表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第七章 ミサキと妖怪
57/92

吉昌の屋敷の護り

 屋敷の門をくぐった澄真(すみざね)と狐丸は途方にくれた。


「あー。……澄真(すみざね)? なんか思ってたよりも、凄いことになってる気がするんだけど、気のせいかな……?」

 狐丸は、へへへと笑う。


 先程澄真(すみざね)に《大丈夫だよ》と言った手前、狐丸はバツが悪い。吉昌(よしまさ)の屋敷は、ひとたび踏み入れれば、そこは阿鼻叫喚の世界だった。


 瘴気渦巻くおどおどろしい気配と、時折聞こえる人の悲鳴。

 それから化け物のものと思える、低く響き渡る唸り声……そして──。


「……ねえ、澄真(すみざね)

 狐丸は呟く。

「さっき門のところで感じた悪霊(あの)の気配って、アレが出してるんだよね?」

 言って敷地の中央を指さす。


 遠目ではあったが、()()の本体がすこぶるデカい。暗闇の中、ソレだけが異様に浮かび上がった。

「……っ、」

 澄真(すみざね)は息を呑む。

 あれ程の悪霊は見たことがなかった。


 逆に狐丸は余裕だ。

 むしろ喜んだ。

「すごい! すごいね、澄真(すみざね)! アレって《餓者髑髏(がしゃどくろ)》って言うんだよね? 僕、初めて見ちゃった……!」

 目を細め、可愛らしい白い耳をパタパタと、はためかせる。

 澄真(すみざね)は眉を寄せる。


 狐丸が喜んでくれるのは嬉しくはあるが、状況が状況。陰陽師として、餓者髑髏(あれ)を祓った上で、狐丸を護らなくてはいけない。

(私に、出来るのか……?)



 そもそも餓者髑髏(がしゃどくろ)は、そう簡単に出てくるものではない。

 戦が激しい土地柄ならまだしも、ここは都。普段目にするのは、一個体に過ぎないが、餓者髑髏(がしゃどくろ)はその集合体。

 何百もの悪霊が恨みと妬みを抱え、結合した結果である。そう簡単に、消えゆく存在ではない。


澄真(すみざね)? ……どうしたの?」

 深刻に状況を判断している澄真(すみざね)の顔を、狐丸は不安気に覗き込む。

 澄真(すみざね)はハッとして、狐丸を見た。

 やはり、ここに置いておくわけにはいかない。


「狐丸……やはり──」


「あ! 見てみて! 澄真(すみざね)! 僕、言ってたでしょ? この屋敷の《護り》」

 狐丸は澄真(すみざね)の言葉を最後まで聞かず、その袖を引っ張った。

 引っ張られて、澄真(すみざね)は転けそうになる。


「狐丸……っ!」

 非難じみた声を上げたが、澄真(すみざね)はすぐにそれを呑み込んだ。

 狐丸の進むその先に、異様な気配を発する()()がある。澄真(すみざね)は咄嗟に気を張り巡らせた。


 しかし狐丸の方は、何一つ警戒する様子などみせず、澄真(すみざね)に向かって、にっこりと笑って見せる。


「ほら。ねえ、これ。……多分、誰も気づかなかった、この屋敷の《護り》だよ……」

 そう言って、狐丸はひとつの《石》を拾い上げる。


 その石は、何の変哲もない、ただの石で……けれど狐丸に掬い上げられると、月のように淡く優しい黄色に輝いた。




 ──ふふ。あぁ、……見つかってしまいました。




「!?」

 石が喋り、澄真(すみざね)は目を見開く。


「うん。見つけたよ。……だって、君と似たようなやつに、僕は多分、会った事があるんだ……。だから、すぐに分かったよ!」

 狐丸は無邪気に、石へそっと呟いた。

「似たようなやつ……?」


 言われて澄真(すみざね)も、石に意識を集中させる。

 狐丸が知っているのなら、自分にも分かるかも知れない。そう思った。


 けれど石は、柔らかなあたたかい光を放ち、前にどこかで出会った……と言うよりも、一般的な母親のような、懐かしい優しさが溢れていているだけで、狐丸の言うような《似たようなやつ》に、当てはまる者が、澄真(すみざね)には思い浮かばなかった。


 敢えて言えば、それはありふれた《母性》。

 生まれたものなら、少なからずとも受けたであろう、母親のぬくもりのように、澄真(すみざね)には思えた。


「……」

 澄真(すみざね)の母は、少し不安定なところがあった。このような真っ直ぐで、迷いのない母性に触れたのは正直初めてで、澄真(すみざね)は少し怯む。ズキンと心が傷んだ。


(……《似たようなやつ》? 狐丸の母か?)

 そう思ったが、以前聞いた話の中に、狐丸の母らしきものはいなかった。

(むしろ、妖怪に《母》はいるのか?)

 澄真(すみざね)は眉を寄せる。そんな話は聞いたことがない。……というより、興味がない。



 けれど、狐丸は《似てる》というのだ。

 実際似ているモノがいるはずだ……と、澄真(すみざね)は改めて記憶を遡る。


「……」

 ……いないわけではない。

 しかし、ソレに母性はない。

 《護ろう》とする、その質と、妖力の異様な強さが似ていた。


 それは以前、蒼人(あおと)の屋敷で澄真(すみざね)が召喚した風神──。




 《希風(きふ)




 澄真(すみざね)は眉をしかめる。


 狐丸は《似たようなやつ》に《会った》と言った。しかし、あの時の狐丸に意識はあっただろうか?


