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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第四章 藤見の宴
25/92

護符



 ──絶対に外すな!




 そう澄真(すみざね)に言われて、狐丸はおでこに紙を貼りつけられた。

「……」


 おでこに()()、紙がついているのなら、狐丸も何も言わない。気にしなければつけている事すら忘れるところだ。

 だが、つけられた紙はけして、小さくはない。

 顔を覆うほどのその大きさに、狐丸は呻いた。


「ねぇ……、澄真(すみざね)? これ、なんなの? 前が見えにくいんだけど……」

 狐丸は焦って澄真(すみざね)に意見する。


 おでこにつけられた和紙は、薄くはない。

 薄くはないが、どういう仕組みになっているのか、()が見える。和紙には様々な《(しゅ)》が書かれているから、そのお陰で見えるのかも知れないが、ハッキリ言って()()である。


 狐丸の言葉に、澄真(すみざね)は呆れた声を出す。

「前が見えないわけではないだろう? 前が見えるのなら、なんの問題もない。それは、お前を護るためのものだから、絶対に外してはダメだ」

「……」

 キッパリと言われれば、どうする事も出来ない。


「……えっと。……《護る》?」

 狐丸は首を傾げる。




 狐丸自身、自分は弱くないと思っている。


 九尾の瑠璃姫には負けるかも知れないが、少なくともタマの力はとっくに超えたと思うし、姮娥(こうが)鉄鼠(てっそ)玉兎(ぎょくと)も、狐丸には一目置いている。

 澄真(すみざね)には叱られもしたが、あの吉昌(よしまさ)とも対峙し、無事だったのも自分が強い証拠なのだと、密かに思っていた狐丸だ。誰かを護りこそすれ、護られる謂れなどないはずだ。

 確かに見えはするけれど、邪魔な事には変わりはない。

 狐丸はムスッとして、護符に息を吹きかける。ぴろ……ぴろ……と護符が吹く息と共に蠢いた。

 それを見て澄真(すみざね)が怒る。


「こら! 狐丸、遊ぶんじゃない! 取れたらどうするんだ!!」

 言って、紙と額を更にくっつけるように手で抑えた。ピリピリとした感覚が、狐丸の額を襲う。

澄真(すみざね)澄真(すみざね)! おでこ、ピリピリする!」

「当たり前だ! 取れないように《力》を追加してるからな」

 澄真(すみざね)に触れられるのは嫌じゃない。嫌じゃないけれど、この紙はない。


「嫌だよ! ねぇ、この紙取って? ピロピロして邪魔なんだもん……」

「……お前が息を吹きかけるからだろ? 何もしなければ、気にならない。前だって見えるんだから、慣れればいい……」

 そう言って澄真(すみざね)は狐丸のおでこを撫でた。


「……本当は、連れて行きたくはないんだ」

 撫でながら、ポツリと言った。


澄真(すみざね)?」

 狐丸は首を傾げる。



 澄真(すみざね)としては、連れていきたくはない。

 けれど、皇族のお墨付き……ともなれば、狐丸が祓われる心配が少なくなる。

 この藤見の宴で、問題なく狐丸が過ごすことが出来さえすれば、さすがの吉昌(よしまさ)も簡単には、狐丸に手が出せなくなる。

 いくら無害だと言葉で言い募っても、妖怪嫌いの吉昌(よしまさ)には通用しない。妖怪なぞ、祓ってしまってから言い訳を考えればいい……そんな風に思っている上司なのだ。味方は多い方が心強かった。


(けれど、まずった……)

 そうも思う。


 ほかの花であったなら、問題はなかった。けれど今回は《藤の花》。妖怪や悪鬼を妨げるという藤の花なのである。

 妖怪である狐丸に、どのような害を及ぼすのか、分からなかった。


 澄真(すみざね)は顔をしかめる。

 今更嫌だと言うわけにもいかない。確かに不安な面もありはするが、護符を付けていれば安全なはずだし、今後狐丸が安心して過ごせる生活を手に入れる好機でもある。

「……っ、」

 澄真(すみざね)は自分に言い聞かせる。

(今日……今日さえ無事に済めば……)

 問題は、その枠に狐丸が収まってくれるか……である。


「と、とにかく、その護符は私が丹精込めて書いたのだ。絶対に外すな……それだけの《呪》を書き入れるのは、骨が折れるんだぞ……!」

「……これ、澄真(すみざね)が……?」


 言ってよく見ると、護符はほんのり澄真(すみざね)の匂いがした。

(……あ。白群(びゃくぐん)色)

