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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第九章 求めるモノと、吉昌の足掻き。
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炎の妖怪紋

『! ……なにを考えて……』


 燃え盛る屋敷の屋根に飛び降りた狐丸を見て、ミサキは怯んだ。

 今にも崩れていきそうな場所へ、自ら足場とし降り立つ理由が、ミサキには分からない。《気でも触れたのか……!?》と言わんばかりに、狐丸を凝視した。


 狐丸はそんなミサキの気配を感じて、薄く笑う。

 ゆっくりと振り返り、ミサキを見た。


『……なっ、』

 ミサキは唸る。


 こちらを振り向く狐丸のその頬には、《妖怪紋》が赤く血のように浮かび上がる。

 自分の弱点である紋様をその顔に浮かべ、狐丸はミサキを見ると、改めて嬉しそうに微笑んだ。


『バ……バカにして……っ!』

 ミサキはブルブルと震える。




 ──《妖怪紋》。


 自分より格下の妖怪と対峙する時、その印を露わにする。

 自分はお前より強い。だから弱点を教えてやる……そう言った意味になる。



 普通は自分より格下の妖怪相手だとしても、この紋を見せることはない。

 弱点をさらけ出すのは、それなりのリスクを負うことになり、いくら相手が格下だとしても、割に合わなくなるのだ。

 けれど狐丸は、ミサキに見せた。



 《このミサキが、妖狐如きに格下と……?》

 ミサキはギリッと歯噛みする。



 ミサキは、妖怪の中でも古参の妖怪。


 普通に考えれば、ミサキよりも格上の妖怪など、そもそも存在するわけがない。本来ならば、妖狐である狐丸の方が、ミサキよりも格下となるはずなのだ。それなのに、この態度……!


 確かに、《(あるじ)》とした吉昌(よしまさ)は、狐丸の主候補である澄真(すみざね)よりも、その妖力量においては劣る。しかし、その事でミサキが狐丸よりも格下であるとは限らない。

 むしろミサキが、誰かを主と定めたことが、奇異なのだ。



 ミサキは怒りで、おかしくなりそうだった。

 《ミサキが視えぬからと言って、調子にのるとは……!》

 力をためると、ミサキは疾風の刃を狐丸に向けた!




 シュン──!

 シュン、シュン──!




『!』

「狐丸っ!」


 目にも止まらぬ速さで、風の刃が飛んで来る!

 澄真(すみざね)は咄嗟に護符を取り出したが、間に合わない! ザクザク……ッと音を立てて、狐丸の身が切れる。


『うぐ……っ、』

 狐丸は唸る。


「狐丸、傷が……!」

 慌てふためく澄真(すみざね)を見て、ミサキはつまらなそうに目を細めた。


 狐丸は、妖怪紋を見せるほどの実力の持ち主だと思っていた。だから怒りはしたものの、それなりの警戒をしていたミサキだ。

 けれど、簡単に自分の攻撃が通ってしまい、ミサキは肩透かしを食らう。


『……見掛け倒しとは、このこと。お前は、ミサキの敵ではない……』


 ミサキはふわりと(ころも)をなびかせて、宙を舞う。

 《……妖怪紋を出すほど、自分の力に自信を持っているのだと思ったけれど、疾風の刃すら躱せぬなど、……》

 ミサキは溜め息をつく。


 少しは骨があるのだと思っていた。

 けれどあの妖狐は、ただの威嚇の為に妖怪紋を見せたのだと思うと、それだけで嫌気がさす。


『こんな愚か者の相手をせよと、吉昌(よしまさ)さまは仰るのですね……』

 ミサキは溜め息混じりに呟いた。


 妖怪紋を見せたことで、狐丸はミサキを自分の下だと見下し、バカにした。けれど、事はそれだけではない。ミサキは、陰陽頭(おんみょうのかみ)である吉昌(よしまさ)式鬼(しき)なのである。対する狐丸は、その部下澄真(すみざね)の仮の式鬼(しき)


 全体を見渡せば、狐丸はミサキの主である吉昌(よしまさ)までも愚弄したことに他ならない。


『口惜しい……』

 ミサキは唸る。


 自分だけならまだしも、大切な吉昌(よしまさ)を貶める事は許されない。たかが《妖怪紋》ではある。けれど《愚か者》の一言で済ませられるほど、ミサキの心は広くなかった。

 ミサキはギリッと二人を睨む。



「狐丸……だから、油断するなと言っただろ? 私に、その傷を見せろ……!」

 ミサキの睨みに気づかない澄真(すみざね)はそう言って護符を出した。傷を治すこと不可能だが、血を止めることなら護符でも出来る。

 真っ白な狐丸から流れ出る血液は、目が冴えるほど真っ赤で、澄真(すみざね)は血の気が引いた。


(こんな事になるんだったら、意地でも帰すんだった……)

 溢れ出る血液を護符で抑え、澄真(すみざね)は止血の(しゅ)を施した。

 ブルブル震えながら止血をする澄真(すみざね)を見て、今度は狐丸が焦る。


『す、澄真(すみざね)、震えてるの? そんなことしなくったって、僕は大丈夫なんだって、ほら、コレくらいなら舐めると治るんだよ……?』

 言って狐丸は、自分の傷をペロリと舐める。すると傷は、たちどころになくなった。

 澄真(すみざね)は青い顔でホッと溜め息をつくと、疲れたように狐丸にもたれ掛かる。

 そしてそれを宥めるように、狐丸は澄真(すみざね)の背を、その鼻面で擦った。




『え……?』

 驚いたのはミサキだ。


 確かに獣の妖怪は、傷を舐めて治す。

 けれどそれは血止めにしかならない。ひどい怪我であれば、血止めにすら不可能だ。

 今、ミサキが狐丸に与えた傷は、けして軽くはない。舐めて治すのには、限界があるはずだった。


 けれど狐丸のひと舐めは違う。

 あれほどあった裂傷は、《血止め》どころかことごとく消えてなくなったのである。深い傷もあったと言うのに……!


