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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第一章 策略と侵入
3/92

作戦

 姮娥(こうが)は急いだ。

 一旦、鉄鼠(てっそ)に会うために、狐丸を吉昌(よしまさ)の屋敷の前に置いて来たが、素直に待っているという保証は何処にもない。


(もしかしたら、勝手に突入しているかも知れませんわ……)


 そんな不安が、頭をよぎる。



 澄真(すみざね)を連れ去る吉昌(よしまさ)を見たあの時から、狐丸は明らかに、冷静さを欠いていた。

 今にも飛び出していくのではと、何度も肝を冷やしながら、姮娥(こうが)は狐丸の着物を引いた。

 後をつける段になっても、気が休まらない。ギラギラとした殺気が、いつ行動を制限している自分に向かうのかと、ハラハラして、正直生きた心地がしなかった。


 狐丸から本気で抗われたなら、姮娥(こうが)など、ひとたまりもない。

 その腕の一振で、簡単に致命傷を負わされるのではないだろうか……そんな風に姮娥(こうが)は思った。



(……あの殺気で、よく襲わなかったこと……)

 姮娥(こうが)は思い返す。


 いくら姮娥(こうが)が袖を引いていたとしても、力の差など歴然。振りほどこうと思えば、いつでも出来た。


 けれど、狐丸は動かなかった。

 立ち上がる素振りも見せず、じっと木の枝に座り、冷静に吉昌(よしまさ)を見ながら、気配を消すことに徹していた。……だから、見つからなかった。



(……確かにあの時、吉昌(よしまさ)は、こちらを見ましたわ)

 姮娥(こうが)は、思う。


 吉昌(よしまさ)は馬に乗り、姮娥(こうが)たちのいるイチョウの木を、見上げた。

 見間違えなどではない。確かに見た。馬まで止めたのだから、木の上から睨む、姮娥(こうが)たちの気配を感じ取ったのだろう。

(目が合った……と、思いましたのに……)


 確かにあの時、目が合ったと姮娥(こうが)は思った。

 もうダメだ。見つかった……と。

 だから姮娥(こうが)は、攻撃に出ようと身構えた。


 けれど吉昌(よしまさ)は、その瞬間、何事もなかったかのように馬を走らせた。走りゆく吉昌(よしまさ)を見送り、何が起こったのかと姮娥(こうが)はしばらくの間、理解が出来なかった。


(吉昌(よしまさ)には、(わたくし)たちが視えなかった……?)

 ふと、そう思った。


 姮娥(こうが)には、それが不思議でたまらない。

 吉昌(よしまさ)は、ただの陰陽師などではないからだ。


 ぽっと出の、そこら辺にいるような、……急に物の怪が視え始めた、にわか仕込みのような陰陽師ではない。

 代々続く陰陽師の家系に生まれ、それなりの訓練を受けた、生まれながらの陰陽師だ。


 その証拠に、()()《ミサキ》を式鬼(しき)として、使役している。

 古参の妖怪である姮娥(こうが)にすら視えない妖怪……ミサキ。そのミサキを使役しているとなると、吉昌(よしまさ)には、当然ミサキが視えているはずだ。

 そんなミサキを視ることが出来る吉昌(よしまさ)の目に、姮娥(こうが)たちが視えない……というのは、どうにもおかしかったのだ。


(何故、視えなかったのかしら? わざと視えない振りをしていた可能性も、あるけれど……)


 状況から考えると、どうやら吉昌(よしまさ)は、姮娥(こうが)たち月の手毬に関係する妖怪を、おびき寄せているのでは……と思われる。


 現に吉昌(よしまさ)は、姮娥(こうが)たちの持っていた《月の手毬》をミサキに命じて奪っている。それは確認済みだから、間違いない。


 もともと妖怪嫌いの吉昌(よしまさ)のこと。芋づる式に、いっぺんに妖怪を始末したいと思っているはずだ。月の手毬を狙う妖怪を、みんなおびき寄せる腹積もりなのだろう。


 しかし妖怪たちが、そのお宝を狙っているとしても、如何せん場所が悪い。

 陰陽頭(おんみょうのかみ)の屋敷など、妖怪がノコノコと現れるところではない。


(だから、吉昌(よしまさ)は、考えたのかも知れません……)


 屋敷に妖怪をおびき寄せる為には、張られている結界が邪魔をする。まずは屋敷を護っている結界をゆるめる必要があった。

 しかし、その全てを取り除けば、妖怪は何事かと疑う。そうあからさまに消すことは出来ない。

 けれど、結界がそれなりに作動し、視ることの出来ないミサキが出張っていては、屋敷の奥深くに潜らせる前に、妖怪たちは逃げていく。だから自分の式鬼(しき)であるミサキを遠ざけた。


 それは前に鉄鼠(てっそ)が言っていた。




 ──気配が薄くなっている……。




 と。


(どうあっても、忍び込ませたいはずですわ……)

 姮娥(こうが)はそう考える。だとすると、あの場で、自分たちを視つけ、交戦するのは得策ではない。


(……だから、()()()()()()()()()……?)

