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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第七章 ミサキと妖怪
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決戦

 

 ギン──!




 ──ぐ、あ……あぁ……。




 結界を押し開き、動こうとしていた餓者髑髏(がしゃどくろ)が唸る。

 見えない何かの罠に捕まったかのように、餓者髑髏(がしゃどくろ)は苦しげに頭を振った。

 人間たちの放った結界は、脆く崩去ろうとしていたはずなのに、何故、動けない……? そんな言葉が聞こえそうだった。


 そして、驚いているのは、餓者髑髏(がしゃどくろ)だけではない。その場に居合わせた者たち……特に澄真(すみざね)は、目を見張った。


「!?」

 どう攻撃を仕掛けようかと、考えあぐねていた澄真(すみざね)は、思わず息を呑む。


(何が起こった……!?)


 どういう状況なのか、澄真(すみざね)には計り兼ねた。が、これは明らかに好機だ。

 方位結界に縛られていた餓者髑髏(がしゃどくろ)が、世に放たれようとし、そしてそれが今一度、囚われの身となった。


「っ、今だ……!」

 澄真(すみざね)は唸る。


 この好機を逃す澄真(すみざね)ではない。

 バッと懐から護符を取り出すと、素早く術を練り上げた!


急急(きゅうきゅう)如律令(にょりつりょう)! 火神、軻遇突智(かぐつち)!! 悪鬼を祓え!」


 ビクッと狐丸の肩が跳ねた。

(え……? 軻遇突智(かぐつち)?)

 狐丸は思わず、澄真(すみざね)を見る。


 それもそのはず。餓者髑髏(がしゃどくろ)は怨霊の塊。その餓者髑髏(がしゃどくろ)を葬るには、いったん浄化する必要があった。浄化には、炎が手っ取り早い。

 確かに、炎の神として軻遇突智(かぐつち)を呼ぶのは間違いないが、()()……という点で、軻遇突智(かぐつち)は相応しくない。


 親殺しの汚名を着た軻遇突智(かぐつち)は、()()ではなく、()()を目的とする。普通ここでは、迦楼羅(かるら)神や不動明王を呼ぶのが相応しい。


(それを知らない澄真(すみざね)じゃないのに……)

 狐丸は疑問に思って、澄真(すみざね)を見る。

 すると、術を行使した途端、澄真(すみざね)の体から()()()が抜け出ていき、命の光が弱くなった。狐丸は目を見張る。

 ひゅっと息を奪われた。


「っ、澄真(すみざね)……!?」

 慌てて背後の狐丸が、その体を支える。

 ()()を失ったかの如く、澄真(すみざね)の体は意外に軽かった。狐丸は青くなる。

 必死に澄真(すみざね)の様子を窺った。


 どうにか意識を保ち、澄真(すみざね)は狐丸にしがみつく。

「あ……すまない。術を……間違えた。少し……立ちくらみが……」


 ひどい脱力感に襲われ、澄真(すみざね)は思わず溜め息をもらす。

 《少しの立ちくらみ》……と狐丸には言ったが、すぐに立つことが出来ない。力を込めるかのように、グッと目をつぶった。


「術を……間違えたの……?」

 狐丸は不安げに尋ねる。

 不安ではあるが、澄真(すみざね)の声はしっかりしている。少しホッとした途端、泣きそうになる。

 狐丸は顔をしかめ、涙が流れ出ないように頑張った。


 確かに、澄真(すみざね)の呼び出したモノが違う。狐丸にも分かったくらいだから、澄真(すみざね)本人も気づいて当然だった。

 けれど澄真(すみざね)らしからぬその言葉に、狐丸は再び不安になる。

「……っ、」


 悲しげに顔を歪める狐丸に気づいて、澄真(すみざね)は薄く笑った。

「……私でも、間違う事もある。そんな顔をするな……」

 そう言って、狐丸の頬を撫でた。


 けれど本当は、手を動かすのですら辛い。

 澄真(すみざね)は、思わず溜め息を漏らす。


(……なにが、おこった……?)


 思わず頭を抱えた。

 今まで、こんな事は起きなかった。



 狐丸を安心させるために、《間違えた》とは言ったが、術の言い間違えは、陰陽師にとっては命取り。絶対に間違えないように、厳しい訓練を乗り越えて、初めて現場に駆り出される。

 優秀だと言われる澄真(すみざね)が、そんな術を間違えるはずはない。


(《間違え》……? いや、あれは……)


 間違える……と言ってもその自覚が、実のところ澄真(すみざね)にはない。

 浄化の為の召喚ではあるものの、不動明王でも迦楼羅でもなく、軻遇突智(かぐつち)が相応しいと、あの時はそう思った。思ったから、術を繰り出した。


「……」

 けれど、冷静に考えてみれば、この場で軻遇突智(かぐつち)は、おかしい。


(……私は、なにをしているんだ……?)

 そう思いつつ、頭を振る。


 間違いに気づいたのなら、すぐにでも術を練り直さなければならない。今の状況は、一刻の猶予もならない状況だ。

 あの餓者髑髏(がしゃどくろ)が屋敷の外へ出て暴れでもしたら、それこそ目も当てられない……。

 そう、分かってはいても……澄真(すみざね)は、立ち上がることが出来なかった。


(……っ、くそっ!)

