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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第一章 策略と侵入
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姮娥

 時は少し遡り、ここは吉昌(よしまさ)の屋敷の前。


 狐丸と姮娥(こうが)が、屋敷に踏み込む前の話。

 二人は屋敷の前で、膠着状態だった。



「え……?」

 姮娥(こうが)は唸る。



 ──そのままは入る……。




 狐丸はそれだけ言うと、スタスタと吉昌(よしまさ)の屋敷の門へと進んだ。


 姮娥(こうが)は、焦りながら必死で、それを止める。

「お、お待ち下さい!」


 袖を引っ張り、狐丸を自分の方へ向かせた。

 狐丸はそんな姮娥(こうが)を睨む。

「──なに?」

「!」


 ゾクッとするような目だった。


 いつもの優しく可愛らしい、くりくりとした目ではなく、冷たく尖った金色に光るその目は、まさに凶器。

 グッサリと姮娥(こうが)の胸を引き裂き、内臓を引きずり出す……そんな想像が容易に出来そうな、そんな冷たい目だった。


 姮娥(こうが)はゴクリと唾を飲む。


「あ、蒼人(あおと)さまが、まだ来られていません……。せめてそれを……」

 必死に止めた。


 蒼人(あおと)が訪問する際に、門の結界は弱まる。

 その時を利用し、侵入しようと姮娥(こうが)は決めていた。それなのに、これはどうしたものか……。


「そんなの、待ってられない……!」

 狐丸は姮娥(こうが)から目線を外し、吉昌(よしまさ)の屋敷を見た。


澄真(すみざね)……。僕の……僕の澄真(すみざね)が連れさらわれた……何で? 何でそんな事になったの?」



 目が泳いでいる。


 狐丸は、正気を保っている……と思っていた姮娥(こうが)は、それが間違っていた事に、ようやく気づく。

 本来狐丸は、澄真(すみざね)を自分のモノだと主張する事はなかった。

 それが今、当たり前のように口に出している。

 よほど混乱しているのに違いなかった。



 姮娥(こうが)は、ゴクリと唾を飲む。


(このまま、侵入して、いいのかしら……?)


 けれど、姮娥(こうが)が悩んでいるうちに、狐丸はスタスタと門番の所へ歩いて行ってしまう。


「あ、あぁ……狐丸さまっ! お待ち下さいっ!!」

 しかしもう、遅い。

 狐丸は、門番に口を開く。



「いきなり訪問してしまい、申し訳ありません。……こちらに、我が主が運び込まれたとの知らせを聞き、急ぎ参った次第にございます。……(わたくし)の主……澄真(すみざね)は、ここにおりますでしょうか?」

 可愛らしくそう言って、小首を傾げた。


「あ……あぁ。少しお待ち下さい……」

 言って、門番はもう一人の門番と顔を見合わせ、頷く。何やら前もって、段取りされていた様な対応だった。

 姮娥(こうが)は青くなる。


 門番の一人が中に入って行った。仲間を連れて、出てくるかも知れない……!



「き、狐丸さま! 勝手なことをされては困ります」

 悲鳴のような声を上げる!

 姮娥(こうが)は青くなって、狐丸の袖を引いた。


(早く、ここから立ち去らなければ……!)



 けれど、狐丸は微動だにしない。

 はあ。と小さく溜め息をついて、口を開いた。

姮娥(こうが)……」

 狐丸は静かに目を伏せた。


「……僕はね。怒ってるんだよ? これでも……」

 言って頭を上げる。


「ひ……」

 姮娥(こうが)には狐丸の表情は見えないが、顔を上げた丁度その場所に、もう一人の門番が立っていた。


 門番は、小さく悲鳴を上げると、その場に尻もちをついた。


 立とうとするが立てず、バタバタともがいている。

 恐らく腰を抜かしたのだろう……。

 姮娥(こうが)はそれを見て、息を呑む。



 そもそもここは、吉昌(よしまさ)の屋敷。


 吉昌(よしまさ)は、代々続く陰陽師の家系の現当主である。その当主の屋敷ともなれば、当然門番であろうとも、見鬼(けんき)の才がある者が選ばれているだろう。

 普通の門番と違い、人に対しても妖怪に対しても、負けぬ! と言う意気込みの中、門番という職についているはずだ。

 ついでに言うと、今回の狐丸の訪問は、その吉昌(よしまさ)の罠だ。この門番も、それを心得て、ここにいるのに違いなかった。


 しかしその門番が、狐丸を見ただけで怯えている。

「……狐丸さま」


 狐丸は静かだが、それでも心の内では、憎悪の炎が渦巻いているのだろう。


 けれど、それを必死に抑え、冷静な姿を保っている……。


 そんな狐丸の行動を止めることは、姮娥(こうが)は出来なかった。

(お止めするために、着いて来ましたのに……)

 姮娥(こうが)は思う。


 けれど、これ以上狐丸を留めておくのも、酷な気がした。


「狐丸さま。……承知、致しました。……けれど、無理は……ご無理だけはなさいませんよう……」

 言って頭を下げる。


 すると狐丸は、ハッとして、姮娥(こうが)を振り返る!

「い、いいの?」

「……。良いも何も、もう振り切ってしまいましたでしょうに……」

 姮娥(こうが)は呆れる。

「ふふ。そだね、……姮娥(こうが)、ありがとう……!」

 言って、腰を抜かした門番に、再び尋ねる。


「ねぇ、僕ね、この屋敷に入りたいの。澄真(すみざね)を無事に返してくれるなら、僕は何もしない。危害も加えない。だけど、澄真(すみざね)に何かあったら僕は許さない。この屋敷に今入れなくても、関係する人間全て見つけ出して必ず──」




 ──殺す……!




「ひっ」

 門番は一声それだけ言うと、意識を簡単に手放した。

 狐丸は冷たくそれを見て、静かに立ち上がる。


「ねぇ、姮娥(こうが)。お話しただけなのに、門番のびちゃった……」

 困ったように振り向いた。

 無邪気な子どもの顔だった。

「……」


「ねぇ、姮娥(こうが)? 門番、いないから……入って……入っても、いいかな?」

 可愛らしく首を傾げる。


 姮娥(こうが)は溜め息をつく。おそらく、無意識なのだろう。

「ええ。当然でございます。狐丸さま……」

 そう言うのがやっとだった。



 狐丸は嬉しそうに微笑むと、門をくぐった。

 澄真(すみざね)に逢えるのが、とても嬉しいのに違いない。跳ねるように駆けながら、門をくぐる。


 下げ美豆良(みずら)姿の狐丸は、そうやって微笑むと可愛らしく、どこかの貴族の子息のように、(あで)やかで気品があった。


(まぁ……()()は……ですけれど……)


 内心姮娥(こうが)も怯えながら、狐丸の後を追った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 姮娥、忍び込む戦略を示さず、慌ててもしょうがない。ちょっと可愛い。 [気になる点] ひとまず、門番一人食い殺しておいた方が……。それ、私のノリかぁ〜。
[良い点] 6/6 ・愛ですね、愛がプルプル [気になる点] ガマガエルのイメージ、シュールです [一言] も、門番さーん!
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