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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第七章 ミサキと妖怪
52/92

傍観

「ふふふふふ。あぁ、なんて愉快なんだろ。自分勝手なことばするきん、そぎゃんこつ(そんなこと)になる。自業自得たい」


 木の上から見ていた醜鬼(しゅうき)は、喉を震わせ喜んだ。


 人間たちがいるところは、まだ随分と先のところなのだが、餓者髑髏(がしゃどくろ)の体が大きい分、離れたところにいる醜鬼(しゅうき)にも、何が起こっているのか、手に取るように見えた。

 逃げ惑う人間たちの叫び声が、微かに聞こえた。

 醜鬼(しゅうき)は笑う。


「それにしても、すっごいよね? あの《餓者髑髏(がしゃどくろ)》!」

 醜鬼(しゅうき)は、感嘆の溜め息を漏らした。

 思ってもみなかった、巨大死霊兵の登場は、どうやら醜鬼(しゅうき)の方に運が向いてきているように思えた。


「あんだけ、いっぺんに多くの人間を、恐怖のどん底につき落とせる奴も、そうそうおらんやろな……」

 ふふふと笑い、足をパタパタと動かす。


「喰うとる。喰うとる。……地面の下に閉じ込められて、よほど腹が減っとったとだろね? あの豪快な、食べっぷり……!」

 醜鬼(しゅうき)は、手を叩いて喜んだ。


 本当なら、誰かと一緒に笑いながら見たかった……。醜鬼(しゅうき)はぼんやりと、そんな事を思った。

 けれど、醜鬼(しゅうき)の大切な人は、もうここにはいない。

「……」

 そんな事を考えると、死んでしまった熾砢房(しらふさ)が無性に恋しくなった。ひどく、会いたくなった。



「そう言えば、月詠(つくよみ)が、不思議なことを仰ったなぁ……」

 死んでしまったけれど、生きていると、月詠(つくよみ)は言った……。それは、熾砢房(しらふさ)が《生まれ変わった》と言うことなのだろうか?


「……」

 けれどそんな事は、どうでもいい。

 今は、目の前のこの状況を楽しもう……


「……。ホントいい気味。ウチの手毬をこぎゃんこと(こんなこと)にした報い。たっぷり味わうがよか……」

 言いつつ醜鬼(しゅうき)は、冷たい視線を寄越した。


「……だけど」

 言って、くるりと仰向けになる。


あいつら(子だぬき達)は、餓者髑髏(がしゃどくろ)ば、消そうとすっとだろね(するんだろうね)……」

 醜鬼(しゅうき)は目をつぶる。


餓者髑髏(がしゃどくろ)に思考なんてなかけん、きっとあいつらも襲わる(襲われる)……。残念じゃあるけれど、あいつらも大切だけん、しょんなか(仕方がない)かなぁ~……」

 つまらなそうに、そう言った。


「だけど、唯一人間たちを一掃できる機会やけん、餓者髑髏(がしゃどくろ)には頑張ってもらって、人間たちば、たくさん喰ろうてもらわんとね……」

 言って、大あくびをした。


「ふあぁぁあ。……あぁ、つまらん。ウチもあっちに混ざりたい……」

 呟くようにそう言って、醜鬼(しゅうき)はウトウトと舟を漕ぎだした。


「まだ……。もう少し掛かりそうだけん……少し、……眠っ…………」


 すー……っと、規則正しい寝息が始まる。

 よほど退屈したのか、驚くほど早く寝入ってしまった。


 気が遠くなるような月日を、生きてきた醜鬼(しゅうき)だが、その顔は幼子の()()……。

 その寝顔は、遊び疲れた子どもそのものだった。


 癖なのか、可愛らしくくるんと丸まって、気持ちよさそうに眠っている。タヌキ……と言うより、まるで仔猫のようだった。

 楽しい夢でも見ているのか、時折くすりと笑いながら、醜鬼(しゅうき)は眠り込んだ。



 遠くでは、子だぬき達の術なのか、時折ドォーンと大きな音を立てつつ、火柱が上がった。

 しかし、それでも醜鬼(しゅうき)は目覚めない。


 大木の優しい葉っぱに包まれて、大好きな熾砢房(しらふさ)の夢でも見ているのかも知れなかった。




 ✻✻✻




 ──ノウマク・サラバタタ・ギャティビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン……。


 ──オン・ガルダヤ・ソワカ・オン・ガルダヤ・ソワカ……。




 子だぬき達の真言が、暮れ始めた空へと響き渡る。

 ゆらりと陽炎が立った。

 その瞬間、数匹の子だぬき達が叫んだ!


『カーン!!』

『ガ!!』




 ごおぉぉおぉぉ……!!




 突如、火柱が立つ!



 ──『!』



 ミサキは咄嗟に、自分の身を護った。

 高密度の妖力が炸裂する!




 どごおぉぉおん!




 物凄い劫火に焼かれ、餓者髑髏(がしゃどくろ)が悲鳴を上げた……!




 ぐあぁぁああぁ!!!




 と同時に、餓者髑髏(がしゃどくろ)の腹の中の人間たちが、悶え苦しむ。

 灼熱の炎に焼かれ、腹の中にいると言えども、高温に晒された人間たちは堪らず叫び声をあげた……!


