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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第一章 策略と侵入
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到来

 澄真(すみざね)の眠る室内に、優しい風が吹き込んだ。吉昌(よしまさ)は、その風につられて、庭を見る。


(おかしい……)


 待てど暮らせど、誰も来ない。

 すぐ後ろを追いかけて来ていた蒼人(あおと)が来ても良いはずだったのだが、その蒼人(あおと)すら来ない。吉昌(よしまさ)は眉をしかめる。


 そもそも、蒼人(あおと)に見つかる予定ではなかった。

 陰陽生(おんみょうのしょう)である彼が、あの場にいることなど、常識的に考えてもおかしかった。

(……そう言えば、何のためにあそこにいた?)


 咄嗟のことで、動揺してしまったが、冷静に考えてみると、おかしな事に気づく。

 確かに以前、陰陽師たちが噂していた。《蒼人(あおと)澄真(すみざね)に懸想している》……と。

(しかし姿見たさに、わざわざあそこまで来るだろうか……)


 あの時は、てっきりそうなのだと思い込んだが、噂好きの女房どもでもあるまいし、蒼人(あおと)が仕事を投げ出して、澄真(すみざね)に逢いに来るなど、考えられない。蒼人(あおと)はいたって真面目で、仕事をそつなくこなし、他の陰陽師たちのウケも良かった。

 仮に怠けて来ているのだったら、ほかの者に受け入れられるはずがない。

 年季の入った陰陽師であるならば話は変わるかも知れないが、蒼人(あおと)はまだ若輩者。小さなアラでも叩かれるはず。


「……」

 吉昌(よしまさ)は、口元に手を当てる。

(なにか、見誤っている……?)





 ──スパッ……!




「!」

 妙な衝撃を感じて、吉昌(よしまさ)は目を見張る。

(な……っ)


 紙人形が切れた……!

 ハッとして立ち上がる。

(返された……!?)


 咄嗟に護符を展開する!




 ──急急(きゅうきゅう)如律令(にょりつりょう)粋風陣(すいふうじん)




 自分を護るための陣を展開した途端、物凄い衝撃が返ってくる!





 ──バリバリバリ……ッ!!




 雷撃が、吉昌(よしまさ)を襲う!

「くっ……!」

 雷撃自体は、そう強いものではない。侵入した妖怪たちは痺れさせて、捕まえようと思っていたからだ。

 妖怪一匹捕まえてしまえば、それを囮に他の妖怪をおびき寄せられる。もう澄真(すみざね)を餌にする必要がなくなる。



 けれどまさか、返されるとは思っていなかった。

 高位の妖怪ならば可能かもしれないが、吉昌(よしまさ)の作った紙人形は、そう簡単に壊せるものではない。思わず眉をしかめた。


 紙人形には更に雷撃を含ませ、侵入して来た()()()()()()()()発動するようにしていた。侵入するだろう妖怪には、白狐がいる可能性が高かったから、弱め……と言ってもそれなりの威力はある。

 返されれば、人間の吉昌(よしまさ)では致命傷になりかねない。

「……!」

 展開した粋風陣で雷撃を包み返し、外へと衝撃を逃した……!




 ──バリバリバリィ……!!