 澄真(すみざね)は歯噛みする。


 今まで、どんなに大きな術を繰り出しても、疲労感など感じたことがない。けれどこれは……。



「!」


 いきなり、激しい気の流れを感じた。

 澄真(すみざね)の肩が揺れる。


 状況の変化を感じ、咄嗟に澄真(すみざね)は、頭を上げた。

 かすむその目に、餓者髑髏(がしゃどくろ)が吠えるのが見えた。


 餓者髑髏(がしゃどくろ)を襲う炎の中に、嬉々とした軻遇突智(かぐつち)が見える。


「……っ、」

 餓者髑髏(がしゃどくろ)よりも、禍々しい()()は、あきらかに澄真(すみざね)の命を吸い取り、予想以上に大きく膨れ上がっていた。




 ごおぉぉおぉぉ……!




 その炎は、渦を巻きながら餓者髑髏(がしゃどくろ)を襲う!




 ──ぐあぁぁあぁ……!




 餓者髑髏(がしゃどくろ)は堪らず、悲鳴をあげた。

 当然、餓者髑髏(がしゃどくろ)の腹の中にいる人間たちも、熱さのためか、苦しみだす。


「あ……!」

 澄真(すみざね)は、その時初めて、餓者髑髏(がしゃどくろ)の腹の中にいる人間たちの存在をみとめる。


(な……っ、人が餓者髑髏(がしゃどくろ)の腹の中にいる……!?)

 思わず、悲痛な声をあげた。


「人が! 人がいる……! 術を解除……」

 澄真(すみざね)は、慌てて手に持っていた護符を引き破ろうとした。悠長に、術を練り直している暇などない……!


「! ダメだよ! 澄真(すみざね)!!」


 護符を破って、術を解除しようとした澄真(すみざね)の手をいち早く掴み、狐丸がそれを止めた。

「……っ、」


 思っていたよりも、狐丸の力が強い。

 それもそのはず、見た目は単なる少年だが、狐丸は妖怪だ。人間の澄真(すみざね)の力では、本来立ち向かえるはずもない。

 その上、必要以上の術を繰り出し、疲弊している今の澄真(すみざね)には、狐丸手を払い除ける術すら、失っていた。


「な……狐丸! 離せ……っ」

「ダメ、ダメだって……!!」

 狐丸は必死になって、澄真(すみざね)を押さえつける。

「やめろ……! 狐丸。人が……人がいるんだ……!」



 《術を解除》……。

 狐丸にとって、その言葉には嫌な響きしかない。


 澄真(すみざね)は以前、狐丸の目の前で術を解除した事がある。

 すぐにそれとは分からなかったが、そのお陰で、澄真(すみざね)吉昌(よしまさ)の屋敷に連れ去られた。


(()()()は、簡単な術だった。だけど、それでも澄真(すみざね)は倒れたじゃないか……!)

 狐丸は唸る。


 実際澄真(すみざね)が倒れたのは、吉昌(よしまさ)の仕業ではあったが、その隙を作ったのは、あの怪我だ。そんな状況を、今ここで作るわけにもいかない。


 ましてや、餓者髑髏(がしゃどくろ)に向かって放った術。

 ネズミに放ったあの時の術とは、規模も能力も全然違う。


 術の解除自体は簡単だった。手にした護符を破りさえすればいい。


 けれど──。



「術が……術が返ってくるだろ!?」

 狐丸は叫ぶ。


澄真(すみざね)は今、《火神》を呼んだ! 軻遇突智(かぐつち)は、簡単な神さまなんかじゃない。他の火の神さまより獰猛で怖いんだ! 術を返されれば、澄真(すみざね)が死んでしまう……!」

 そう悲痛な声を上げた。


 狐丸は必死だ。

 今度こそ澄真(すみざね)を失うのではないかと、真っ青になった。


「っ、狐丸。でも、()()の腹には……っ」

 言って身をよじる。


 澄真(すみざね)にも意地がある。

 よく見れば、餓者髑髏(がしゃどくろ)の腹の中には、何人もの人がひしめき合っていた。


 一人二人であったのなら、澄真(すみざね)もすぐに気づいたかもしれない。

 けれど餓者髑髏(がしゃどくろ)は、既に多くの人間をその腹に収め、パッと見ただけでは、それが無機物な物なのか人なのか、判断がつかない。


 特に今は夕暮れ時。星もチラホラと瞬き出している。

 まだ少し、辺りは明るいとはいえ、昼間ほどではない。日は既に落ちきり、刻々と視界は悪くなり、数箇所に焚かれた篝火だけを頼りに、状況を判断するには(いささ)か無理があった。


