援護
「んー……。すぐ側まで来よるね……」
醜鬼は木の上で、足をパタパタしつつ、眼下の世界を感じ取った。
「ガマとウサギかぁ。……あのウサギ、少し懐かしい匂いがする……」
ふんふんと鼻をひくつかせ、醜鬼は呟いた。
けれど、どこで嗅いだ匂いなのか分からない。それはもう、随分と昔に嗅いだ懐かしい匂いだ。
「なんの匂いだっけ? ……うーん。思い出せないぃぃぃ……」
喉まで出かかっているのに、答えが出せず、ムズムズする。
醜鬼はバタバタと、大イチョウの木の上でもがいた。思い出そうとすると、ズキズキと頭が傷んで、涙が出そうになる。
心が、ひどく悲しいと叫び声を上げた。
(思い出しちゃ、ダメな奴かな?)
ぼんやりと思う。
「まぁ、いずれにしても、あの妖怪たちには、ここに来てもらわないと……」
醜鬼は考える。
もしもここまで妖怪たちが辿り着けなかった場合、吉昌はここには来ないだろう。
醜鬼はムッとする。
正直、待つのに飽きてしまった。
木の上から降りて、走り廻りたい気持ちでいっぱいだ。
(お腹も空いたし、そろそろ決着つけたいんだけど……)
けれどそう簡単には、いかないようだ。
人間は人間で、ウサギの妖怪の薬玉にやられ、気が立っている。何としても仕留めるぞ! とする気合いが見られた。
「……うわぁ、めんどくさい」
醜鬼は唸る。
「アイツら、ここまで来れるかな……?」
気配を探れば、人間たちは破魔の弓を持ち出し始めた。醜鬼は唸る。ただの妖怪たちにとって、破魔の弓は存在自体が脅威だ。弾く音だけでも、動きを封じられるというのに、そこに矢を番えられれば、的になるしか術はない。
醜鬼は、うーんとうなると、自分の眷属を呼んだ。
「ねぇ、誰かいる?」
ぷらぷらと足をぱたつかせ、醜鬼は木の下を見る。
するとすぐに、『あーい!』と返事が返ってきた。
『なになに? なんなの? 醜鬼さま、お呼びですか?』
子だぬきたちが、短い足をパタパタと動かして、ウキウキと走りよる。
「うん。お前たちに、仕事して欲しいと」
『分かったのー。何でもするの。何するの?』
可愛らしく小首を傾げ、内容を尋ねる。
「この池と繋がっとる川が、崖になっとる所があったい?」
「あい」
醜鬼の言葉に、子だぬきたちが、頷く。
「そこから、ガマとウサギが走って来よるとだけど、人間たちが邪魔しよる。だけん、ウサギとガマを助けて欲しいと」
醜鬼が子だぬきたちに言う。
「あい! 分かったと! ガマとウサギを助けるのー!」
おー! と子だぬきたちは拳を振り上げる。可愛らしいお腹が、たぷんとなった。
醜鬼は、ウンウンと頷きながら、でもね……と付け足す。
「人間関係たちは、《破魔の弓》を出して来たから気をつけて……?」
『……は?』
子だぬきたちは目を丸くする。
「うん。だから《破魔の弓》だよ。気をつけて?」
『……。醜鬼さま? 破魔の弓は、どう対抗すればいいの……?』
プルプルと震えながら、一匹の子だぬきが尋ねる。
醜鬼はプーっと膨れ、ムッとして眉をしかめた。
「もう、そぎゃんこつも知らんと?」
醜鬼がムッとした事に、子だぬきたちは焦る。
『もももも申し訳ありませんっ! もっと勉強して来るの!』
言ってワタワタと走り出した。
醜鬼は更に眉を寄せ、おしりから太く長いしっぽを出す。
ビタ──ン!
しっぽをしならせながら、木の上に寝そべったまま、地面を叩いた。
グラグラグラ……。
『!』
軽い地響きが起こり、子だぬきたちは尻もちをつく。それからブルブルと震えながら、木の上にいる主を見た。
「……いちいち、五月蝿かと……!」
『!』
ギリッと紫色の瞳で睨まれ、子だぬきたちはパパッと跪く。
ギロリと静かになった子だぬきたちを眺め廻し、醜鬼は口を開く。
「破魔の弓は、その《音》から直接、頭ん中に衝撃ば与えるけん、出来るだけ音が聞こえんごつすっとよか。耳栓ばしときなっせ」
『……』
子だぬきたちの目が細くなる。
「あ! その目! なんなん!? 信じとらんと!? 本当とにっ!!」
キィーッ! と唸り、ビシビシ! と大イチョウの幹を叩いた。
「だけど、矢の威力まではどうにも出来ん。……ん? 待てよ。アレならいける……うん! アレを使え!」
バーンと両手で幹を叩いた。
子だぬきたちは慄く。
『あ、アレ?』
『アレを使うの!?』
『え? でも、貫通したら、どうするの……!?』
言って子だぬきたちはヒィ! と震え出す。
「大丈夫大丈夫。アレは特別製だけん、すぐには壊れんごつなっとる。第一ウチら、本当は妖怪やないもん。もしかすると破魔の弓の音も、平気かもって思うとだけど、用心に越したこつはなかけん、耳栓ばしときなっせって言いよるの!」
醜鬼の説明に、子だぬきは『なるほど』と納得する。
『分かったの! それじゃ、早速行ってくるの!』
おー! と再び子だぬきたちは拳を振り上げ、パタパタと走りつつ姮娥と玉兎のいる崖へと向かって行った。
「……」
醜鬼は、そんな子だぬきたちを見送る。
「しまった。ウチと代わってもらえば良かった……」
しかし今更気づいても、もう遅い。子だぬきたちは、小さな点になって消えていった。
「でも、決戦はウチじゃないと、いかんけん……」
そう呟いて、醜鬼は一人木の上で、丸くなった。