罠
門を一歩入ると、そこには吉昌の紙人形がそこここに置かれていた。
姮娥は、目を見張る。
(やはり、罠が仕掛けてありますわ……!)
焦って、狐丸を見た。
しかし狐丸は気づいていないのか、嬉しそうに跳ねながら、その中に足を踏み入れる……!
姮娥は喉の奥で悲鳴を上げた。
「待っ! ……狐丸さま……!!」
思わず、姮娥は叫ぶ……!
呼ばれて狐丸は、振り返った。
「ん? どうしたの? 姮娥」
無邪気に笑って、狐丸は首を傾げる。
その後ろでは、紙人形が稲妻を溜め込んだ。
(しまった……! なぜ私は呼んでしまったの……)
姮娥は後悔する。
黙っていれば、狐丸は前を向いていたに違いない。前を向いていたのならば、光り出す紙人形にも気づいただろう。
けれど、狐丸は今、後ろを向いている……! 紙人形の存在に、気づけるわけがない。
姮娥は、もうダメだ! と目をつぶった。
(あれだけの紙人形……いくら狐丸さまでも……)
顔を押さえた手が、ガクガクと震えた。
自分のせいで、狐丸さまが……! と目の前が真っ暗になる。
(無理……。やっぱり、無理だった……! 吉昌の屋敷へ忍び込む事など、無謀な事だったのですわ……)
半ば、諦めた時、攻撃の音が響いた。
──パシッ……、パシパシ……ッ!
きっと凄まじい音がするだろうと、姮娥は身構えたが、響き渡った音は意外にも乾いた音で、姮娥は驚いた。
恐る恐る、目を開く。
「……え?」
思わず目を見張った。
狐丸は姮娥に微笑みかけながら、見もしていない紙人形を全てしっぽで叩き斬ってしまっていたのだ。
ゆらり……と二本のしっぽが、青白い光をたたえながら、不気味に揺れた。
その後ろを、バラバラに砕けた紙片が、ハラハラと舞っている……。
(……)
ゴクリと唾を飲んだ。
有り得ない光景だった。
にこり……と無邪気に笑う狐丸の幼さが、返って不気味さを漂わせた。
「い、……いいえ、……なんでもありませんわ……」
姮娥は目を逸らし、別の意味で、震え始める。
(絶対に、敵にまわしては、いけない……)
そんな思いが頭を駆け巡っていた……。
◆◇
吉昌の屋敷は、思っていた以上に広かった。
それもそうだろう。代々受け継がれている陰陽師家。
しかもただの陰陽師ではない。風水に天文学、その全てを網羅し、政治にも多少の発言が許されている吉昌の屋敷なのだ。狭いわけがない。
(けれど、そうなると厄介ですわ……)
姮娥は爪を噛む。
姮娥たち三妖怪の目的は、『月の手毬』を探し出すこと。
こう広々とした敷地内のどこに手毬があるのか、全くわからない状況で、侵入するのは、やはり無謀だ。
(やはり、前もって調べに来て正解でしたわ……)
袖に忍ばせた鉄鼠の『毛』に、そっと触れる。
──ぞわぞわぞわ……。
(ひいぃぃ……。は、早く撒き散らさないと……!)
思わず悪寒を感じ、姮娥は身震いする。
いくら必要だったからと言って、鉄鼠の毛を毟ったのは、失敗だった。せめて、自分の着物ではなく、巾着でも用意すればよかった……。
あの状況下で、そんな事は到底出来るはずもなかったが、姮娥は軽く後悔する。
心なしか、ズキズキと頭まで痛くなってきた。
そんな事を考えていると、不意に狐丸が声をかけてきた。
「ねぇ、姮娥。どこへ行けばいいと思う? 勝手に歩いちゃっていいかな? 一応ね、澄真の匂いは分かるんだよ……?」
言って、ふんふんと、可愛らしい鼻を引くつかせた。
(匂い……!)
そう言えば、鉄鼠もずいぶん鼻が利いた。
鉄鼠ならば、手毬の匂いも分かるはず。屋敷は広いが、分身の鼻を持ってすれば、すぐに所在は掴めるだろう……そう姮娥は考えながら、言葉を返す。
「え、ええ……。構いませんわよ。紙人形などで、我々を狙うような者の言い分をいちいち聞いていては、身が持ちませぬ。どうせ、そこにはまた、罠が仕掛けてあるかも知れませんもの」
「だよね! 僕もそう思ってたの! じゃあ……」
そう狐丸が口を開いた瞬間、目の前に、従者が現れた。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません。澄真さまへお引き合せる前に、我が主である吉昌より、説明したいことがあるとの由。暫し、こちらの方へお越し頂けは出来ませぬでしょうか……?」
言って従者は、丁寧にお辞儀をする。
狐丸は、その言葉に、にこりと笑う。
いったいどういう神経をしているのだろうかと、姮娥は思う。
おそらく狐丸の心は、烈火のごとく怒っているはずだ。それなのに、純粋無垢な少年の笑顔を見せ、相手を油断させている。現に、目の前の従者も見事ほだされて、蕩けるように微笑み返している。
狐丸は口を開く。
「ご丁寧にありがとうございます。……しかし、それには及びません。我が主も吉昌さまの対応に、いたく感謝している事でしょう。けれど、必要以上にご厄介になるわけには参りません。ここは速やかに退散しとうございます……」
狐丸はそう言って、頭を下げた。
すると従者は、慌て出す。
「いえいえ、それでは私どもの対応が悪く、不況を招いたと、叱られます。ここはひとつ……」
言いながら従者は、軽い悲鳴を上げた。
「……ひっ」
それもそのはずだ。狐丸の顔から笑みが消えた。
その背後には、黒くねっとりとした殺気が渦巻いた。
──なんで僕が、お前のご機嫌取りのために動かなくちゃいけないの……!
姮娥には、狐丸がそう言っているように見えた。
しかし、ここは言うなれば敵陣。余計な争いは得策ではない。姮娥は、青くなって、狐丸を止めようとした。
「狐丸さま……っ、」
けれど、止めようと前に出た刹那、狐丸は再びその顔に笑みを戻した。
「……ええ。そう言う事なのでしたなら」
少し苦しげに見えたその笑顔も、一瞬したを向いて持ち直し、はぁ……と小さく溜め息をついて、思い切ったように従者を見た。
従者は、身を強ばらせる。
けれど狐丸は、例の純粋無垢な微笑みで、言葉を続けた。
「けれど、事の経緯は存じあげておりますので、貴重なお時間を割く必要はございませんよ……と、お伝え願えませんか……?」
「は、はい。……では、そのように……」
言って従者は、震えながら狐丸と姮娥を案内した。
姮娥は、狐丸の後ろから、長い濡れ縁を歩きながら袖に忍ばせた鉄鼠の毛を、パラパラ、パラパラ……と散らす。
毛は風に煽られ、外だけでなく縁下や室内にも散らばった。
姮娥はほくそ笑む。
(これで、こちらの要件は片付きましたわ……。後は……)
そっと狐丸を窺い見る。
狐丸は先程の笑みを消し、項垂れていた。
澄真の事でも考えているのだろうか、眉を寄せて、苦しそうな表情を見せている。
(……)
姮娥は、そんな狐丸の後ろを静かについて行った。
すみません( ̄▽ ̄;)全く推敲してまっせん。
夏ホラーを13日にあげるのでてんてこ舞い。
卍(゜∀゜卍)ドゥルルル三(卍^o^)卍ドゥルルルル
てなわけで、後日書き直すかも知れません。。。