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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第四章 藤見の宴
29/92

藤の花

 

「うわぁ。この人、キツネさんなの……?」


 僕の義理の弟である敦成(あつひら)敦良(あつなが)は、本当によく似ている。

 丸っこい大きい黒い瞳をくりくりさせながら、二人は狐丸を見た。


 二人はまるで双子のようだけど、背丈が違う。

 敦成(あつひら)敦良(あつなが)より一年早く生まれた分、体も大きく、すばしっこい。その上、悪戯するのも敦良(あつなが)の比じゃないときている。僕は何度手を焼かされたことか……。


 二人が揃って現れたら、《猿が出たと思え!》とみんなが言う。

 宮中の噂好きの女房だけでなく、実の父親でもある帝すら、そう言ってるくらいだ。けして……けっして、()()()()()()()()()()()


「……」

 僕は知っている。

 礼儀を損なわないように、目の端で二人を追いつつも、みんな二人とは目を合わせないということを……。温和で世話好きなあの姉上ですら、逃げ腰になっているのが見えた。


 ……まぁ今日、初顔合わせの狐丸には、そのことをまだ教えていないけど。

 でも護符で顔を隠しているから、何とかなるかも知れない。


 ………………多分。






「でも、お顔が良く見えないよ?」

「ねぇ、なんで《紙》を貼ってるの?」

「何か書いてある! なんて書いてあるの? 読んで、読んで!」

「ねぇねぇ、キツネの兄さま。藤の花を見に行こう? いつも下に降りて見に行っていたの。今日はもう行っちゃったの? もう行かないの?」

 敦成(あつひら)は、しきりと狐丸の護符を覗き込みつつ、顔を見ようとするが、上手くいかない。


「ん? えっと、まだ行ってはいないよ。僕も行ってみたいんだけど、行ってもいいのかな……?」

 狐丸は困惑する。

「大丈夫だよ! いつも行ってるもん。近くで見ると、すっごく綺麗なんだよ!」

 矢継ぎ早に繰り出されるその言葉に、狐丸は目を廻した。


 ……あぁ、失敗した。


 思えば二人は妖怪など、見たことがない。妖怪である狐丸がもの珍し過ぎて、既に目が合う合わないは関係なかったようだ。

 僕は静かに、心の中で手を合わせる。

 狐丸……ごめん。


 けれど、どうだろな敦成(あつひら)……。狐丸は妖怪。妖怪に毒だという藤の花の近くに降りるのを、澄真(すみざね)が許してくれるだろうか……?

「……」

 僕はそっと澄真(すみざね)の様子を見る。


 二人の皇子たちが、いきなり押しかけたことに対して、乳母たちが澄真(すみざね)に謝罪をしているようだ。澄真(すみざね)は苦笑いで、その乳母たちと話をしていて、敦成(あつひら)が今言った言葉を、聞いていないみたいだった。

 狐丸もその事に気づいて、少し動揺する。

 勝手なことをするな、とでも言われているのかも知れない。



「え、ええっと、えっと。下に行けるか、後で聞いてみるね。……あと、この護符だけど僕も、何が書いてあるのか読めないんだ。ごめんね」

「えぇ〜! ねぇ、顔みたい顔!」

「抱っこ!抱っこがいい! 抱っこして!」

「え? ええっと、えっと。……どうしよう。……ねぇ、どうしたらいいの……?」


 助けを求めて、狐丸は澄真(すみざね)を仰ぎ見た。

 乳母たちとの話は直ぐに終わったのだろう。いつの間にか乳母たちは姿を消していて、代わりに澄真(すみざね)が目を細めつつ、狐丸と敦成(あつひら)、そして敦良(あつなが)のやり取りを、含み笑いしつつ、見ていた。

 けれど、澄真(すみざね)が狐丸を助けることは、ないように思えた。

 だって澄真(すみざね)も曲がりなりにも宮中の人間。二人への対応の仕方など、嫌という程に知っている上に、幼いと言えども二人は皇子。敦成(あつひら)などは、将来、帝になる事が約束されている。

「……」

 そんな皇子たちを、止められるわけがない。



 案の定澄真(すみざね)は、袖で口元を隠し、微かに震えている。……面白がっているようだ。

 声を押し殺して、笑っているのが直ぐに分かった。

 けれどけして二人とは、目を合わせない。……なんとも、抜かりない。


 狐丸に助けを求められて、澄真(すみざね)は笑いを堪えながら、言葉を掛ける。

「お相手差し上げなさい。……もう少ししたら帰るから、それまでは一緒に遊ぶといい」

 言って元いたところへと、戻って行った。……いや、逃げて行った。


 ……まぁ、そうなるよね。


 宮中ここでは、油断して二人に捕まるのが悪い……と言うのが常識だ。捕まったのなら、捕まった者が最後まで、この二人のお守りをするのが、この宮中での暗黙の了解なのだから。

