傍観
「ふふふふふ。あぁ、なんて愉快なんだろ。自分勝手なことばするきん、そぎゃんこつになる。自業自得たい」
木の上から見ていた醜鬼は、喉を震わせ喜んだ。
人間たちがいるところは、まだ随分と先のところなのだが、餓者髑髏の体が大きい分、離れたところにいる醜鬼にも、何が起こっているのか、手に取るように見えた。
逃げ惑う人間たちの叫び声が、微かに聞こえた。
醜鬼は笑う。
「それにしても、すっごいよね? あの《餓者髑髏》!」
醜鬼は、感嘆の溜め息を漏らした。
思ってもみなかった、巨大死霊兵の登場は、どうやら醜鬼の方に運が向いてきているように思えた。
「あんだけ、いっぺんに多くの人間を、恐怖のどん底につき落とせる奴も、そうそうおらんやろな……」
ふふふと笑い、足をパタパタと動かす。
「喰うとる。喰うとる。……地面の下に閉じ込められて、よほど腹が減っとったとだろね? あの豪快な、食べっぷり……!」
醜鬼は、手を叩いて喜んだ。
本当なら、誰かと一緒に笑いながら見たかった……。醜鬼はぼんやりと、そんな事を思った。
けれど、醜鬼の大切な人は、もうここにはいない。
「……」
そんな事を考えると、死んでしまった熾砢房が無性に恋しくなった。ひどく、会いたくなった。
「そう言えば、月詠が、不思議なことを仰ったなぁ……」
死んでしまったけれど、生きていると、月詠は言った……。それは、熾砢房が《生まれ変わった》と言うことなのだろうか?
「……」
けれどそんな事は、どうでもいい。
今は、目の前のこの状況を楽しもう……
「……。ホントいい気味。ウチの手毬をこぎゃんことにした報い。たっぷり味わうがよか……」
言いつつ醜鬼は、冷たい視線を寄越した。
「……だけど」
言って、くるりと仰向けになる。
「あいつらは、餓者髑髏ば、消そうとすっとだろね……」
醜鬼は目をつぶる。
「餓者髑髏に思考なんてなかけん、きっとあいつらも襲わる……。残念じゃあるけれど、あいつらも大切だけん、しょんなかかなぁ~……」
つまらなそうに、そう言った。
「だけど、唯一人間たちを一掃できる機会やけん、餓者髑髏には頑張ってもらって、人間たちば、たくさん喰ろうてもらわんとね……」
言って、大あくびをした。
「ふあぁぁあ。……あぁ、つまらん。ウチもあっちに混ざりたい……」
呟くようにそう言って、醜鬼はウトウトと舟を漕ぎだした。
「まだ……。もう少し掛かりそうだけん……少し、……眠っ…………」
すー……っと、規則正しい寝息が始まる。
よほど退屈したのか、驚くほど早く寝入ってしまった。
気が遠くなるような月日を、生きてきた醜鬼だが、その顔は幼子のそれ……。
その寝顔は、遊び疲れた子どもそのものだった。
癖なのか、可愛らしくくるんと丸まって、気持ちよさそうに眠っている。タヌキ……と言うより、まるで仔猫のようだった。
楽しい夢でも見ているのか、時折くすりと笑いながら、醜鬼は眠り込んだ。
遠くでは、子だぬき達の術なのか、時折ドォーンと大きな音を立てつつ、火柱が上がった。
しかし、それでも醜鬼は目覚めない。
大木の優しい葉っぱに包まれて、大好きな熾砢房の夢でも見ているのかも知れなかった。
✻✻✻
──ノウマク・サラバタタ・ギャティビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン……。
──オン・ガルダヤ・ソワカ・オン・ガルダヤ・ソワカ……。
子だぬき達の真言が、暮れ始めた空へと響き渡る。
ゆらりと陽炎が立った。
その瞬間、数匹の子だぬき達が叫んだ!
『カーン!!』
『ガ!!』
ごおぉぉおぉぉ……!!
突如、火柱が立つ!
──『!』
ミサキは咄嗟に、自分の身を護った。
高密度の妖力が炸裂する!
どごおぉぉおん!
物凄い劫火に焼かれ、餓者髑髏が悲鳴を上げた……!
ぐあぁぁああぁ!!!
と同時に、餓者髑髏の腹の中の人間たちが、悶え苦しむ。
灼熱の炎に焼かれ、腹の中にいると言えども、高温に晒された人間たちは堪らず叫び声をあげた……!
