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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第七章 ミサキと妖怪
53/92

ミサキと醜鬼

 

 ──『いた……』



 ミサキは、大イチョウの木の上で、丸まって眠っている()()()を見つけた。


 見ようによっては、遊ぶのに夢中になって、つい木の上で眠ってしまった……。そんな感じにも見える。

 けれど全ての状況を知っているミサキにとって、目の前の光景は、とてもそんな風には見えなかった。


 遊び疲れた子どもが木の上で眠っているなど、他の家だったら有り得るのかも知れないが、今の吉昌(よしまさ)邸では考えられない。この屋敷では、子ども一人ですら、侵入する事は出来ない。

 いるとすれば、それは妖怪の(たぐい)である事は、間違いなかった。


 ミサキは配下の者を呼ぶ。



 ──『血跏溜(けっかだまり)……』




 シュン、シュン、と音を立て、先程の病魔が姿を表す。

 返事はしないが、膝をつき、じっとミサキの命令を待つ。


 ミサキはそんな血跏溜(けっかだまり)一瞥(いちべつ)した後、大イチョウの上にいる子どもを見た。




 ──『()()を襲え……』




 静かに命じると、ミサキはふわりと舞い上がった。

 状況がひと目で分かるような、そんな場所へと移動する。


 相手は子ども。

 しかも妖力の欠片すら見えない、不思議な子ども。


 《けれど、()()が人の子であるはずはない》

 ミサキは思う。


 人の子であるならば、例え眠っていたとしても、あの巨大な餓者髑髏(がしゃどくろ)が現れた時の衝撃波で起きるはずだ。……けれど子どもは、眠っている。


 衝撃波で起き、見上げればあの化け物。あんな化け物をひと目でも見れば、人の子などあっという間に卒倒するに違いない。

 しかし目の前の子どもは、卒倒するどころか、餓者髑髏(がしゃどくろ)の衝撃波ですらものともせず、未だ気持ちよさそうに、スヤスヤと眠っている。

 どう考えても、人の子ではあり得なかった。


『……』

 けれど、妖気も感じられない。


 妖怪なら、どんなモノでも、多少なりとも妖力を発しているはずだ。けれど目の前の子どもは、まるで人間であるかのように、妖力の欠片すら見当たらない。

 本当にコレは、妖怪なのだろうか……?


 ミサキは少し心配になるが、吉昌(よしまさ)には子どもがいない。


 住み込みで働く者も、この日の為に雇われた者も、ここが決戦の場になると知っているから、子どもなど連れてくるわけもないし、入れるわけがない。

 そうなれば、コレは、子だぬきたちの《親玉》で間違いないはずだった。


 《……》

 子だぬきたちは、屋敷に施された太古の呪印の存在を知っていた。であれば、この親玉も護りの呪印の存在を知っているはずだ。ミサキは眉をひそめる。


 相手がどれほど力を持っているかは知らないが、《護り》に入られては、仕留めることが出来ない。……それがこの地に刻みつけられた呪印の効力。

 だったら仕留めるためには、無防備に眠っている《今》が好機……!


 ミサキは血跏溜(けっかだまり)へ、合図を送った。


 ミサキの合図を確認するが否や、その場の空気がピンッと張り詰めた。ミサキの手が振り下ろされると共に、血跏溜(けっかだまり)たちは行動に出る。

 音もなく醜鬼(しゅうき)の傍へ近づくと、一斉に襲いかかった……!




 ──ガッ……!!




 木の皮を引き裂くような音が立ち、大イチョウの木が、真っ黒な血跏溜(けっかだまり)たちに覆い尽くされる。

 見る間に、しゅうしゅう……と音を立てつつ、大イチョウの木が枯れていった。


 《……》

 それを黙って見ていたミサキは、突如眉をしかめた。




 ✻✻✻




 ん……。


 ウチは、自分の周りに、妙な気配が漂っているのに気がついた。

 気づいた時には、もう遅い。目をつぶって気配を探ったけれど、結構な数の()()が、ウチの寝ている大イチョウの木を取り囲んでいる。

 ……んー。でも、しょうがないか。だってウチ、寝とったもん。


 疲れとったつもりは、なかとよ?

 だって、眠る前にもウチ、眠ってたもん。ただ、ちょっと暇だけん、つらつら〜ってしようかなって思うとっただけだけん。

 だけん、また眠るとか、有り得んよね? ウチもそう思うとった。


 …………でも、眠っちゃった。

 しかも、爆睡。



 本当ならさ、妖怪の気配とか、ウチ、見られただけで気づくちか、なんでこんなに近づかれるまで気づかんかったとだろか……。


 ウチは密かに、反省する。


 ……え? 反省してる暇なんてないって? あぁ、ウチ、襲われとるけんね。逃げんといかん。


 ウチはひとまず、自分に襲い掛かってきた()()を見てやろうと、顔を上げた。



「!?」



 瞬間、全身の毛が逆だった。

 何あれ!? 見え……見えないわけじゃないけど、ほとんど()()()()。モヤが掛かったような……多分白っぽくって大きいのが親玉で、親玉よりもまだ形が分かる、黒くて小っこいのが子分?

 そして──。




「な! 速っ……」


 ウチは唸って、咄嗟に木から飛び降りた。




 ──バリバリバリ……っ!




 身を翻した瞬間、木が裂けるような音が響いた!

「ちっ……」

 歯がゆくて、思わず舌打ちする。


 ウチの存在を隠してくれた、イチョウの木……それが見る間に朽ち果てていく……!