 だから当然僕も、目を逸らす。


「え? ちょ、澄真(すみざね)!?」


 狐丸は慌てて澄真(すみざね)を追おうとするが、それを敦良(あつなが)敦成(あつひら)が阻む。


「ねぇねぇ、キツネの兄さま。僕たちと一緒に遊んで? 僕、しっぽに触ってみたいの」義弟(おとうと)たちがそうやって、キラキラと目を輝かせながら頼んで来れば、もう誰も嫌とは言えない。


 悪ごろの二人だけれど、すごく可愛いんだ。黒い瞳はとても綺麗で、断ればすぐ泣いてしまうんじゃないかと思うほど、いつも潤んでいる。

 目の端で狐丸が困った顔で、モジモジしながら頷くのが見えた。


 ……多分、本当は嫌なのに違いない。


「ちょ、ちょっとだけなら……」

 焦った狐丸のその声に、遠くで何人かの大人たちが、苦笑しているのが見えた。


「うわぁーい! ……うわぁ、ふかふかだぁ……!」

 言いながら敦成(あつひら)が、スリスリと狐丸のしっぽに頬ずりする。

 撫でられると、くすぐったいのか、狐丸はブルブルと身を震わせた。

「……」

 僕は少し狐丸を、哀れに思う。


 コイツら多分、……遠慮なんてものないから《少し》なんて言葉は、きっと知らない。

 バカだな狐丸。三歳の子どもに騙されるとか……。それでも妖怪なの?

 もう逃げられないぞ……?



「あ、……うん。……良かった……」

 狐丸は心にもないことを言っているのが、傍目でも……もちろん護符を付けたその顔でも、嫌という程によく分かる。……声が、涙声になってる……。


 そんな狐丸を助けようと、たまりかねた僕の義母上(ははうえ)が、にこやかに現れた。


 二人の母親である義母上は困った顔で、ほほほと笑い、狐丸に言葉を掛ける。

敦成(あつひら)敦良(あつなが)も、少々やんちゃですの。……悪い事をしたら、遠慮なく叱ってやってくださいませ」

 これは、社交辞令なんかじゃない。本当に心の底から言っている。


「え? えっと、……あの、そんな事はないです!」

 にこやかに返す狐丸は、明らかに戸惑っていた。僕は苦笑する。


 ……大人になろうと、頑張っているのは分かる。分かるけれど、この状況は、大人の対応と言うより、むしろ()の対応ではないだろうか?

 大人になるのを通り越して、一気に()になる必要はない。時には突っぱねることも大切だ。

 特に、この二人に対してだけは……!


 狐丸が戸惑うのも、仕方のないことなんだから。だって、この二人だもの。

 身分がどうの……とかいう次元を遥かに超えてて、何をどう接したらいいのか分からないはずだ。


 矢継ぎ早に繰り出される言葉に、質問されたからと答えると、二人はもうそこにはいない。見るもの全てが目新しいものばかりで、じっとしていられないのだ。


 それに二人の声はよく似ていて、話している姿を見ていたとしても、一瞬どちらが言ったのか、分からない時がある。

 そんな性格の似通った二人なだけに、相対する者は、たまに混乱するのだ。面識が余りなく、狐丸のように、初対面だと尚更だ。


 僕は笑いながら、狐丸に声を掛けた。


 可哀想だから、少しあしらい方を伝授する。

「慌てなくても大丈夫だよ。全部答えるんじゃなくて、適当にウンウンって言って、半分だけ聞いてればいいんだよ」


 するとすぐに、姉上が会話に加わった。

「ま、敦康(あつやす)。そんないい加減な説明ではいけませんわ。狐丸が更に困ってますもの……」

「あ、あぁ。そうか。貝覆いの説明すら、いっぱいいっぱいなのだからね。二人の皇子たちの世話などにもなると、ひどく難しかったかな……」

 言いつつ僕は、ぷっと笑う。


「あ! またバカにして! 僕だって《ウンウン》くらい出来るからね! ほら、ウンウン、ウンウン……」

 狐丸は何を思ったのか、激しく頭を振って頷き始めた。


「ぶっ! ……い、いや、そうじゃなくて……っ」

 もう堪らない! 本当に狐丸は、なにを考えているのか……っ。



「……」


 プクッと見事に膨れた狐丸の頬を、護符越しに見ながら、僕は思う。……あぁ、狐丸は今日、帰ってしまうのか……と。そう、ぼんやりと思った。


 今日別れてしまえば、もう二度と会うことなど、ないかも知れない。

 僕にはそれが酷く苦しい……。


 そう思いつつ、狐丸と敦成(あつひら)のやり取りを見ていると、不意に吉昌(よしまさ)がやって来た。

 僕は少し身構える。

 妖怪には手厳しい吉昌(よしまさ)だ。油断は出来ない。僕が狐丸を守らなくっちゃ……っ!