どのような仕組みになっているのかは分からないが、喰われた人間たちは骨だらけの、餓者髑髏の腹から丸見えなのに、出てくる事が出来ない。
それどころか、何か叫んでいるようにも見えるのだが、音すらも外へは漏れず、その叫びは、餓者髑髏の腹の中できえていった。
助けてくれと、叫んでいるのかもしれないが、どうすることも出来ない。
人間たちは、ただただ、仲間が苦しんでいるさまを見て、震えることしかできなかった。
悲しみと絶望、それから苦しみに顔は歪み、声が聞こえない分、悲痛さが伝わってくる。
ミサキはハッとした。
このまま、餓者髑髏を攻撃されては、腹の中の人間を救うことが出来なくなる。攻撃を受ければ、人間もろとも、餓者髑髏を討ち果たすのではないだろうか!?
それは、吉昌の望む結果ではない。何としても、喰われた人間たちも救いたいところだ。
《せめて……せめて、腹の中から出ることが出来れば……。でも、今は……!》
ミサキは、餓者髑髏の前に飛び上がり、庇うように前へ出た!
実際ミサキは、誰の目にも映らない。
だから、庇う為に前へ出たとしても、何ら効力を発揮するわけがない。しかし、ミサキは庇う為に前へ出たのではなかった。病魔を撒き散らす為に前へと出たのだ。
ミサキは右手を振り上げる……!
──ぶわっ……!
即効性の病魔、《血跏溜》。
その名の通り、足裏までも血溜まりが出来る、体の穴という穴から血を吹き出させる病魔である。
狙いは子だぬき。
なぜ妖怪である子だぬきが、悪を滅ぼすための真言を唱えて、平気なのかは分からないが、元凶はまさしく子だぬき。
子だぬきさえ消えてしまえば、後はどうとでもなる。
──『血跏溜。子だぬき達を襲え』
ミサキの命令に、血跏溜は頷くと、猛毒の息を吐きながら、子だぬき達に襲いかかった……!
『ぐは……、』
数匹の子だぬきが、血を吐いた。
近くにいた子だぬきたちは驚いて、目を見張る!
『え? ど、どうしたの? その血……なんなの……?』
『……うぁ、い、痛い……体中が……』
体中の血管が切れて、痛むのかも知れなかった。
けれど、仲間の子だぬきは、何が起こったのか分からず、ただオロオロと仲間を支えた。
おそらく、妖力の配分が少なかった子だぬきたちから、血跏溜の餌食になったようだ。病魔が襲うとすぐに、数匹の子だぬき達が苦しみ出した。
『痛い……。痛いよぅ……』
『ど、どうしたの? どこが痛いの……?』
真言を唱える、などということが出来るわけがない。辺りは騒然とし始めた。
ぱすん、ぱすん、と煙を上げ、数匹の子だぬきがイチョウの葉に戻っていく。
『あ! 消えてしまった……』
子だぬきたちの、悲痛な声が響く。
それを見て、妖力の強い子だぬきは、事態を察知し、命令を下す。
『真言中止なの! 生きているやつは、《護り》に徹せよ!』
『分かったのー!』
幼いながら統率の取れた子だぬきに、目を見張る。
けれどその言葉に、ミサキはハッとした。
《《護りに徹せよ》……?》
それはどう考えても、この土地の呪詛の質を知っているとしか、思えなかった。
《あの太古の護りに、気がついた……?》
それは俄に信じ難い。
吉昌ですら、《護りの呪詛》に気づいていない。だから、この地で決戦をしようと、計画を立てたのに違いない。知っていたのなら、ここで決戦をしても意味がないことは、容易に想像出来たはずだ。
けれど気づかなかった。
呪詛はそれほど巧みに、隠されている。
《けれど、知らなければ、使えぬ呪詛……》
だからこそ、ミサキは吉昌に、その呪詛の存在を教えなかった。
いざと言う時が起こったら、自分が真っ先に吉昌を助けようと思っていた。命を救われれば、妖怪嫌いの吉昌でも、自分のことを好きになってくれるかも知れない……そう、思っていた。
それなのに──。
ミサキは顔をしかめる。
護りに徹した子だぬき達を、害することは出来ない。
《ならば……》
ミサキは屋敷に生えている、大イチョウの木に目をやった。
子だぬき達が、イチョウの葉で作られていることは、さきほど確認している。
──『血跏溜。消えよ』
シュン──!
ミサキの手の一振で、病魔が消える。
それと同時に、ミサキは空を舞う。
子だぬきがイチョウの葉で作られたとなると、その棟梁はあの木の近くにいるはずだった。
──『あの木の近くには、池がある……』
ミサキは確信する。
きっとあの木の近くに、子だぬき達の《親》がいると──。