 どのような仕組みになっているのかは分からないが、喰われた人間たちは骨だらけの、餓者髑髏(がしゃどくろ)の腹から丸見えなのに、出てくる事が出来ない。

 それどころか、何か叫んでいるようにも見えるのだが、音すらも外へは漏れず、その叫びは、餓者髑髏(がしゃどくろ)の腹の中できえていった。


 助けてくれと、叫んでいるのかもしれないが、どうすることも出来ない。

 人間たちは、ただただ、仲間が苦しんでいるさまを見て、震えることしかできなかった。


 悲しみと絶望、それから苦しみに顔は歪み、声が聞こえない分、悲痛さが伝わってくる。


 ミサキはハッとした。


 このまま、餓者髑髏(がしゃどくろ)を攻撃されては、腹の中の人間を救うことが出来なくなる。攻撃を受ければ、人間もろとも、餓者髑髏(がしゃどくろ)を討ち果たすのではないだろうか!?

 それは、吉昌(よしまさ)の望む結果ではない。何としても、喰われた人間たちも救いたいところだ。


 《せめて……せめて、腹の中から出ることが出来れば……。でも、今は……!》


 ミサキは、餓者髑髏(がしゃどくろ)の前に飛び上がり、庇うように前へ出た!



 実際ミサキは、誰の目にも映らない。

 だから、庇う為に前へ出たとしても、何ら効力を発揮するわけがない。しかし、ミサキは庇う為に前へ出たのではなかった。病魔を撒き散らす為に前へと出たのだ。

 ミサキは右手を振り上げる……!




 ──ぶわっ……!




 即効性の病魔、《血跏溜(けっかだまり)》。

 その名の通り、足裏までも血溜まりが出来る、体の穴という穴から血を吹き出させる病魔である。


 狙いは子だぬき。

 なぜ妖怪である子だぬきが、悪を滅ぼすための真言を唱えて、平気なのかは分からないが、元凶はまさしく子だぬき。

 子だぬきさえ消えてしまえば、後はどうとでもなる。



 ──『血跏溜(けっかだまり)。子だぬき達を襲え』



 ミサキの命令に、血跏溜(けっかだまり)は頷くと、猛毒の息を吐きながら、子だぬき達に襲いかかった……!



『ぐは……、』


 数匹の子だぬきが、血を吐いた。

 近くにいた子だぬきたちは驚いて、目を見張る!


『え? ど、どうしたの? その血……なんなの……?』

『……うぁ、い、痛い……体中が……』

 体中の血管が切れて、痛むのかも知れなかった。

 けれど、仲間の子だぬきは、何が起こったのか分からず、ただオロオロと仲間を支えた。


 おそらく、妖力の配分が少なかった子だぬきたちから、血跏溜(けっかだまり)の餌食になったようだ。病魔が襲うとすぐに、数匹の子だぬき達が苦しみ出した。


『痛い……。痛いよぅ……』

『ど、どうしたの? どこが痛いの……?』

 真言を唱える、などということが出来るわけがない。辺りは騒然とし始めた。


 ぱすん、ぱすん、と煙を上げ、数匹の子だぬきがイチョウの葉に戻っていく。

『あ! 消えてしまった……』

 子だぬきたちの、悲痛な声が響く。

 それを見て、妖力の強い子だぬきは、事態を察知し、命令を下す。


『真言中止なの! 生きているやつは、《護り》に徹せよ!』

『分かったのー!』

 幼いながら統率の取れた子だぬきに、目を見張る。

 けれどその言葉に、ミサキはハッとした。


 《《護りに徹せよ》……?》


 それはどう考えても、この土地の呪詛の質を知っているとしか、思えなかった。


 《あの太古の護りに、気がついた……?》


 それは(にわか)に信じ難い。

 吉昌(よしまさ)ですら、《護りの呪詛》に気づいていない。だから、この地で決戦をしようと、計画を立てたのに違いない。知っていたのなら、ここで決戦をしても意味がないことは、容易に想像出来たはずだ。

 けれど気づかなかった。

 呪詛はそれほど巧みに、隠されている。


 《けれど、知らなければ、使えぬ呪詛……》


 だからこそ、ミサキは吉昌(よしまさ)に、その呪詛の存在を教えなかった。


 いざと言う時が起こったら、自分が真っ先に吉昌(よしまさ)を助けようと思っていた。命を救われれば、妖怪嫌いの吉昌(よしまさ)でも、自分のことを好きになってくれるかも知れない……そう、思っていた。

 それなのに──。


 ミサキは顔をしかめる。

 護りに徹した子だぬき達を、害することは出来ない。


 《ならば……》


 ミサキは屋敷に生えている、大イチョウの木に目をやった。

 子だぬき達が、イチョウの葉で作られていることは、さきほど確認している。



 ──『血跏溜(けっかだまり)。消えよ』




 シュン──!




 ミサキの手の一振で、病魔が消える。

 それと同時に、ミサキは空を舞う。


 子だぬきがイチョウの葉で作られたとなると、その棟梁は()()()の近くにいるはずだった。



 ──『あの木の近くには、池がある……』



 ミサキは確信する。

 きっとあの木の近くに、子だぬき達の《親》がいると──。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 52/52 ・パタパタかわいい? そぎゃんこつの、パタパタの。 [気になる点] ふーわふわふわ。ミサキさん理性があるの。 [一言] 人質とは厄介な
[良い点] お、ミサキ、やられる展開かっ。 [気になる点] 食われてもまだ死んでいない設定、優しいですね。
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