『な……っ!』

 ミサキは目を見張った。


 病や怪我を治すことで有名な《月のウサギ》ですら、薬を用いるより他ない。それなのに目の前にいる妖狐は、いとも簡単に旋風による裂傷を治して見せた。それは《脅威》と言うよりほかない。

 ミサキはワナワナと震える。



『ほら……ね? 綺麗に治ったでしょ? だから、心配しなくっていいんだよ?』

 狐丸は澄真(すみざね)に笑ってみせる。

 けれど澄真(すみざね)はムッとして、狐丸を睨んだ。安心した途端、怒りが込み上げてくる。


「《ほら、ね?》ではない。今からでも遅くない! 狐丸、お前は私の屋敷に戻れ。戻って絢子(あやこ)に伝えろ。屋敷の結界を強化……」

『嫌だよ!』

 狐丸は澄真(すみざね)の言葉を遮る。


『嫌だ。一人で帰るなんて絶対にイヤ。僕は澄真(すみざね)と一緒に帰る!』

「……そんなワガママを」

『ワガママなんかじゃない!』

 狐丸は唸る。


『だってもう遅い。ほら見て、澄真(すみざね)! 僕、吉昌(よしまさ)式鬼(しき)相手にこの《妖怪紋》を見せた。もう逃げられない! あの式鬼(しき)は僕に腹を立てているはずだから!』


「妖怪紋……?」

 なんの事だ? と澄真(すみざね)は思ってハッとする。


 以前狐丸は、澄真(すみざね)に妖怪紋を見せたことがあった。

 その時澄真(すみざね)は、純粋に《綺麗だ》と思ったのだが、後で教えて貰った話では、相手をバカにする行為だと言っていた。


 澄真(すみざね)は青くなる。


「き、狐丸……まさか、吉昌(よしまさ)さまの式鬼(しき)に、喧嘩を売ったのか……?」

 ワナワナと体が震えた。


 吉昌(よしまさ)式鬼(しき)は、弱い式鬼(しき)ではない。むしろ吉昌(よしまさ)ですら()()()()()()()()なのだ。そんな妖怪に、喧嘩を売るなど、もってのほかだ。

 けれど狐丸は、無邪気に頷く。


『うん。そうだよ』


「……! 《そうだよ》って、お前……っ、」

 呆れてものが言えない。澄真(すみざね)は軽い目眩を起こす。


「いや、そんなことより……」

 言って澄真(すみざね)は、狐丸の頬に現れた朱色の妖怪紋を見た。

 そして、そっとその頬に触れながら呟いた。

「狐丸……、お前の弱点って……」


 妖怪紋が何なのか、分からなかった澄真(すみざね)ですら、見るだけで分かる。

 その《紋》が何を指しているのか……。


『うん? 僕の弱点? ……ほら、見たらわかるだろ?』

 そう言って、澄真(すみざね)が見やすいように顔を傾ける。




 ──僕の弱点は『(ほのお)』だよ?




「……っ、おま……」

 にっこり笑って言う狐丸に、澄真(すみざね)は言葉を失った。


 弱点をさらけ出すなとか、人に喧嘩を売るな……とか、そんな問題ではない。今まさに、狐丸はその弱点である炎の中にいる。

 いや、そもそも、その弱点の上に降り立ったのは、紛れもなく狐丸本人だ。


「……っ、」

 澄真(すみざね)は、何を言えばいいのか分からなり、頭を抱えた。

 何もかもが、注意をしなければならない事ばかりで、かえって伝えなければならない言葉が、分からなくなった。


澄真(すみざね)。僕は負けないよ』

「……」

 狐丸に怯えの色はない。

 むしろ弱点の渦中にいるというのに、余裕さえある。

「……狐丸」

 澄真(すみざね)の顔色は悪い。

(狐丸は幼い。まだなにも分からない。……私が護らなくてはならないのに……)

 そう思えば思うほど、深みにハマっていく。

 どうすればこの状況から逃れられるのか、澄真(すみざね)には分からなかった。もう、なるようにしかならない。


『大丈夫だから、安心して……?』

 可愛らしく首を傾げる狐丸の姿に、澄真(すみざね)は腹を括るしかなかった。


「分かった。……まかせる」

 そう、小さく呟くので、精一杯だった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 回復系があるのは強いですね。(昔のだから知らないかな?)ドラクエ2のシドーを思い出しました、削ってもう少しっところで、ベホマ全回復とか。 [気になる点] 《月のウサギ》、セーラームーン?
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