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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第九章 求めるモノと、吉昌の足掻き。
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吉昌の《護り刀》

 

 ──ぼくを見て……!




 幼い吉昌(わたし)は、父や兄に、もっと自分のことを見て欲しくて、遊んで欲しくて、……けれどその言葉を伝えることは、叶わなかった。


 言えば父と兄の興味の的となった妖怪どもに、負けたことになる……。そう思っていた。


 父も母も……それから兄も、もちろん吉昌(わたし)も、見えざるモノが《視える者》だった。

 母親は、視る事を恐れていて、本当は父の事を嫌っていた。父は《異形のモノ》が好きだったから。


 父は父で、そんな母の事を、幼い頃から愛していて、やっと手に入れた母が恐れるといけないからと、自分の式鬼(しき)を近くの橋の下に隠していた。母には《もう契約を解除したから》と嘘をついて。


 けれど幼い吉昌(わたし)ですら、そのことを知っていた。そんな下手な嘘が、大人である母に気づかけないわけがない。


 あの頃の母は、いつも顔をしかめていた。

 《契約は解除した》と言いつつ、橋の下に物の怪を隠していた父。

 そんな父がいくら《好きだ》と母に囁いたところで、なんの信憑性もない。きっと母は、そんな父のことが信じられなかったのに違いない。


 けれど、それでも母は、父の傍にいた。

 そうしなければ、生きていけない世の中だった。


 母には、身寄りがなかった。

 どこぞの屋敷の姫でもなかった。


 ただ、その容姿はすこぶる美人で、宮中では『解語の花』──人の言葉を理解する花──と、噂に登るほどだった。けれど、母は貴族ではない。しがない薬草売りの、乞食同然の身分だったと言う。


 それを見つけたのが父だ。


 父は『一目惚れだったよ』と言って、笑ってそのことをよく話してくれた。

 やせ細って、ボロを纏った母は、幼くとも、とても美しかったと言って、照れくさそうにしていた。けれどその話をする事すら、母は嫌った。

 それもそうだ。

 惨めな時代の話をされて、喜ぶ者などいない。それがまた、母の機嫌を損ねていた……というその事実に、人のいい父は気づかなかった。


 母は、見た目だけでなく、『心も美しかった』と、父は言う。

 小さな力なき妖怪が、祓われそうになっていたのを、身を呈して救っていたのだと言っていた。けれど母は、覚えていないという。

 すれ違いが、(はなは)だしくて吉昌(わたし)……いや、吉昌(わたし)と兄は、何を信じれば良いのか、分からなくなって、ただ笑って黙っていることしか出来ない。


 嬉しそうな父と、冷めていく母。

 子ども心に、見ていて恐ろしかった。



 ただ、確かな事は、吉昌(わたし)の記憶の中の母は、心の底から異形のモノたちを、《憎んでいた》ということ……。

 そんな母が、異形のモノを……例え力がないモノであったとしても、助けるだろうか……? 父は誰かと母を間違えているんじゃないだろうかと、ひどく恐ろしかった。


 けれど父の言うそれが事実だとして、……そして母がどんな美女であったとしても、その生まれが卑しければ、ここではろくな生活は出来はしない。身分が全ての、この世の中だ。


 身寄りもなく、貴族でもない。

 そんな母が、この平安の時代に、女ひとりで生きていけるはずもない。この世の中では、母はそんな矛盾に耐えて父の傍にいるしか出来なかった。

 すれ違ったままの心を抱いて、好きでもない男の傍にいて、母は何を思っただろう?


 母はずっと耐えていた。


 自分一人では、生きていけないことを痛いほどに知り尽くしていた母は、たとえ自分の嫌いな妖怪を、いつもまとわりつかせている父であっても、……その事を気味悪がって、憎んでいたくせに、父の身分と自分の惨めな暮らしを天秤に掛け、自ら父と結ばれた。


 顔をしかめ、怖いと泣きながら、それでも兄と吉昌(わたし)を産み育ててくれた。


 ……吉昌(わたし)は、不幸ではなかった。


 母は、吉昌(わたし)を愛してくれていたから。

 吉昌(わたし)を見る時は、ホッとしたように、花のように微笑んでくれた。本当に、噂通り、《話すことの出来る華》……それが吉昌(わたし)の母だった。


 けれど吉昌(わたし)は、今になって思う。母もやっぱり、父の事が好きだったのではないだろうか……と。


 この屋敷を出ることもなく、ずっと父の傍にいた母。

 もちろん、父の地位を利用したことも事実だとは思う。けれどそれだけの理由で、嫁げるほど、甘い家ではない。

 陰陽師として名を馳せた父の屋敷……物の怪が出ないわけがない。

 なんの苦労もなく生きていくことが保証されるのと引き換えに、恐ろしい屋敷に一生住むことになるなど、母にとっては、苦痛であったはずなのだから。だから、母は、それなりに父のことを好きだったのだと、勝手に思っている。