 けれど、この目で見たからには、黙っている訳にはいかない。見殺しになど出来なかった。


 しかし狐丸は、手を離さない。

「ダメだから! それは僕が許さない……っ、ねぇ、澄真(すみざね)。お願いだから……っ」

 懇願するような狐丸の声に、澄真(すみざね)の抗うその手が止まる。


「っ、狐丸、分かってくれ……」

 諭すように澄真(すみざね)は狐丸を見た。

 狐丸の言い分も分かる。けれど、人の命が掛かっているのだ。素直に、『はい、そうですか』と言う訳にはいかない。


 力ある者が術を行使するのには、それなりの責任があると澄真(すみざね)は常々思っている。


 自分の持っている異形の力は、人を助ける力にもなるが、当然傷つける力ともなり得る。


 そんな異形の力を、使うと決めたその時から、澄真(すみざね)は決心していた。




 《けしてこの力で、人を貶めるようなことはしない》……と。




 だから、間違って使ってしまったと気づけば、その時点で解除する覚悟は、もう既に出来ている。


 いや、そもそもの非は、確認を怠った自分にある。

 それを認めるのも、また大切なことだと澄真(すみざね)は思う。


(冷静に状況を把握すれば、餓者髑髏(がしゃどくろ)の腹に人がいるなど、簡単に分かったことではないか……)

 澄真(すみざね)は唇を噛む。



(私は、焦っていた……)

 澄真(すみざね)は思う。


 吉昌(よしまさ)の屋敷の《地の護り》……。

 その存在である千埜(ちの)が、狐丸を《熾砢房(しらふさ)》と呼んだ。


 澄真(すみざね)はずっと不安だった。


 いずれ、狐丸を失う事になるのではないかと、不安に思っていたことが、千埜(ちの)の登場で、現実味を帯びてきたように感じた。


 平気なフリをしたが、恐ろしくなかった……と言えば、嘘になる。

 だからつい、気が急いて、状況を把握しようと試みたが、思考が定まらなかった。


(……だから、たから軻遇突智(かぐつち)を召喚したのか? ……どちらにせよ、無謀な事には変わりない。それもこれも、私が至らないせいだ……)


 だったら尚更、術を解除しなければならない。

 自分勝手な思い込みと不安感で、他の者を巻き込むことなど、出来るはずもない……。


 澄真(すみざね)は叫ぶ。

「狐丸……っ、離せ……!」


 手を捻り、狐丸から逃れようとする。

「っ、澄真(すみざね)ぇっ……」

 狐丸も負けてはいない。


 確かに軻遇突智(かぐつち)は、力のある神。

 解除すれば、ただ事では済まされない。

(けれど、それでも──)

 澄真(すみざね)の意思は変わらない。


「……」

 自分はただ、逃げてるだけなのかも知れない。澄真(すみざね)はそう思う。


 狐丸を失う事が、ひどく怖い。

 その恐怖を味わうくらいなら、いっそ──。



「ダメだから……っ!」

 狐丸が、一際大きく叫んだ。

「!」

 澄真(すみざね)はハッとする。

 思わず、狐丸を凝視した。


「ダメ。……ダメだから……だから、お願い。お願いだから……っ!!」

 目の端に涙を浮かべながら、狐丸は懇願する。

「……狐丸」


 思わず澄真(すみざね)の手から力が抜けた。

 泣かせようと、思ったわけではなかったから……。


「!」

 それを見計らい、狐丸は素早く護符を奪い取る。

 バッと身を翻し、澄真(すみざね)から遠のいた!


「……! 狐丸!!」

 慌てて取り返そうとしたが、もう遅い。




 ぽん……っ!




 軽い音を立てて、狐丸は白狐の姿に変化(へんげ)した。

 変化(へんげ)すると共に、着ていた着物が裂ける。


 《……絢子(あやこ)に、怒られる》


 一瞬そう思ったが、それでも澄真(すみざね)から護符を奪えた。絢子(あやこ)の怒りなんて、甘んじて受けよう……。狐丸はそう思う事にした。


 そしてぱくり……と護符を口に放り込む。


「うわっ、狐丸……っ!!」


 慌てた澄真(すみざね)の声が、離れたところで聞こえる。

 それが狐丸には、少し可笑しくて、嬉しくなる。


 《これで澄真(すみざね)は、ひとまず安心……》

 心の中で、小さく微笑んだ。



澄真(すみざね)、僕。……僕がどうにかするから。だから澄真(すみざね)は、そこでじっとしてて』

 心做しか声が弾む。

 言って狐丸は、飛んだ……!


「待て! 狐丸……!!」


 けれど狐丸は聞かず、燃え盛る餓者髑髏(がしゃどくろ)目掛けて、飛び込んで行った。


 唸りをあげる軻遇突智(かぐつち)の炎。


 その炎は、新たに加わった狐丸ごと飲み込み、大きな火柱となった。澄真(すみざね)は血の気を失う。



「っ、狐丸──!!!」



 澄真(すみざね)の叫びは、その炎に呑まれ、小さく霞んでいった。


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[良い点] いよいよクライマックスっぽくなって来ましたね! [気になる点] 間違えた? 気になるところ。
[良い点] 62/62 ・ワーオ! そう来ましたか。 [気になる点] いいですね、なんかいいです [一言] すみさん呪われてますな
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