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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第五章 奪還作戦
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醜鬼の思惑

「あ、やって来た。やって来た」

 相変わらず、イチョウの大木から下の様子を見ていた醜鬼(しゅうき)はほくそ笑む。


 辺りをキョロキョロと警戒しつつ侵入するウサギとガマ。それと、隠れたところからその二匹をうかがう人間たち。


「ふふ。アイツら、本当におマヌケとだけん」

 くすくす……と笑う。



 実のところ醜鬼(しゅうき)は、手毬を自分の手に戻すことを諦めた。

「世の中、諦めが肝心とにね……」

 ぼんやりと呟きつつ、木の上に寝そべりながら足を揺らす。


「もう、あの手毬……力をなくしとる……」

 言いながら、冷めた目で池を見た。



 池の中には、あの大災害を起こした原因とも言えるべき手毬が、沈んでいる。

 手毬は池の()に護られ、誰も手出しが出来ない。


 手を出そうものなら、その者の命を奪うほどの結界が張られている。ひとたびその池の中に手を入れようものなら、生きてこの屋敷を出ることは、叶わないかも知れない。

 水のように見える()()は、妖怪だけではなく、吉昌(よしまさ)が護ろうとしている《人間》ですら、害しかねないものだった。


(……だけん、もう手遅れ……)

 はぁ……と醜鬼(しゅうき)は溜め息をつく。



 手毬自体は醜鬼(しゅうき)が作ったものだから、頑丈に出来ている。たとえそれが、陰陽師の作った結界であっても、敵わないわけがない。

 けれど結界は思いの他、強かった。


 おそらく、吉昌(よしまさ)だけの力じゃない。

 ()()の力が相乗効果となって、吉昌(よしまさ)の結界を強めているようだ。

 溜め込んでいた《怨念》は、結構集まっていたはずだが、今や薄く蠢いている程度。このままだと、本体すら危うい。醜鬼(しゅうき)は溜め息をついた。


 気まぐれで、大昔に作った手毬だったから、作り方なんて忘れてしまった。

 あれから何回か、同じような手毬を作ってみたけれど、どこか違う気がして、結局本物の奪還に力を注いだ。

 それなのに──。


 人すら害する水の結界。

(あんな物に脅かされるとは、ね……)


 元は怨霊の塊である手毬……。

 その手毬が人の手によって作られた結界の中にあるとなると、侵食されることなど当然ではないか。


「……バカばっか」

 醜鬼(しゅうき)は呟く。

 もう、手毬は本来の力を失いつつある。

 あの月のように美しく輝いていた手毬は、時間が経つごとに、くすみのある白色に姿を変えていた。


 醜鬼(しゅうき)はムッとしつつ毬を見る。



 この屋敷には、長年染み込んだ独自の結界があった。

 その力は、吉昌(よしまさ)の作りあげた結界に力を与え、思わぬ状況を生み出した。


 おそらくそれは、結界……と言うよりも《呪術》と言った方早いだろう。そして()()は、敷地内で行使される《護りの(しゅ)》に反応する。


 だから手毬を包み込む、本来なら《護り》となる結界が、術者の思惑をはるかに超えて、強化されてしまった。

 本来なら()()()()()()()()()()なのだが、力が増強され、敵対する人外の者が作り上げた毬を攻撃し始めたのだった。

 そして《毬》には、抗う力などない……。


「……」

 醜鬼(しゅうき)は顔を歪める。


「何なん? 中身攻撃とか、実はこいつらアホやろ!?」

 悪態つきつつ、醜鬼(しゅうき)はもんどり打った。


「あぁーっ!! イラつく! あれ、うちのなのに!」

 バタバタと木の上でのたうち廻る。


 最初は回収しようと試みたけれど、手毬の衰弱は激しく、結界を解いて毬を出す頃には、おそらくもう意味をなさない。

 醜鬼(しゅうき)が手毬を手に入れたかったのは、幼なじみの熾砢房(しらふさ)と、海を溢れさせて遊ぼうと思っていたからだ。




 ──熾砢房(しらふさ)は、どこかで生きている……。




 あの時確実に、熾砢房(しらふさ)は妖狐たちに殺された。

 だから《どこかで生きている熾砢房(しらふさ)》は、本当の熾砢房(しらふさ)じゃないかも知れない。

 しかし生みの親である月詠(つくよみ)からそう告げられて、醜鬼(しゅうき)は、いても立ってもいられなかった。

 また、あの可愛い熾砢房(しらふさ)に会える……! そう考えると、じっとしてなどいられない。醜鬼(しゅうき)は行動に出た。

 けれど──。


「あぁ〜ん。熾砢房(しらふさ)熾砢房(しらふさ)あぁぁあぁぁ……」

(毬を見せようと、思ったのにぃぃいぃぃ……!)