 吉昌(わたし)は幼い頃に、小さな妖怪を初めて捕まえて、得意気になって母に見せたことがあった。母は酷く、怯えた。

 母のその部屋には、おびただしい程の魔除の護符が貼られていたけれど、吉昌(わたし)の手にくるめば、妖怪も中に入れた。可愛いく小さな、ふわふわとした、綺麗な妖怪だった。喜ぶだろうと思った()()に、母は怯えた。


 吉昌(わたし)は、そこで悟る。

 母は本当に、妖怪が恐ろしいのだと。

 だから、護符の張り巡らされたこの部屋から、出て来ないのだと。


 吉昌(わたし)は母のこの、護符の張り巡らされた部屋が怖かった。だから、母にも部屋から出て来て欲しいと思っていた。

 可愛いもの、美しいものを見せれば安心するに違いないと、思っていた。でも違う──。


 母の怯えようは異常だった。

 父が、……父が追い詰めたのだろうか?

 ここまでなるのには、わけがあると思った。

 陰陽師である父を、吉昌(わたし)は真っ先に疑ったが、心の底から父を憎むことは出来なかった。



 こっそり屋敷の離れで、式鬼(しき)を召喚する父。

 それを見て喜ぶ兄。

 二人の《秘密のイタズラ》が、吉昌(わたし)には羨ましくて仕方なかったが、大好きな母を困らせる父と……そして式鬼(しき)や妖怪……異形のモノを、吉昌(わたし)が好んで触れるわけにはいかなかった。




 ──《吉昌(わたし)》が一番好きだったのは、母だったから……。






 吉昌(よしまさ)は顔をあげる。


(母は私を可愛がってくれた……)

 少年のような父と、イタズラばかりする兄に手を焼いたその反動で、吉昌(よしまさ)はひどく可愛がられた。




 ──ほんに、良い子……。




 母……梨花(りか)は、そう言って吉昌(よしまさ)を撫でた。




 ──()()のようになってはならぬ……。




 《アレ》と吉昌(よしまさ)の母は、夫をそう呼んだ。

 《(アレ)のようになるな》……それは呪縛のように、今も尚、吉昌(よしまさ)を捉え離さない。


「……はぁ」

 吉昌(よしまさ)は小さく溜め息をつく。


 母の期待に添えようと、ずっと頑張ってきた。

 本当は、父と兄の仲間に入りたい。けれど、母も大好きで……そんな板挟みの中、どうすることも出来ず、ただただ頑張ってきた吉昌(よしまさ)は、いつしか全ての元凶である妖怪を憎んだ。




 ──妖怪がいるから、家族がバラバラなのだ……!





 だったら、消せばいいだけの事。

 吉昌(よしまさ)は、陰陽道を本気で学び始める。梨花は、そんな吉昌(よしまさ)を悲しそうに見た。


 当然、筋は良かった。父も母も《視る者》だったのが功を奏した。簡単な(モノ)を祓えるようになった時、吉昌(よしまさ)は、母に見せよう! と意気込んだ。

 自分が鬼を祓えれば、母の部屋の護符を剥がしてやれる……そう思った。

 けれど──。


「……」

 吉昌(よしまさ)の母は、ある日突然、亡くなってしまった……。


 サラサラと桜の花が舞い散る、美しい季節だった。

 あんなに母の事を愛していて、縛りつけていたたはずの父は、最後まで涙ひとつ流さなかった。

 何故亡くなったのか分からない。父は理由を言わなかった。




(あれからずっと、縛られている……)

 吉昌(よしまさ)は思う。


 本当なら、ここまで妖怪を毛嫌いしたりなどしない。妖怪にも、(えき)となるモノとそうでないモノがいる。

 役に立つのならば、大いにその力を利用すべきだとも思う。その最たるものが《式鬼(しき)》だと言うことも、吉昌(よしまさ)はちゃんと理解している。


(けれど嫌悪感が拭えない)



「……」

 幼い日の、あの嫌な思い出。


 異様と思えるほどの、母の拒絶。

 何故、あれほどまでに嫌ったのか……。


(今更、生き方を変える事など出来ぬ……)

 吉昌(よしまさ)は眉をしかめる。


 吉昌(よしまさ)には、どうすることも出来ない。

 軽く頭を振った。


(今は、妖怪を滅することに最善を尽すのみ……!)

