護りの呪印
ブツブツ文句を言いつつ、先を急ぐ玉兎と、してやったり……とご機嫌な様子で、その背に取り付く姮娥。
二人は姮娥の吐き出した、泥の耳栓のおかげで、破魔弓の音を一切感じる事はなく、比較的快適に谷底の通路を駆けた。
(……しかし、音が聞こえないとは、何とも心もとないものですね……)
玉兎は顔をしかめる。
破魔弓の効力が、自分たちには無効だということは有難い。
しかし、これでは姮娥との意思疎通がはかれない。
何か不測の事態が起こった時はどうすればいいのだろう? 視線だけでの会話で、想いが伝わるのだろうか……?
けれど心配しているのは、玉兎だけのようだった。
かたや姮娥の方は……と言えば、綺麗好きの玉兎に泥団子を押し付けることが出来て、ひとりムフムフと笑いを堪えている。
玉兎はムッとする。
(姮娥も何か、痛い目を見ればいいのです……!)
姮娥はいつもこうだ。以前、玉兎が姮娥の住んでいる沼について苦言を発した後から、どうにかして玉兎に泥をつけてやる……! と息巻いていた。
けれどそれを簡単に許す玉兎ではない。
気配を察知するが否や、素早く逃げていたのだ。
《……しかし、今回はそうもいきません》
話し合いの席で《破魔弓》の話が出たが、それを上手く防ぐ手立てを玉兎は持っていなかった。鉄鼠もそうだ。
すると姮娥がニンマリと微笑んだ。
──それならいいモノがありますわ。
《……まぁ、予想はついてはいましたが……》
玉兎は溜め息をつく。
姮娥は元は美しい仙女ではあったが、欲が高じ天帝から怒りを買ってしまった。
──ガマとして生きよ!
そう命じられて、いったいどれ程の時を過ごしたのだろう?
おそらく姮娥自身も、綺麗好きだったはずだ。けれどガマとして生きてきた年月は、仙女姮娥を別モノへと変えた。
『……』
玉兎は顔を歪める。
仕方のないことだとは思うが、美しい仙女がここまで変わるものか? と玉兎は解せない。
今の姮娥は、泥水大好きのただのガマ……に甘んじている。天女だったころの気品など、ガマの姮娥には、ひと欠片もない。
《日々の生活とは、なんとも恐ろしい……》
そう玉兎が震えた時だった……!
シュン──。
シュン。シュシュン……!
『!?』
カカカ……!
と軽い音を立てて矢が飛んで来た……!
『な……!』
玉兎は慌てて体を捻る。
思えば当たり前のことだ。
《破魔弓》を使うのであれば、当然《破魔矢》も繰り出す。
それは太陽と月が存在することと同じように、至極当たり前のことで、事前の話し合いの場でも取り沙汰されたことだ。
けれど耳の機能を完全に奪われた玉兎には、辛い状況だ。
もともと玉兎は、この自慢の長い耳で、遠くの物音すら察知できることを誇りに思っていた。
過信していたつもりはなかったが、いざ使えなくなると、なんとも歯痒かった。
『くそ……っ』
思わず玉兎らしからぬ言葉が口をついて飛び出る。
姮娥が聞いていたら、真っ先に指を差して笑っていたかも知れないが、肝心の姮娥も耳栓をしていて玉兎の言葉は聞こえない。
ぎゅっと、玉兎の首筋を握ったのが分かった。
《……姮娥》
姮娥もまた、聞こえないこの状況に不安を感じたようだった。
心なしか玉兎を掴むその手が、微かに震えているように感じた。
泥玉を耳の中に詰められて、ムッとした玉兎ではあったが、そんな事を言っている暇ではない。玉兎は矢が飛んで来る軌道を目測で予想しながら、出来るだけ素早く跳ね廻った。
シュン……!
シュシュ……。
『ぐっ……』
けれど相手も、何も考えていないわけではない。
追い込むように矢を射掛け、その数を増やす。
逃げる速さが追いつかず、遂に矢が玉兎の体をかすり始めた。
シャッ──。
『ぐぁ……っ』
太ももを大きく削られ、玉兎は転がる。
『玉兎……!』
姮娥は悲鳴を上げ、玉兎に走り寄った。
走りよると共に、玉兎をひっつかみ、安全そうな低木を見つけ、その下に逃げ込んだ。
シュン……!
シュン、シュン……!
矢は、それでも執拗に二人へと襲いかかる。
まるで竹林の若竹のように、ニョキニョキと矢が地面に突き刺さる……!
シュン……!
シュン……!
玉兎は堪らず唸る。
『姮娥……光の近くにいけば、私の眷属が──』
そこまで言って、ハッとする。
《そう、でした……。耳栓》
耳栓の存在に気づき、玉兎は悔しげに唇を噛んだ。
光が灯された場所は、そう遠くはない。
せめてそこまで辿り着きさえすれば、玉兎の眷属であるウサギたちが、傷の治療薬である丸薬を出してくれるはずだ。
けれどその説明すら、ままならない。
自分で行こうと体をおこせば、傷ついた足から大量の血液が溢れ出した。
『……っ、痛ぅ……』
『玉兎、玉兎……!』
不安気な姮娥の顔が見えた。
玉兎は苦笑いをする。
《やはり、侵入は無謀でした……》
鉄鼠が止めるのも聞かず、今日決行する! と息巻いた二人だった。
侵入するのは陰陽頭である吉昌の自宅。どう考えても無謀だった。
シュン──!
カ、カカカカ……っ!
いく筋もの矢の軌道を見つつ、玉兎は半ば諦めかけた。
低木に身を寄せたが、それももう持ちそうにない。二人はジリジリと交代する。
ガコン──。
『……?』
不意に何かの石に背中が触れた。大きな石なのに、不思議とそれは軽く、簡単に傾く。
玉兎は不思議に思って、その石を観察した。随分昔の庭石の様にも見える。
『玉兎……?』
姮娥が玉兎の行動に気づき、振り返る。
玉兎はそのぐらつく庭石を揺り動かし、ゴロン……と転がした。
『あ……!』
思わず目を見張った。
石の下の地面に何やら彫り込みがある。
何かの呪印のようだ。
文字は掠れ、よく確認が出来ず、玉兎はその文字を指でなぞる。
すると──。
パァァァ……。
『!?』
二人は目を見開いた。
光は微かで、直ぐに消えたが、なんの呪印なのか判別出来た。
『護りの呪印……?』
ゴクリと唾を飲み込む。
鉄鼠が言っていた。
古い呪術が掛けられていると……。その呪印なのではないだろうか?
『……』
二人は顔を見合わせる。
声は聞こえないが、思っていることは同じだろう。
微かに頷き合い、二人は呪印を調べることにした。
眠い〜( ¯꒳¯ )ᐝ
てなわけで、またしても推敲せず。。。
( [▓▓]_*˘꒳˘*)_スヤァおやすみなのー……。