「……っ、」

 地を揺るがすほどの雷鳴が轟き、雷撃が霧散した。

 バタバタバタ……ッと近くにいた鳥たちが、騒ぎながら飛び立って行く。



「あ……、吉昌(よしまさ)さまっ! 今のは……っ」

 いつの間に入ってきたのか、侍従のひとりが尻もちをついて、怯えたように呟いた。

「……」


 人はいないと思っていただけに、一瞬目を見張った吉昌(よしまさ)だったが、今はそれどころではない。

 紙人形が反応し、術を返されたとしたならば、妖怪どもが屋敷に侵入している事になる。吉昌(よしまさ)は手短に、言葉を返した。


「心配ない。それよりも、何かが、侵入した! 侵入した者を取り抑えろ……!」

「あ、いや……。それが……」

 従者の歯切れが悪い。


 吉昌(よしまさ)はムッとして、従者を睨んだ。言いたいことがあるなら早く言え! そう目が物語っている。従者は慌てて口を開いた。


「し、侵入した……いえ。妖怪は……侵入ではなく……」

 従者はそこまで言って、口篭る。

 吉昌(よしまさ)のイライラが募った。思わず怒鳴る。

「何なのだ! ハッキリ申せっ!」

「は、はっ! その妖怪でありますが、澄真(すみざね)さまの()()として……。客として訪ねて来ております……っ!」

「……何!?」

 目を見張る吉昌(よしまさ)に、従者は怯える。


「も、申し訳ございません。あ、……あまりに普通に、その……門から来られ……いえ、来たので、……その……」

「屋敷に上げたのか……!?」

 吉昌(よしまさ)の剣幕に、従者はそれ以上言えなくなる。


「は……はい。」

「……っ、」

 吉昌(よしまさ)は震えながら、拳を握りしめる。

(招き入れた……? 易々と? この屋敷に……!?)

 怒りが込み上げる。目の前の従者を殴り飛ばしたい衝動に駆られ、吉昌(よしまさ)はグッと堪える。


「あ、……あの。も、申し訳ございません。し、……しかし……」

 従者は続ける。

(わたくし)どもでは、対応出来ないのです。その……力が」




 ──力が違いすぎます……っ!




 思い切ったように、従者が叫んだ。


(力が違う……)

 その言葉に吉昌(よしまさ)は、冷静さを取り戻した。


(それもそうだ……)


 来たのは、あの白狐だと思われる。()()と言うからには、そうなのだろう。


(白狐……)

 吉昌(よしまさ)は唸る。


 最近なにかと言うと、この白狐が必ず絡んでいる。澄真(すみざね)が関わりを持ったという事で、そこにあぐらをかいて、好き放題しているのだろう。


 思えば、その白狐と最初に対峙したのは陰陽生だった。

「……」

 ヒヨっ子の陰陽生が手こずるのは頷けるが、あの澄真(すみざね)すら、一時は取り逃したほどの妖怪だった事を、吉昌(よしまさ)は思い出す。

(……それならば、妖力は強いはずだ)


 ましてや先程などは、吉昌(よしまさ)の紙人形を切っている。

 それなりの力があるのは確実だった。多少物の怪を祓えると言っても、目の前の者は所詮一介の従者に過ぎない。陰陽師ではないのだ。手など出せるわけがない、


「……すまない。つい、カッとなってしまった」

 吉昌(よしまさ)は、素直に頭を下げた。


「い、いいえ。……未熟者で、こちらこそ申し訳ございません……」

 従者は唸る。

「しかし、あの者。妖怪にしては礼儀をわきまえているのです……」

「礼儀をわきまえている……?」

 妖怪が、礼儀など知るはずはない! 吉昌(よしまさ)はムッとして言葉を返す。

(そもそも礼儀を知っていたら何なのだ。相手は妖怪なのだぞ? 祓うべき悪なのだぞ? だから、屋敷に上げたと言うのか……?)

 考えるだけで、胸焼けがした。


 吉昌(よしまさ)の顔がふたたび曇ったのを感じ、従者は慌てる。

「ひ、人の子かと、見間違えるほどで……」

 下を向きつつ、言葉を変えた。


「……」

(妖怪の力に怯える従者相手に、いくら話しても無駄だ……)

 吉昌はそう考えて、口を開く。


「とにかく、その者に会う。どうするかは、それからだ」


 頭を下げる従者の前を横切り、吉昌(よしまさ)は、いつも客を通す部屋へと急いだ。

(しかし、妖怪だと侮った。どうせコソコソ忍び込むのだとばかり、思っていたのに……)

 どうしてくれよう……。そればかりが、吉昌(よしまさ)の頭をぐるぐる廻っていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何にも考えていない正攻法と見せて……。かな? [気になる点] 鼠、どこ行った。
[良い点] 5/5 ・まーさーかーのー! 普通に入りますか。狐さん何を考えて [気になる点] そういえば、あの、なんだ、すみさんに、◯◯紋? あれどうなったんじゃろ。そのうちでるか [一言] とりあ…
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