侵入方法
「お帰りなさいませ。吉昌さま」
自宅に戻ると、女房たちが、出迎える。
吉昌は、それには目もくれず素早く指示を出した。
「澄真を休ませる。部屋の用意は出来ているか?」
「こちらでございます……」
対応は迅速だ。
帰る前に紙人形を飛ばした。事情は既にみんな把握している。
吉昌は案内されるまま、澄真を運んだ。
(さて、お膳立ては済んだ。妖怪どもは、どう出る?)
吉昌の思惑はこうだ。
まず、屋敷の結界を緩める。
今までは、これ以上にないほど結界を張り巡らせていたが、妖怪たちををおびき寄せるとなると、これが邪魔になる。屋敷に忍び込ませるどころか、覗き見る事すら叶わない。
けれど、それでは計画が水の泡だ。
妖怪たちから奪った《手毬》を、別の場所に移す事も考えたが、いかんせん吉昌は忙しい。移動しても、ずっと監視出来なければ、意味がない。
万が一、取り返されるようなことにでもなれば、一生の不覚。
仮にもこの手毬は、陰陽師であった父親も探していたほどの代物だ。手放せば、今度こそ二度と拝むことは出来ないだろう。
ならば……と、屋敷へおびき寄せる事にした。
けれど、結界を緩めたとしても、用心深い妖怪のこと。簡単におびき出せるとは思っていない。
目に見えない式鬼……ミサキの存在も、知れ渡っている。しかし、見えないからと安心する事は出来ない。妖怪たちの中には匂いで感知出来る者がいるらしいのだ。
だから簡単には忍び込まないだろう。
まずは覗き込んで、様子を窺うはずだと吉昌は踏んでいる。
いつ覗き込まれてもいいように、ミサキには別の場所に移動させた。
現に屋敷の周りでは、妖怪の気配がよくするようになった。
(いい調子だ……)
けれど、それだけだ。一向に、忍び込まれる気配がない。
(……やはり用心深い)
なかなか進展が望めず、イライラしていた所に、先日の白狐騒ぎである。
件の白狐が澄真とじゃれ付いているだけなら、吉昌もただの妖怪事件として、処理したかもしれない。
しかし、澄真の報告によると、白狐の騒いだ蒼人の屋敷に、ネズミが一匹忍び込もうとしたと言うのだ。
(ネズミ……)
手毬の所在を突き止めたミサキの報告では、その近くには妖怪が三匹いたと言う。
ウサギとガマ……それから《ネズミ》。
蒼人の屋敷に現れたネズミは、同じネズミではないだろうか……? と、吉昌は睨んでいる。
(しかも、そのネズミと白狐は、繋がっている……)
ネズミを祓おうとした澄真の前に、例の白狐が飛び出して、庇ったと言うのだ。
(何故庇う?)
もともと妖怪は、他に興味を示さない生き物だ。それが庇った……となると。
(《仲間》……だろうな)
そう思うより他ない。
白狐は敦康さまの命で、そうそう手は出せないが、ネズミは別だ。仲間であるネズミが悪さをしているとなると、上手く行けば、白狐も始末出来るかもしれない……。
吉昌は、薄く笑う。
(しかも白狐は今や、澄真との繋がりが出来つつあるからな。これを使わない手はない……)
流石に人である澄真には、手が出せないが、妖怪わおびき寄せる餌くらいはなるかもしれない。
(自分の仲間を助けた白狐が、この屋敷に忍び込もうとするのを見れば、妖怪ども何とするだろう? 妖怪のサガで無視するか……? それとも……)
「まぁ。噂に違わぬ、美しいお顔ですこと……」
「……!」
甲高い声が近くで上がり、吉昌はムッとする。
いつの間にか、眠っている澄真な周りに女房たちが集まって来ていて、盛り上がっていた。
黙っていれば、見目麗しいのかも知れないが、いかんせん女どもは人の噂と事件が大好きである。起きている澄真には気味悪がって近寄りもしないクセに、眠っているとなると調子がいい。
「見鬼の才がおありなんですって」
「何でも、人と物の怪の区別がつかないほどなのだとか?」
「見て見て、この御髪! このような髪は見たことございませんわ」
「陽の光を反射して、まるでお月様のようでございますわね……!」
女房たちの話は尽きない。
吉昌は、はぁ……と溜め息をつくと、手を振った。
「こらこら。澄真を玩具にするな。仕事へ行け。仕事へ……」
すると女房たちは膨れる。
「まぁ! 吉昌さまったら、わたくしたちは仕事をしているのですよ!」
ぷりぷり怒って、反論する。
「……し、仕事?」
まさかの反論に、吉昌は面食らう。
「ええ! そうですわ! 澄真さまは眠っていらっしゃいますけれども、お客さまなのでございましょう?」
「……。まぁ、そうだが……それが……?」
「ならば! わたくしたちが、お世話申し上げるのが筋でございましょう!」
「……」
女房たちに圧倒され、吉昌は、何も言えない。
「あ、ほらお怪我をされておりますわ……!」
誰かが言った。
「まぁ、汚れているではありませんの! わたくしが、お薬を替えて差し上げましてよ……」
「わたくしがしますので、貴方はお薬箱をお持ちして……?」
「え? 何を言いますの! わたくしが……」
「あぁ! うるさい! お前たちは下がれ! これの世話などせずとも良い!」
我慢できずに、吉昌が叫ぶ。
でも……と言葉を返す女房たちをギロっと睨む。
「それ以上騒ぎ立てると、夜中に怨霊が出て来るぞ……!」
暗に、《呪うぞ!》と脅す。
女房たちは一気に青くなる。吉昌に言われては、冗談で済まなくなる。
「……そ、そう吉昌さまが仰せられるのでしたら、致し方ございませんわ……わたくしたち、傍へ控えておりますゆえ、何かございましたならば、お呼び下さりませ……?」
「……。あぁ。分かった」
言いながら、絶対呼ぶものか……と吉昌は思う。
女房たちは仕方なしに、しずしずと消えて行った。
(……あいつらは、嵐か……)
どっと疲れが出たが、これからが本番だ。
(さて、どう出る?)
予定外だったが、蒼人も後を追って来ると言っていた。
蒼人のために門を開ければ、結界は更に弱まる。
(その時を狙って入り込むやもしれん……。門に紙人形でも置いておくか……)
ついでに攻撃するよう、仕掛けておこう。
……そうほくそ笑み、吉昌は妖怪たちが来るのを、今か今かと待ちわびたのだった。