謎の子だぬき
子だぬきたちは、玉兎と姮娥を取り巻き、ふんふ〜んとご機嫌な様子で、矢をかわしていく。
『良かったのー。貫通しなかったのー』
『さすがは醜鬼さまなの、物知りなの!』
『でも、さすがに矢が当たりそうになったときは、さすがにキャーってなった!』
『あ、それボクもなの』
ボクもー、ボクもー、と子だぬきたちは、まるで行楽にでも出掛けるかのような様子で、ふんふんと先を急ぐ。
『……』
玉兎の気分は、複雑だ。
綺麗好きなのに、姮娥から泥玉を耳にねじ込まれただけではなく、傷口に唾まで刷り込まれてしまった。
その上この状況。
逃げ出そうにも逃げ出せない。
ムスッと顔をしかめ、子だぬきの様子を伺っていた玉兎だが、ふと姮娥が妙な行動に出たのに気づく。
『!?』
矢の侵入を防いでいる、不思議な《布》に触ろうとしたのである。
玉兎の体が跳ねる!
確かに、その《布》は不思議だった。
ただの矢を防ぐのなら、特に問題はない。実際、そのような武具は沢山ある。
けれど相手は《破魔矢》だ。だだの《弓矢》だはない。
威力のほどは、普通の矢と差ほど違いはないが、こと《妖怪》に対しては、絶大な力を発揮する。
矢が掠めただけの傷を受けた玉兎が、歩けないくらいのダメージを、受けたのがその証拠だ。
ひとたび傷をつけれは、そこからジワジワと全身に破魔の効果が現れる。それはあたかも、毒を塗った矢に侵されるのと同じ感覚だった。
《破魔矢……もしかすると、鬼にも対応出来るのではないでしょうか……?》
一度矢傷を負った玉兎は、そう思う。
破魔矢の効果は、絶大だった。きっと《鬼》にも十分対応出来るだろう。
一言に《鬼》と言っても、色々ある。
風神雷神のように、厳しい表情で悪鬼を吹き飛ばす神のような存在と、生き物に災いや病をもたらす鬼……いわゆる悪鬼。それから、そのどこにも所属しない、ただただ傍観する鬼などなど……。
破魔矢は、その中でも《悪鬼》と言うもののみを選び、攻撃するのだと、以前どこかで玉兎は聞いたことがある。
それが本当かどうかは分からないが、足に受けた感覚からすると、余裕で鬼も捕らえるに違いない。
破魔矢は、人間にとって悪を生み出す存在を、瞬時に滅する。
その《破魔矢》……。
その破魔矢を、何故、たぬきたちは防げるのか……?
鬼ならいざ知らず、妖怪は良いも悪いも、瞬時に消してしまう破魔矢。いったいこの布は、どのような素材で出来ているのか、実に興味の出るところではある。
しかし──。
玉兎は、大方の予想をしている。
《……。コレは、触ってはダメなヤツです》
そう思っていた。
だから、頭上に掲げられたソレが、子だぬきたちの動きのせいで、少しはためいて、動いているのを見て、人知れず青くなっていた玉兎だ。
それに触れそうになった姮娥の腕を、勢いよく耳で叩いた。《触るな……!》と。
けれど耳栓をしている姮娥に、それが伝わるわけもない。
『……』
姮娥は、ムッと玉兎を睨み、ヤケになって手を伸ばした。
《あっ! 姮娥!! バカなんですか……っ!》
玉兎は心の中で悪態をついて、再び耳で叩こうとした。
しかし──。
姮娥はニヤリと笑うと、反対の手で、布をむんずと掴んだ!
『うぎゃ……!』
『……』
叫んだのは、玉兎ではない。子だぬきだ。
《いやーん》と顔を赤らめ、困ったように姮娥を見た。
『……』
姮娥はそっと、布を離す。
子だぬきはホッとした様子で、再び前を見た。
『……』
『……』
姮娥が玉兎を見る。
玉兎は無言で、姮娥の背から降りようとする。
しかし姮娥はそれを許さない! ガッと玉兎を掴み、先ほど布を掴んだ手を、玉兎の柔らかな白い毛に擦り付けた……!
『ぎぃやあぁぁあああ……』
子だぬきたちが驚いて、二人を振り返る。
ただ、一匹の子だぬきだけが事情を察し、顔を赤らめた。
たぬきの妖怪……と言えば、お約束でしょ?
いやー悩みましたよ。
どうするか。
ここは外せないですよね……?