 その想いだけで、今日まで生きてきた。今更、考えを変える事など出来ない。出来るわけがない!


 生暖かい風が吹く。

 妖気を孕んだ、嫌な風。


「……」

 吉昌(よしまさ)は、決意を新たに足を踏み出した。




 ✻✻✻




 少し時間を遡り、玉兎(ぎょくと)姮娥(こうが)が屋敷を脱出しようする少し前、吉昌(よしまさ)はある策を練った。



 吉昌(よしまさ)の策……。

 それは以前から造りあげていた()()()を利用する。


 まず、《地の護り》の存在を知った吉昌(よしまさ)は、その仕組みを考えた。


(自分自身を《護ろう》とするその想いが、術の効果を上げる、か。ならば……)

 顎を撫でつつ考える。


 吉昌(よしまさ)の狙いは、最大限に《護り》を利用する事だ。そもそも陰陽師の使う《護符》は、読んで字の如し、《護り》を主とする。護符を利用すれば、その効果は増大するのではないだろうか?

(だったら、()()()()()効力を発揮する)


 確かに護符は、身を護るだけのものではない。攻撃にも長けた術も当然ある。しかし、その全てが《護り》に関係する物ばかりだ。

(攻撃は、最大の《護り》……。しかし……)

 吉昌(よしまさ)は考える。


 《地の護り》が発動されている今なら、護符を活かし、妖怪どもを討ち果たす好機でもある。

 ……けれど元は()()()()()何が副作用として起こるかは分からない。


(……さて、どうするか……)


 吉昌(よしまさ)は唸る。敵は、妖怪全般。けして少ない数ではない。しかも《太古の護り》を利用するとなると、早々に決着をつけなくてはならない。


 玉兎(ぎょくと)姮娥(こうが)鉄鼠(てっそ)……それから狐丸。その全てが吉昌(よしまさ)の標的だ。


「……」

 報告からすると、ネズミの妖怪鉄鼠(てっそ)が見当たらず、計画にはなかった()()()()()()が新たに加わったと聞く。


 吉昌(よしまさ)は考え込みながら、隊長格の者を呼んだ。





「お呼びでございますか? 吉昌(よしまさ)さま……」


 すぐに隊長格の強者たちが来た。

 隊長は全部で四人。

 四人は思い思いに膝を折る。


 屋敷の護りだけで、隊長が四人もいるわけではない。私兵として、吉昌(よしまさ)が集めた者たちが、この屋敷には存在する。


 吉昌(よしまさ)は常々思っている。

(何も《敵》は、妖怪ばかりではない……)

 《人》もまた、()となり得る。


 裕福とは言えない平民も、多く存在する京の都。

 生きるために、強奪の為に屋敷に忍び込む者も少なくない。そんな輩を駆除するのが、本来の目的ではあったが、平民だけでなく、貴族たちも油断ならない。

 虎視眈々と吉昌(よしまさ)の地位を狙う者もいる。

 屋敷が大きくなればなるほど……地位が高くなればなるほど、色んな分野で活躍出来る使用人を雇い入れる必要性が出てくる。


 吉昌(よしまさ)の場合は、陰陽の力を多少なりとも有し、武に通じる者……そんな者たちを集めた。

 陰陽師と言う生業(なりわい)の為に、政敵をつくる事もしばしばあった吉昌(よしまさ)は、それなりの準備……と言うものをしていたのだ。


「お前たちが今からすべき事を伝える……」

 そう言って吉昌(よしまさ)は、その懐から護符に包まれた一振の剣を出した。


「「「「!」」」」


 隊長たちは目を見張る。

 なんの装飾もない、ただの剣。

 しかし、異様な気を放っている。


「こ、これは……《護り刀》……ですか?」


 恐る恐る一人が尋ねた。

 吉昌(よしまさ)は、頷く。

「そうだ。母より譲り受けし護り刀だ」


「「「「……」」」」


 四人は黙る。

 吉昌(よしまさ)は、《護り刀》だと言うが、()()はあまりにも禍々しく、そのようには見えなかった。


 ごくり……と唾を飲む音が響く。

「し、しかし……」

 言葉はそこで途切れる。




 ──ごおぉぉおぉぉ……!!!




 凄まじい音と共に、火柱が上がる……!

「!」

 誰もが身を強ばらせる。

 吉昌(よしまさ)は、慌てたように説明を始めた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 再開、お疲れ様です! 今度は、吉昌ですね。彼は……、楽しみにしておきます。 [気になる点] 吉昌と書いて「わたし」と振る、一人称の切り替えには、いいかもしれないですね。
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