 姮娥(こうが)はグッと拳を握る。


(そっちがその気なら、受けてたちますわ……っ)


 咄嗟のことで驚きはしたが、それはこちらにとっても、好都合である。

(罠と分かっているなら、用心のしようもありますもの……!)


 作戦を立て、姮娥(こうが)たちも吉昌(よしまさ)の屋敷に忍び込む事にした。いや、()()()()()()()()事にした。あくまで、()()()()()計画した事であって、()()()()()()()()()()()()()()


 そこが、一番重要だ。


(人間如きに、我らが操れるものか……!)

 姮娥(こうが)は、そこが我慢ならない。どうにか、一泡吹かせてやりたい! そう思った。


 だから、吉昌(よしまさ)が、澄真(すみざね)()としたとき、姮娥(こうが)は、密かに喜んだ。

(これは、使えますわ……!)


 おそらく、狐丸が姮娥(こうが)たちと接点があると、吉昌(よしまさ)は気がついたのだろう。


(けれど、それを、利用する……)

 姮娥(こうが)は、薄く笑う。


 正直、利用するには手に余る狐丸ではあるが、仕方がない。

(ここは、狐丸さまに従いつつ、情報収集といきますわ……)


 力の強い狐丸の陰に隠れて、吉昌(よしまさ)の屋敷に潜り込み、月の手毬の在処を抑える……! それが姮娥(こうが)の作戦だった。

 保管場所さえ分かれば、後は簡単だ。


(一気に乗り込み、手毬を奪い返す……!)

 それには、鉄鼠(てっそ)の、()()()が必要だった。


「……」


 しかし、必要であると言っても、あの鉄鼠(てっそ)()

 鉄鼠(てっそ)から(むし)ったその毛は大量で、ずっと握っていると、気持ち悪くなってきた。


 仕方がないので、ぺぺぺっと袖の中に詰め込んだ。

 袖の中でチビ鉄鼠(てっそ)がウロウロしている想像をしてしまい、姮娥(こうが)は余計に気持ち悪くなる。


「うえぇぇぇ……。早く仕事を済ませませんと……!」


 姮娥(こうが)は先を急ぐ。

 吉昌(よしまさ)の屋敷は、もう、目と鼻の先。

(その角を曲がればすぐ……)




「!」

 目を見開く。


「……あ、姮娥(こうが)。待ってたよ……おかえり」


 狐丸は待っていた。

 屋敷の前にある別の建物の陰に隠れて、様子をうかがっていた。


「た、ただいま……です、わ……」


 姮娥(こうが)は目を見開く。

 本当のところ、待ってはいないのでは……と、内心諦めていた。

(……あんなにも、怒ってらしたのに)


 姮娥(こうが)は驚きを隠せず、狐丸をマジマジと見た。


「……? なに?」

 狐丸は眉を寄せ、姮娥(こうが)のあからさまなその態度に、不機嫌そうな目を向ける。

「い、いいえ。何でもございません……」

 言って姮娥(こうが)は、これからの事を狐丸に伝える。


 狐丸は静かに頷く。

 それが、あまりにも落ち着きを払っていて、姮娥(こうが)は逆に、恐ろしくなる。

(どうしてこう、落ち着いて……)

「!」


 そう思って、覗き込んだ狐丸の目を見て、姮娥(こうが)は、思わず、悲鳴を上げた。


 狐丸は、冷静などではなかった。

 金色のその目は細く尖り、見るもの全てを凍りつかせた……!




 ──ぞくっ……。




 ゴクリと唾を飲み込むその音が、ひどく頭の中に響いた。


(もう……止められませんわ……)

 利用するつもりでいた狐丸に飲み込まれそうになり、姮娥(こうが)は目眩を覚えた。


 けれどもう、後には引けない。


(ただ、屋敷の中が分かるだけでいいですのに……)


 姮娥(こうが)は、紅く長い自分の爪を噛む。

 これではもう、何が起こるか分からない。

 後は、運を天に任せるしかなかった……。




 ──何事も、起こりませんように……。




 姮娥(こうが)は、小さく祈った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 3/3 ・ゴクリと唾を飲み込むその音が、ひどく頭の中に響いた。  おうふ。頭。自分なら口が乾燥するからシーンかも [気になる点] 祈れ祈れー、えー、あー続く言葉が出ない [一言] 毛、…
[良い点] 大殺戮劇!! 腕がもげ、首が飛ぶ。屍山血河。って、ないかぁ〜。
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