 醜鬼(しゅうき)は悔しさで、どうしようもない。


 少しずつ力を失っていく手毬を、指を咥えて見ているしか出来ない自分に、腹が立った。

 けれど元はと言えば、原因は結界を張った人間。陰陽頭吉昌(よしまさ)だ。


「どうしてくれよう……」

 指をガジガジと噛みながら、醜鬼(しゅうき)は唸る。


 吉昌(よしまさ)に、醜鬼(しゅうき)の邪魔をしようとする心づもりは、なかったのかも知れないが、結果そうなってしまった。


 醜鬼(しゅうき)は、どうにか一矢報いてやろう……と恨みがましく人間たちを見る。


(吉昌(よしまさ)は、あの人間たちの棟梁……)

 という事は、自分の《敵》は、あのウサギでもガマでもなく、その二人の動向を忍び見ている人間共だ……! 醜鬼(しゅうき)は目を細めた。


 だから、結界を齧るネズミの手伝いをした。


 けれど本気ではない。

 深入りしないように、本体の自分は、この大イチョウに身を寄せている。


 イチョウは、その存在自体が《護りの木》だ。

 天界では《神木》として位置づけているが、人間たちがそれを理解しているかは醜鬼(しゅうき)にも分からない。


 けれど、必要以上に《護り》に対して相乗効果を与える術式が、この屋敷には張り巡らされている。もともと護りの木であるイチョウの木の上ならば、その力は増幅され、見つかることはまずない。


(もしかしたらコイツら、古術に関して、(なん)も知らんのかも……?)

 と、醜鬼(しゅうき)は思う。


 何かしらの術式が、この土地に組み込まれているのは、流石に気づくかも知れないが、本来の意味合いは知らないのに違いない。


(多分、ここの最初の主は、妖怪好き……)

 ふふ……と笑いつつ、醜鬼(しゅうき)は、今まさに繰り広げられようとしている妖怪と人間たちの決戦に、視線を向けた。


(ムダだって……)

 見下ろしながら、バカにしたように笑う。


 そもそも、ここの()()()()──おそらくは初代当主──は、妖怪が好きだ。

 妖怪が好きだからこそ、人と妖怪との争いを嘆いたに違いない。


 けれどそれを表沙汰には出来ない。

 おそらくはその当主もまた、陰陽師であったはずだから。だから地形を変える複雑な術式に紛れ込ませ、()()()()()()()()術式を織り込んだ。




 ──戦意を喪失した者を、助けるために。




「……」

 人と妖怪で争ったとして、いつかはどちらかが倒れる。

 倒れるその時に、自分を護ろうとするならば、太古の術式がそれを助ける。

(要は、トドメが刺せん……。だけん、こん争いは、意味ばなさん)

 醜鬼(しゅうき)は嘲笑う。


(けど、圧倒的な力で叩きつければ、……ふふ。《護り》なんて、展開出来んやろ……?)

 醜鬼(しゅうき)はそれを狙っている。


 手毬を池に沈めた吉昌(よしまさ)を、醜鬼(しゅうき)は恨んでいる。隙をついて、徹底的に叩くつもりだった。


(そん為には、見つかるわけにはいかんしね……)

 だから木の上で、身を潜めているのだ。


 それだけではない。醜鬼(しゅうき)は他にも手立ては打っている。眷属たちの魔力量だ。


 たくさん出したタヌキの眷属の数匹に、大きめの力を注ぎ込み、あたかも操っている者が共にいるように見せかけた。

(アホな人間なら、分からん分からん……)


 最終的には、この手毬のある場所……。醜鬼(しゅうき)がいる大イチョウの木の下に、全ての者が集まる。


(そこを突いてやる……っ!)

 醜鬼(しゅうき)の、紫の目が光る。


(息の根、止めてやる……)


 思いのほか怒っている自分に、醜鬼(しゅうき)は少し驚く。

 けれど、大好きな熾砢房(しらふさ)が喜ぶだろうと用意していた物が、ダメになったと分かると、ひどく落胆したのは事実だ。


 その原因となった者は、生かしておけない……!

吉昌(よしまさ)ぁ……!」

 醜鬼(しゅうき)は唸った。




 日は傾き始める。




 ザザザザザ──ッ。




 さざ波のような風に吹かれ、イチョウの若葉が揺れた。

 醜鬼(しゅうき)はその上で目を細め、静かに時を待った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] あらまぁ〜。手毬は力を失っているの? 残念です。 「海を溢れさせて」、都(京都市)まで被害があるとすると、すんごい、ことにぃ! 日本半分くらい海没するのかっ、って期待したのにぃ。 [気に…
[良い点] 37/37 ・わーお。楽しそう。心がウネウネするんじゃー。 [気になる点] シラフサさん、もしかして狐丸だったり? [一言] 恨みを買う吉昌。
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