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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第五章 奪還作戦
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吉昌の企み

吉昌(よしまさ)さま。お帰りなさいませ……」

 侍従たちが御所から戻って来た吉昌(よしまさ)を、出迎えた。


 藤見の宴からは、車を二台用意し、一台目には自分、二台目には澄真(すみざね)と狐丸を乗せていた。

 途中吉昌(よしまさ)は、用意していた馬に乗り換え、一足先に屋敷へと帰って来たが、じきに澄真(すみざね)と狐丸の乗った牛車も、この屋敷へとやって来る手筈になっている。


 狐丸は澄真(すみざね)式鬼(しき)的な存在ではあるが、どういうわけか、澄真(すみざね)の命令を無視できる。自由過ぎる式鬼(しき)は、ただの妖怪と変わりはない。危険な存在として、処分するつもりだった。


(しかし、あの藤の花……)


 本当なら、あの宴で弱らせようと思っていた。

 ちょうどよい具合に、皇子たちがやって来てくれたお陰で、狐丸の護符を剥がす手伝いをしてもらう事にした。皇子に狐丸を藤棚の方へ誘うように囁き、その手に自分の力で練った《墨》を少量、皇子の手に付けたのだ。

 護符の威力は、術式を書いた者以外の《墨》が紛れれば、効力を失う。

 幸いにも、吉昌(よしまさ)()青朽葉(あおくちば)色。渋みがかった黄緑色は、手に付いてもそう目立たない。

 しかし子どもを介して護符を剥ぐのだから、吉昌(よしまさ)本人もここまでうまくいくとは思わなかった。澄真(すみざね)が念入りに術を施していたのだろう。

 その反動で、少しの異物──吉昌(よしまさ)の魔力の墨で、護符は簡単に崩壊した。


(だが、藤の花では倒れなかった……)


 藤の花如きでとどめが刺せるとは、さすがの吉昌(よしまさ)も思ってはいない。しかし毒は毒。狐丸が倒れれば、そのまま自分の屋敷に連れ込んで、封じるつもりだった。

 牛車の帰りの行き先が吉昌(よしまさ)の屋敷だったのは、そのせいだ。

 他の妖怪と共に、白狐とその他の妖怪もろとも処分するつもりで屋敷におびき寄せ、護符を張り巡らせたのだが、藤の花が効かなかった今では、何とも心もとない。


 他の手を考えた方がいいのか……? と吉昌(よしまさ)は悩んだ。

 しかし、余りにも露骨すぎる罠は、かえって不審感を招きやすい。取り込んだ他の妖怪たちまでも、逃げる可能性があった。


(そのまま、やるしかないか……)

 吉昌(よしまさ)は顔をしかめる。


 藤の花が効かないとなると、狐丸は妖怪ではないことになる。妖怪でないのなら、祓えないのではないかと、少し不安になった。

(妖怪でないなら、何なのだ? 明らかに()()は白狐だろう……?)

 眉根を寄せて唸ったが、今はそれどころではない。

 おびき寄せる罠に引っかかって、既に妖怪たちは手の内にある。妙な感情の揺れは、全てを台無しにする事を、長年の経験上吉昌(よしまさ)は知っていた。

 気持ちを切り替えて、吉昌(よしまさ)は口を開く。


「妖怪共の動向はどうだ?」

 吉昌(よしまさ)はドタドタと廊下を渡りながら、侍従たちに尋ねる。


 本来なら、自分の部屋で着替えるところだが、今は時間が惜しい。着物の帯を解きながら足早に進んだ。正直なところ、御所へ上がるために正装しているが、いかんせん動きにくい。

 これから妖怪数匹と対峙するには、いつもの仕事着の方が都合がよかった。出かける前に言いつけておいたから、用意は出来ているはずだ。


「は。今のところ、池の結界をネズミ共が、表の結界をタヌキの妖怪が喰いちぎっているところでございます」

「タヌキ……?」

 侍従の報告に、吉昌(よしまさ)は眉をしかめる。


 タヌキの妖怪の存在は把握していなかった。

 澄真(すみざね)が報告してきた妖怪の種類は、ネズミ、ウサギ、ガマ……それから先ほど出会った白狐狐丸の四匹だ。タヌキがいる……などと言う報告は受けていない。


(増えたのか……? 全部で五匹。……少しキツイな……)

 吉昌(よしまさ)は唸る。が、これはまたとない機会だ。地の利はこちらにある。負ける気はしなかった。


「……。まぁ、いい。要所に設置してある護符はどうだ?」

「いえ。気づかれた様子はございません」

「妖怪は全部で五匹。一匹は後で来るが、残りの四匹は屋敷内に入っているか?」

「は。ネズミとタヌキ……それとガマとウサギ。四種全て入ってはおりますが、前のネズミとタヌキに関しましては、本体がいるのかは分かりかねます……」

「分からない……?」

 吉昌(よしまさ)は侍従の言葉に歯ぎしりをする。


 それに気づき、侍従は青くなる。

「も、申し訳ございません……。力の配分が絶妙過ぎるのです。どれが棟梁か、見分けがつきませぬ……」

 侍従は唸った。


 本来、同じモノが何体も出現すれば、それは《眷属》と見てとるのが普通だ。

 その場合、より妖力の強いものが棟梁──眷属を従える者となる。


 吉昌(よしまさ)の侍従の中には、陰陽師になっても差し支えのないものが数名いる。何故陰陽師にならないのかというと、理由は簡単だ。なれないのだ。

 その者たちは身分が低すぎて、御所内には立ち入ることの出来ない。その者たちを独自に雇い入れ、妖怪討伐用に編成している吉昌(よしまさ)だった。

 要は力があっても、貴族社会では認められない者たちなのである。


 けれどその中に、妖力の強さを見て取れる者がいた。この区別がつくだけでも、妖怪退治はずいぶん楽になるハズだった。



「配分が絶妙……」


 吉昌(よしまさ)は呟く。

 それは、妖力を高配分された者が数匹含まれている……という事に他ならない。

 それは棟梁である妖怪の妖力が、それなりに強く、知能も高いと言う事を示していた。

「……」

 吉昌(よしまさ)は、爪を噛む。

(これは、一筋縄ではいかないかも知れないな……)

 しかし、今更引くわけにもいかない。吉昌(よしまさ)は侍従に命じる。


「……戦力は落ちるが、破魔隊を二手に分ける。屋敷と池の結界を齧る妖怪の駆除に当たらせろ。高配分の者を重点的に始末。警護隊には、護符を設置してある要所付近を護らせよ。じき、白狐も来る。私はミサキを呼び戻し、白狐に相対する。それまでに、屋敷の結界を強化せよ。あまり派手にはやるなよ? 澄真(すみざね)と白狐に悟らせるな……!」

「は」

 言って侍従は姿を消す。


「……」

 吉昌(よしまさ)は部屋へと入り、待ち構えていた女房たちに、着替えを手伝わせた。


 予想外の事が既に起こり始め、吉昌(よしまさ)は機嫌が悪い。

(もっと時間を掛けるべきだったろうか……)

 歯ぎしりをしつつ、吉昌(よしまさ)は護符を握ると、都の外に追い出していたミサキを呼び寄せたのだった。


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[良い点] 35/35 ・ああっと面倒なことに [気になる点] タヌキ軍団、親玉が明らかに強そうで、底が見えないのが絶妙。 [一言] 青朽葉、おしゃれ。むうん
[良い点] お、戦力の分散、しかも白狐に、最大戦力であるミサキをあてる。姮娥の漁夫の利パターンがっ。て、コレ私の作風かw
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