「ふふ。皇子さま方、本当に大きくなられて……。そうそう敦成(あつひら)さま?」

 吉昌(よしまさ)は僕の警戒に、にやりと微笑むと、敦成(あつひら)に向かって手を振る。

「うん? なぁに?」

 てとてと……と、敦成(あつひら)が、吉昌(よしまさ)の元へと行く。

「あ。こら……!」

 僕の注意をすり抜け、敦成(あつひら)吉昌(よしまさ)を見上げる。

 吉昌(よしまさ)は、敦成(あつひら)の背丈に自分を合わせるために、膝を折る。


「ふふ。良いことを教えてあげますよ……」

 そしてそう言いながら、敦成(あつひら)の耳に、何やら耳打ちした。



 僕はムッとする。

 本来なら、軽々しく会話できるような身分ではない。けれど今回は色々なことが大目にみられている。当然、そこには自由に話す機会を許されはしているのだけれど、幼い敦成(あつひら)に耳打ちするとか……。僕は何故だか胸が騒いだ。


 誰もが避けようとするこの二人に、あえて近づき耳打ちする吉昌(よしまさ)のその様子に、ひどい違和感を覚えた。


 何か……何か、企んでいる……?



 僕は眉間にシワを寄せる。

吉昌(よしまさ)敦成(あつひら)に何を吹き込んでいる?」


 そう咎めると、吉昌(よしまさ)はニヤリと目を細め、口を開く。

「いえ。敦成(あつひら)に少し助言をしたまでですよ?」


「助言?」

 僕は眉を寄せる。


「ええ。藤の花を見に行きたいと仰せでしたので、()()()()狐丸をお誘いしてみては。……と」

 言って吉昌(よしまさ)は、にやりと笑った。

 言われて僕は、ハッとする!

 慌てて狐丸の方を見たが、遅かった。


 敦成(あつひら)は狐丸を仰ぎ見て、嬉しそうに何やら話している。

 狐丸は狐丸で、僕がさっき教えた《ウンウン》を実行していた。

「こらっ! 狐丸っ!!」

 思わず叫ぶ! 目の端で、父上が驚いた顔をこちらへ向けたが、構うものか……っ!


 ……ったく! 狐丸め! あいつっ。あいつは、バカなのか? 言われたことをそのまま実行に移してどうする?

 僕は青くなる。


 確かにウンウンと言ってればいいと言ったが、状況に応じて普通は対応するだろ? 毒である藤に、自分から近づいてどうする気だ!?

 さっき誘われた時は、確かに警戒していた狐丸だ。敦成(あつひら)に誘われても、《後で聞いてみる》と言って、一旦断っている。

 それなのに今頷いているのは、一重に吉昌(よしまさ)が許可を出したに違いなかった。




 ──狐丸と藤棚へ、いらせられませ……。



 と。


 怒鳴りつつ傍へと走ったが、狐丸は多分聞こえていない。

 そっと敦成(あつひら)を抱えあげると、そのままひらり……と蝶のように飛んで、藤棚のある中庭へと降りてしまった。


 僕以外にそのことに、いち早く気づいた者がいた。

「狐丸!?」

 ハッとしたような澄真(すみざね)の声が響く。と同時に、吉昌(よしまさ)がそれを押しとどめた。


「よ、吉昌(よしまさ)さまっ! お離し下さいっ。狐丸が……!」

 けれど吉昌(よしまさ)は動じない。

「護符は万全なのだろう? ならば近づいたとしても、問題はなかろう?」

「し、しかし……!」

 澄真(すみざね)の顔色が悪い。


「……っ」

 僕は階下に置いてあった(くつ)を履き、二人を追った。

 あの様子だと、本当に妖怪にとって藤の花は毒なのだろう。


 狐丸に出会ってから、妖怪や怨霊に関する事柄を僕なりに調べてみた。そこには必ず陰陽師の存在があり、妖怪にとっての天敵は陰陽師であるのだという事を知った。

 それと同時に、僕は吉昌(よしまさ)の噂も聞いた。


 陰陽寮の不動明王……。


 どんな妖怪も怨霊も、けして赦しはしない。片っ端から片付けていくその手腕によって、今の地位を築いた。陰陽頭(おんみょうのかみ)


「……油断したっ」


 僕は藤棚をくぐり、二人を見た。

「あ……!」




 ザザ───ッ!




「!」


 強い風が吹いた。

 地に落ちた藤の花びらを巻き上げるような、そんな強い風で、僕は息が止まる。


 暮れゆく朱色の光の中、金の目が見えた。

 何をどうやったのか、あの敦成(あつひら)のやつが、狐丸の護符を剥ぎ取り、嬉しそうに笑っていた。


 護符はまるで雪のように細かくちぎれていき、その一つ一つが白い蝶となって飛び立った。


「狐丸……!」


 蝶の存在に気づき、澄真(すみざね)が転げるようにこちらへ走ってくるのが見えた。


 真っ白な狐丸のその姿は、薄紫色の藤の花に映えて、とても綺麗だった。


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[良い点] 29/29 ・あらーキャッキャしてると思ったら、うにゅー?  おらー剥がすなー恥ずかしい。パンツ脱がすレヴェルの鉄拳制裁を喰らわせたい(おい) [気になる点] あら美人。やっぱり描写が美…
[良い点] 護符剥がし、無邪気な悪戯のみでくるのかな? と思いましたが、ちょっと意外な感じ。なるほど! [一言] 悪ごろ→悪童かな? 熊本方言だそうです。ナニコレ? と思いました。
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