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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第五章 奪還作戦
34/92

結界

「んもおぉぉ……!」

 姮娥(こうが)が牛のように唸る。


「もう! まだですの? まだですの?? 早くしなければ、あの憎っくき吉昌(よしまさ)が帰って来ますわ……!」

『まぁ! 待て、もう少し……もう少しだ……!』

『もう少し……って、鉄鼠(てっそ)? さっきからそればかり言ってますよ……?』

 玉兎(ぎょくと)も呆れ声で鉄鼠(てっそ)を見る。


『ううむ。それがおかしいのだ……』

「おかしい……?」

 姮娥(こうが)の問に、鉄鼠(てっそ)は頷く。

『何者かが……我々とは別の()()がいる……』

「……敵。……ですの?」

 鉄鼠(てっそ)は首を振る。


『分からぬ。敵なのか、味方なのか……。()()はたくさんいてな、結界を噛みちぎっておるのだ……』

『結界を……? それならば、味方なのでは……? どの道、結界を解除できる妖怪など、我々意外には存在しないではありませんか。()()は特殊な力を使いますから。放っておいても、そのうち全て結界に掻き消されすよ。多少の役にはたつのでは……?』

 玉兎(ぎょくと)が口を挟む。


『うむ……。しかし、そこまでして何故味方する? 我々は、《月の手毬》を取り返すだけなのだぞ? 味方などいるはずもない……』

「けれど結界を崩しているのでしょう? それならば、《敵》……吉昌(よしまさ)ではありえませんわ! それよりもなんですの? 加勢があるのに、作業がはかどらないのは、鉄鼠(てっそ)が怠けているのではなくって!? ほらっ! 呑気に喋ってないで、早く! 早くしてくださいませっ!!」

 姮娥(こうが)に急かされ、鉄鼠(てっそ)は焦る。


『わ、分かった! 分かったから、しっぽを踏むのはやめよっ!』

「んまぁ! 鉄鼠(てっそ)のしっぽに神経が通っていたなど、初めて知りましたわっ! 少しでも痛いとお思いなら、ほらっ! はーやーくっっ!!!」

 ダンダンッ! と鉄鼠(てっそ)のしっぽを踏みにじりながら、姮娥(こうが)は唸った。


 日はもう傾きかけている。

 夜に始まると思われた藤の花の宴は、既に(ひつじ)の刻(十三時)から始まっている。体調が思わしくない帝への配慮のためか、長時間の宴は行われないとの情報を得て、三妖怪は焦った。


『普通、《宴》と言えば、夜からだろ? 何故昼間からなのだ……!』

『……例年ならば、朝からですよ。鉄鼠(てっそ)

『なんと! 朝から!? 一日中宴を催すのか……!?』

「……貴族の遊びですもの。そのくらいは普通ですわよ……」

『それが何故、今回は昼間なのだ!』

「帝のお加減が悪いのですって。……もともとお体の弱い方のようですわ……」

『それで、昼からなのか……』

『時間も短縮され、数刻で終わるそうです……』

『なにぃぃぃいぃぃぃ〜っっっ!!』

 慌てたのは鉄鼠(てっそ)だ。

 そもそも結界なぞ、のんびりと齧っていれば消える……くらいに思っていたものだから、シリに火がついた。慌てて眷属たちを急かす。




 チュウ──!




 ネズミたちの掛け声が天に響く。


「こら!」

 ばしっ!

『痛い』

 姮娥(こうが)に叩かれ、鉄鼠(てっそ)は唸る。

「隠密行動ですのに、なに意気投合してんの! 叫ぶ暇あったら、働く!」


姮娥(こうが)。こっちは煙玉の設置完了です。逃げる合図と共に点火出来ます!』

「薬玉は?」

『突入と共に、私の眷属たちが光のある場所に現れます。そこから薬玉を受け取ってください』

「了解。計画通り、(わたくし)たちで月の手毬を奪還した後、玉兎(ぎょくと)(わたくし)で交互に毬を持って逃げますわよ! 目指すは《五条大橋》。そこまで来れば、(わたくし)の眷属が結界を張っておりますから、そこの沼に飛び込んで下さいませ!」


『……ぬ、沼……?』

 玉兎(ぎょくと)が嫌な顔をする。

 その表情に、姮娥(こうが)は溜め息をつく。

「……。もちろん、本物ではありませんわ。沼に見える通路です。そこから直接幻月童女(げんげつどうじょ)さまの祠へ行けますの」

『あ。うん。分かりました……』


 玉兎(ぎょくと)はこう見えても綺麗好きだ。沼に飛び込むと聞いて焦ったが、通路ならば仕方がない。多少汚れるかも知れないが、ここは我慢のしどころだ。ギュッと拳を握った。


『で? 鉄鼠(てっそ)。その《何か》の動向は探れますか? 今、何をしています? まだ残っている者がおりますか?』

 玉兎(ぎょくと)は尋ねる。


 結界を噛み切るのには、それなりの術式が必要だ。

 その術式を知っているのは古参の妖怪のみ。鉄鼠(てっそ)は必要にかられ、独自に解除方法を編み出したが、決まった術式でなければ、結界の効力を弱めることは出来ても、完全に消すことは出来ない。

 消そうと触れることによって、逆に()()()()リスクの方が大きくなる。


『うん? ……あぁ、やつらはタヌキの姿をした眷属だ。(わし)の眷属と同じように、何かの()を媒体にして作られている……その上……』

 言って、顔をしかめる。


 別の()()を媒体にして、眷属を作り上げるのも、特殊な技だ。結界を消せる技術といい、眷属の操り方といい、相手はそれなりの大物に違いなかった。

 だからこそ、そんな()()が近くにいることが不可解で、作業が滞っていたのである。

 しきりと、相手の気配を窺っていたのだ。


『あやつら、まだ外の結界を喰い破っとる……』

 その言葉に、姮娥(こうが)が眉をしかめる。


「……まだ、生き残ってますの? ……そんなに数がいるのですか? タヌキ……なのですよね? そのような大きな生き物……さすがに吉昌(よしまさ)の手下どもにバレそうなものですのに」


『いや……。そうではない』

 鉄鼠(てっそ)の顔が曇る。


『数はそれほど多くはない。十匹ほどだ……』

 ただ……と鉄鼠(てっそ)は続ける。

『結界で消された気配がない……』


『……結界に消されない……?』

 玉兎(ぎょくと)が目を細める。


 鉄鼠(てっそ)は、ゆっくり頷く。


『やつら……』




 ──結界を()()()()()……!




『……』

「……」

 三人は顔を見合わせる。




 結界を解ける──。




 その事実は、謎のタヌキの妖怪は、三人と同様、……またはそれ以上の古参の妖怪である……ということに他ならなかった。


 冷たい風が吹いた。

 三人はゴクリと唾を飲み込み、これは気を引き締めて掛からないと、とんでもない事になる……。


 そう、思った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 動物大行進、いいですね! やっぱり、狸の方は強いんですね。
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