渦巻く炎の中で。
轟々と燃え盛る炎の中で、しかし何故だか澄真には、熱さを感じられなかった。
狐丸と澄真の周りには、目に見えないなにかが存在し、二人を守っているようにも見えた。
「熱く……ない」
澄真は呟く。
すると狐丸はクスクスと笑う。
『うん。僕、ちゃんと澄真も護れているでしょ? 澄真は僕の《主》だから、ちゃんと護らないとね』
「主……」
その言葉が、なんだかくすぐったい。
澄真は何も言えなくて、黙り込んでしまった。
それを見て、ムッとしたのはミサキだ。
怒りを露わに、まくし立てた。
『何を呑気な! ミサキと対峙しているのに……! あぁ、悔しい! 悔しい……! ミサキが視えるのなら、人間など簡単に怯えさせるものを……! 何故ミサキは誰の目にも映らないの……!!』
力を放出し、風が湧き上がる!
『炎が苦手なのなら、燃え尽くしてしまえばいい! 何もかも燃えてなくなってしまえ……!』
ミサキは力のある限り、風を舞い上がらせる。
憎い狐丸を中心に風が逆巻き、火柱が天まで伸びた!
ごおぉぉおぉぉー……!
「狐丸……」
燃え盛る炎の中で、澄真は狐丸を護ろうと、その首を抱いた。
『……澄真。大丈夫』
狐丸は微笑むと、澄真の頭に首を傾ける。
『ねぇ、気づいていないのかも知れないけど、ここの結界を張っているのは、澄真なんだけどね』
言ってふふふと笑う。
「…………。え?」
『え?』
二人はキョトンとして顔を見合わせる。
「え? 今、なんて?」
『え? いや、だから、この結界は澄真が作った結界だよって言ってるんだけど。……え? まさか、本当に自覚ないの!?』
狐丸は目を丸くする。
「いや、だってお前、さっき《ちゃんと護れている》って言ったじゃないか!」
『そ、そうだよ! 澄真の力を利用してこの結界を張っているから、《澄真の結界》だろ? だけど澄真には自覚ないから、僕が代わりに結界を展開してる。だから、《ちゃんと護ってる》のは僕ね』
ふふふと狐丸は笑う。
「……私の力?」
澄真は訝しげに尋ねた。
狐丸は苦笑しながら頷く。
『そう。澄真の《力》』
言って狐丸は静かに前を向く。
恐らくその目の先には、怒り狂ったミサキがいるに違いなかった。
『僕は……』
狐丸は口を開く。
『僕は、確かに《炎》が苦手なんだ。暑いのが嫌いでしょ?』
燃え盛る炎の中で、狐丸は呑気に話し出す。
「そう、……だな」
澄真も、冷静に言葉を返す。
炎の勢いは強すぎて、逃れられそうにない。
熱くないのなら、会話を楽しむのもいいかも知れない。そんな呑気なことを、澄真は漠然と思った。
『だけどね、澄真は、僕と正反対で、炎が力の源みたいなんだよね』
「は……?」
何を言うんだ! と言わんばかりの澄真を、狐丸はチラリと見る。
『澄真は、……もしも澄真が妖怪だったとしたら、多分《炎の眷属》。しかも、太古のとても古い、炎の大元。だからこんな炎、わけないんだよ……』
「……」
『……。逆に僕は、《雪》から生まれた。……澄真が妖怪で妖怪紋があるとしたら、多分、《雪の妖怪紋》。だって澄真、寒いのが苦手でしょ?』
言って悲しそうに笑う。
『僕の弱点は澄真で、澄真の弱点は僕。だから僕たちは弱点があって、弱点がない……』
「……狐丸。意味がわからん」
澄真の言葉に、狐丸はふふふと笑う。
『僕たちが一緒にいれば、《無敵》ってこと。だけど離れれば、……』
そこで狐丸は言葉を切る。
『あ、ほら。コレで炎はおしまい。一つ憂いが消えた』
言って狐丸は澄真に擦り寄り、自分の背に乗せると、トーンと大きく跳ねた。
「!」
澄真はその背にしがみつきながら、眼下を見る。
眼下には、黒ずみになってプスプスと煙を上げ、燃え尽きた吉昌の屋敷の一棟が見えた。
狐丸がさきほど跳んだその一蹴りで、残った骨組みも、見事に崩れ去る。
『僕たちに狙いを定めて、風を巻き起こしてくれたから、延焼は免れたよね?』
「……!」
さも当たり前だと言うように笑う狐丸が、澄真には少し遠い存在に思え、ドキリとした。
延焼。
(そうだ。私は、火事が拡がるのを案じていた……)
澄真は眼下を見下ろす。もう炎はどこにもない。
妖怪紋をミサキに見せ怒らせる。炎が苦手だとわざとミサキに知らしめて、風を操るミサキを利用した。
ミサキが狐丸を憎み、葬ろうと頑張れば頑張るほど炎はうねり、狐丸に襲い来る。けれど、狐丸に執着するが為に、風は壁となり炎を包み込む。
おかげで、炎がまわりに飛び火する事なく、火柱となり天まで燃え尽くした。
その炎はもう、今は少しの燻りを残すのみとなっていて、あとは人の力だけだとしても、消すのは用意だろう。
「……」
(まさか、狐丸がそこまで計算していた……?)
澄真は狐丸を仰ぎ見る。
狐丸はそのことに気づいて、近くの別棟に飛び降りると澄真に擦り寄った。嬉しそうに口を開く。
『後は、あの式鬼と剣だよね? だけど多分……』
──あの剣は、どうしようもないんだよね……。
そう困ったように、小さく呟いた。