「くそっ! なんなん!? 誰と? ウチの計画を台無しにするとか……!!」

 ぐるる……と喉から唸り声を出して、ウチは威嚇する。


 だって、大イチョウばい?

 あれほど大きくて、鎮守の木として立派に育った大木を、いとも簡単に腐り倒すとか、有り得んやろ?

 ウチは()を睨む。


 くそっ! 本当に見えない!

 ウチは目を細め、出来る限りそいつを見ようと頑張った。


 どうやらそいつは、優雅な《傍観者》を決め込んで、悠々と空に漂っとるごたる。

 キー! ムカつく!!


 ウチは地団駄を踏む。確かにさっきまでは、ウチも傍観者気取りで見下ろしとったよ? だけど、実際自分が見下ろされっと、気分が悪い。思わず、ギリギリと歯ぎしりした。


 大イチョウの木を破壊されたら、もう隠れる場所なんてないじゃんか!

 なんなん!? ウチに喧嘩売っとっと!?


「ぐるるるる……』


 人間に変化(へんげ)なんか、しとられっか! とばかりに、ウチは本性のタヌキの姿になる。ついでに、体の周りに、炎を纏った。




 ごおぉぉおお……!




 出来るだけ高温の狸火を、その身に纏った。


 どの道、()()は、なんかの病原菌やろ?

 ウチは目星を付ける。

 たいてい()()が何なのかは、匂いを嗅げば直ぐに分かる。()()からは強い血の匂いがする。鼻がもげるような、腐った血の匂い……。


 他の奴らは、なんで気が付かんとかなって思うくらい、病原菌の匂いって凄まじいんだけど、多分ウチの鼻が鋭いだけかも知れん。とにかく、ウチは近くでこの匂いがしたら、炎を身に纏うようにしとる。

 大抵の病原菌は、炎を操れるウチには、通用せん。炎の息でも吹き掛ければ、病魔などチリと焦げる。


 ウチはニヤリと笑った。


 案の定、空を飛んでいるボヤけたヤツが、動揺するのが見えた。

 雑魚どもは、キーキーと唸り声を上げて、怯えている。

 ウチは口を開く。


『なんなん? あんたら。ウチの計画ば、邪魔すっと? 妖怪のくせに……?』


 言って、ウチは鼻にシワを寄せた。

 コイツら……本っ当にムカつく。


 妖怪の癖に、ここの主である陰陽頭(おんみょうのかみ)吉昌(よしまさ)の匂いをプンプンさせとった。……多分あれだ、こいつはアイツの式鬼(しき)なんだろな。


 ウチは呆れる。


 何が悲しくて、人間なんかに媚びを売らなくちゃいけない?

 人間(アイツら)は、ウチらの玩具(おもちゃ)だろ? 玩具の下につくとか、意味分かんないんだけど。

 ウチは目を細める。


 空の()()がブルブルと震えている。

 ……震える()()。ちょっと、見ものやけど。



 ──『あ、貴方は、誰なのですか……』



 《モヤ》が言った。

 ウチは、フン! と鼻を鳴らす。


『ウチ? ウチは醜鬼(しゅうき)と……』

 って言っても、分からんだろうけど。偽名だし。



 ──『しゅ、醜鬼(しゅうき)……さま……?』



『……』

 《さま》付けで呼ばれ、ウチは少し機嫌が良くなる。

 なんだ。分かっとるやん。そうそう。そうやって、最初から大人しくしとれば良かったと。


 だけど、ちーっと遅かったよね。

 ウチ、怒っとるとだけんね!


 ムスッとして、ウチは()()を見る。

『ねぇ、なんでウチの邪魔ばすっと? あいつの式鬼(しき)だけん?』

 話す度に、ウチの口から炎が漏れ出でた。

『ウチ、怒っとっと。()()、ウチの手毬とに、あげなこつ(あんなこと)すっとか、有り得んやろ?』

 ぐるると唸る。


 けど、相手も相手。

 ウチが手毬の持ち主と知るや、殺気を放ち出した。

 眷属の雑魚共も、震えながら主に従う。

 ふん。無理しやがって。



 ──『あの手毬は、人に仇なすモノ……』



 モヤがそう言った。

 ウチはムッとして言い返す。


()()()……? 元々ウチらって、そんな存在やろ? お前こそ、なんで人に肩入れする?』



 ──『……』



『……』

 モヤは、答えない。


『はあ……』

 ウチは呆れて、大きな溜め息を吐いた。

『どうせアレやろ? 恋とか好いたとか、くっさいこと言うとやろ?』



 ()()キツネもそうだった。

 熾砢房(しらふさ)を噛み殺した妖狐たち。


 人に恋して、傍にいたいが為に、仲間であるはずの妖怪に仇なす。恋に溺れた妖怪たち。

 ……無理やり式鬼(しき)に降された妖怪ならまだしも、自分からしっぽ振って式鬼(しき)なるヤツらは信用出来ん。


 ウチは鼻で笑った。

『残念やけど、ウチ、吉昌(よしまさ)()る為に来たとだけん、雑魚は下がっとってよ』



 ──『……っ、吉昌(よしまさ)さまに、手出しはさせませぬ……!』



 モヤは怒った。


 いや、ウチも怒っとるから!

 ウチは大きく息を吸い込むと、全てを押し流すように炎を吹き出した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 53/53 ・わあい。妖怪ボコボコ合戦だー [気になる点] タヌキですか。ポコポコ [一言] さあさあ誰がために
[良い点] 醜鬼>>>ミサキ、だろうと思っていたのですが、不意打ちはできたようです。でも、格の差は歴然、ミサキ逃げる? そうすると、吉昌が守れない。どうする? 楽しみです。
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