(……いや、夢うつつに会話をしたか……)



 あの時狐丸は、傷つき倒れていたから、《出会えた》とは言い難い。

 そもそも狐丸は、瞼すら持ち上げられなかった。

 《出会った》と言うよりは、()()()()()()……くらいだろう。姿を見る体力など、あの時の狐丸にはなかった。

 呟くように、少しの言葉を交わしていただけだ。


(あれは確か……私が意図せず召喚した、《風神》……)



「……」

 召喚した澄真(すみざね)ですら、希風(きふ)が出てきた時には驚いた。




 自分の力、不相応の召喚──。

 明らかに、召喚出来るはずもない()()だった。




(狐丸は朦朧(もうろう)とする意識の中で、その《風神》を()()()()というのか……?)

 そう思ったが、澄真(すみざね)は頭を振る。


(いや、あの時狐丸は、完全に意識を失っていた。きっと狐丸が言う《似たようなやつ》とは、もっと違う、別の()()のことなのかもしれない……)

 狐丸と行動を共にしつつある澄真(すみざね)だが、その交友関係を全て知っているわけではない。そのことに、澄真(すみざね)は、少し寂しく思った。


(どこか懐かしくて、少し……悲しい……)

 あの時の風神は、確か狐丸を《熾砢房(しらふさ)》と言った。

(熾砢房(しらふさ)……。私の知らない狐丸……)

 その事実が、狐丸との距離を更に長くする。

「……っ、」

 澄真(すみざね)にとって、触れたくない記憶だった。

 狐丸を奪われそうな、そんな不安に駆られた。


 天女のように美しく、けれど鬼のように畏怖すべき存在。

 その頭からは、角が生えていたのを覚えている。


 《鬼》でも《神》でもない。

 明らかに、妖怪ではなく、ましてや霊の類でもない、不思議な存在。


 近づく事すらはばかれるほどの、濃い妖気……。

 それは、目の前の()も同等であった。


(……確かに、似ているかも知れない)

 澄真(すみざね)は苦しげに顔を歪めた。





 ──(わたくし)()()モノ……?




 石は尋ねる。

 鈴の鳴るような、優しい声色だ。


「うーん。……確か《希風(きふ)》って言ったかな……?」

 狐丸は、顎に指を当てつつ、呟いた。


「……っ!」

 その言葉に、澄真(すみざね)の肩が跳ねる。

(やはり、《()()》のことか……?)


「狐丸……!」


 澄真(すみざね)は不安にかられ、石を持つ狐丸の手を叩いた。

「あ!」

 石はコロコロと狐丸の手から離れ、光り出す。

「!」

 澄真(すみざね)は、慌てて狐丸を自分の背に庇った。




 ──まぁ、ひどいですわ。取り落とす……など……。




 しくしく……と泣き声を上げ、その石は人形(ひとがた)を取った。

「!」

 澄真(すみざね)はいよいよ青くなる。


 あの時見た風神と同じ、女の鬼──。




 けれどただの鬼ではない。

 あの時澄真(すみざね)が見た希風(きふ)とは違い、やけに豊満な体つきをしたその鬼女は、少し垂れ下がった妖艶な視線を澄真(すみざね)へと向けた。


 緩やかなその仕草は、色白の艶やかな肌と、濃い紫色の魅惑的な瞳と相まって、なんとも色っぽい。

 耐性のない男であれば、すぐに堕ちてしまいそうだ。


 鬼女はふくよかな唇を少し開き、誘うようにくすり……と笑うと、シナをつけ澄真(すみざね)に首を傾げて、魅せる──。


「!」

 その視線を察知し、狐丸がムッとする。


「なに? お前! 澄真(すみざね)に手を出したら許さないからな……!」

 狐丸が澄真(すみざね)の前に立って、両手を広げた。

「……」

 けれどすぐに首根っこを摘み上げられた。澄真(すみざね)が狐丸を掴みあげたのである。そうしてすぐに、自分の背に狐丸を隠した。



 生憎と澄真(すみざね)は陰陽師である。

 そもそも《魅了》など、通用しない。その上の《蠱惑(こわく)》ですら耐性がある。


「あっ、ちょ澄真(すみざね)! なんで前に出るの! 澄真(すみざね)がやられたら、どうするのっ!!」

 そんな事とは知らない狐丸は、そう言って騒ぎ立てたが、澄真(すみざね)は無視して鬼女を睨んだ。


「お前は誰だ? お前も狐丸を《熾砢房(しらふさ)》と呼ぶのか……?」

 ギリと睨みながら、澄真(すみざね)が唸った。


「……《熾砢房(しらふさ)》……?」

 狐丸は呟く。


 どこかで聞いた、懐かしい名前だった。

(どこで……だったっけ……?)


 必死になって考えたが、考えても分からない。

 けれど考えていると、何故だか急に恐ろしくなって、狐丸は澄真(すみざね)(ころも)を掴んだ。


澄真(すみざね)。怖い。……なんでか分からないけど、怖い……」

「狐丸……?」


 気づいて澄真(すみざね)は、狐丸の頭を優しく撫でる。

「大丈夫だから、じっとしてて……?」

 そう呟いた。


 真っ青になった狐丸は、ふるふると震えなたる。

 小さな白いふわふわの耳を、頭にペタンと張り付けた。


澄真(すみざね)。僕、……僕を離さないで……」

 泣きそうになって縋りつく狐丸が、澄真(すみざね)には可愛くて仕方がない。




 ──ふふ。良いものを見つけました。コレは使えますわ……。




 澄真(すみざね)は、急に何かに怯え始めた狐丸を、どうにかなだめようと、優しくその頭を撫でる。



 だから、気が付かなかった。


 鬼女──名を《千埜(ちの)》といった──が、何かを企みつつ、その紫紺の瞳を緩やかに細めたのを……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