほどの速さだったという事に……。




 ┈┈••✤••┈┈┈┈••✤✤••┈┈┈┈••✤••┈┈




「!」

 ひゅっ……と、喉が鳴る。


 術を返された衝撃が伝わった。

(な……に?)

 ハッと目を見張る。


 澄真(すみざね)は今、自分の身を護る為に、結界を展開している。ミサキの攻撃を避けるためだ。


 けれどミサキの力は強い。

 ジワジワと侵食されていく結界に、正直、青くなっていたところだった。


(こんな時に……っ)


 澄真(すみざね)は歯噛みする。

 狐丸に掛けた捕縛符の呪詛は、今展開している結界よりも強力だった。

 何としても狐丸を、確実に安全な場所へと逃がしたかった。


(まさか、返されるとは……っ)


 術が返ってくれば、おそらく自分では耐えられない。

 ただでさえこの出血。


 本来ならば、既に倒れていてもおかしくはない。けれど澄真(すみざね)は、それをどうにかして、気の流れで阻止している。


 今は持ちこたえているが、もう限界だった。


「……いい加減、降参してはどうだ」

 吉昌(よしまさ)の穏やかな声が響く。

 (すが)りつきたくなるような、優しい声だ。


「……っ、」

 澄真(すみざね)は苦しげに顔を歪める。


 けれど──。



「それ、……は、出来ませ、ん……」

 そう唸る。


 もしもここで負けを認めれば、吉昌(よしまさ)はきっと狐丸を差し出せと言うのに違いない。

 それだけは、何としても避けたかった。


「う……っ、」

 ボタボタ……と血が流れる。


 既にもう、血液のあたたかさも感じない。

(……寒、い……)

 目の前が霞んでくる。


(でも……降参は、ない……)


 ふらっ……と体が揺れた。

(……限界だ、……もう)


 目の前が霞む。


 必死に展開していた結界が、急速に弱まり、消えていくのを感じた。

 白い(もや)が侵入し始める。

 澄真(すみざね)は憎々しげに、()()を睨む。


 けれどもう、抗う力はない。

 震えるように、息を吐く。


(()()ではなく……狐丸に……)




 殺されたい──。




 シュン。




「……っ」


 目の端で何かが煌めいた。

 けれど確認は出来ない。


 そんな力は、残っていない。


(狐、丸……)


 澄真(すみざね)は小さく呟き、そのまま倒れた。

 その上に、淡く光る月の光が降り注いだ。





 × × × つづく× × ×


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― 新着の感想 ―
[良い点] 行きつ戻りつ……。呪詛を食べるというのは面白いですね。 [気になる点] そろそろ、狐丸無双?
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