 書かれている《墨》も澄真(すみざね)の《力》の色だった。気づいて狐丸は大人しくなる。


「……。分かった」

 パタパタとしっぽを振った。


 今日は完全に人間化していない。

 《妖怪》として藤見の宴へと参加するのだから、多少なりとも《妖怪》の部分を残しておかなければならない。

 それは未だかつてないことで、澄真(すみざね)も狐丸も少し落ち着かない。

 銀髪の髪とフワフワの三本のしっぽを見せつつ、狐丸は少し気恥しい。しっぽはやけに素直で、嬉しいと勝手にパタパタと蠢いた。狐丸は慌てて自分の動くしっぽを押さえる。ギュッと両手にしっぽを抱きしめて、再び澄真すみざねに頷いて見せる。

「分かった! 僕、我慢する……!」

 言うと澄真(すみざね)はふわりと微笑んで、狐丸の頭を撫でた。

「少しの間だからな。頑張ったら、ご褒美に遊んでやるから……」

「本当!?」


 狐丸は嬉しくなって、掴んでいたしっぽの先が、クネクネと蠢いた。

 《遊んでくれる》というだけで、なんで嬉しいのか、狐丸にもよく分からない。

 けれど、誰かが自分を護るために力を尽くしてくれて、頑張ったらご褒美をくれる……そんな事など今までになかったものだから、嬉しくて仕方がないのだろうと狐丸は思った。

 しかもそれをしてくれている相手が、あの澄真(すみざね)なのだ。その事実に、狐丸は転がり廻りたいほど、ウキウキと心が弾む。


(転がっちゃダメ。転がっちゃダメ……)

 狐丸は自分に言い聞かせた。


 先程、絢子(あやこ)が鬼の形相で言った。




 ──けして、澄真(すみざね)さまの迷惑になってはいけません!





 鼻息荒く、そう諭す絢子(あやこ)に、狐丸は耳を伏せた。

『それってどうするの?』

 あまりにも曖昧なその言葉に、狐丸は尋ねた。


 狐丸も、なにも好き好んで澄真すみざねに迷惑を掛けているわけではない。気づけば困らせている……そんな具合なのだ。だから、何を注意しなければいけないのか、狐丸にはさっぱり分からない。


 これ以上迷惑を掛けたくないと狐丸だって思っている。しかしやり方が分からない。確実に迷惑にならない方法を知りたかった。

 妖怪として生きていた狐丸には、人間の作法など、コレっぽっちも分からないのだから……。

 けれど聞きはしたが、難しいことを言われたらどうしよう……? 狐丸はそう思って身構えた。が、絢子(あやこ)の要望は至って簡単だった。




 ──この衣装が乱れなければ、それでよろしゅうございます。




 身構えていた狐丸は、キョトンとする。


『……それだけ?』

 それだけ。と絢子(あやこ)は言った。


『衣装が乱れなければ、変な動きをしなかったと言うことですからね』

 絢子(あやこ)はニッコリと微笑む。

 狐丸も絢子(あやこ)のその言葉に、そうか……と納得した。



(……だから、転がるのはダメだ)

 狐丸は絢子(あやこ)の言葉を反芻する。


(そして、出来る限り《喋らない》!)


 けれどこれは無理でしょうね……と絢子(あやこ)は付け足した。確かに狐丸相手に、《黙っておけ》とは無理なことかも知れない。でも、頑張れば出来るかも知れない……と狐丸は鼻息が荒い。それも、頑張ってみようと思っている。


(だけどまずは《衣装を乱さない》だ!)

 それが、唯一狐丸が守るべき約束となった。



「……」

 ふんすふんす! と意気込む狐丸を見て、澄真(すみざね)は不安になる。

 軽く頭を抱え、いざとなったら引っ掴んで逃げよう……と、腹を括った。



 そんなこんなで、狐丸と澄真(すみざね)は様々な想いを抱えつつも吉昌(よしまさ)の用意した牛車(ぎっしゃ)が屋敷へやって来ると、それに乗り込み、御所へと赴いたのであった。


 太陽は緩やかに傾き始め、朝晩は冷え込むこの季節ではあるものの、今日は少し汗ばむほどの爽やかな春の午後。


 藤の花のみならず、木々の新緑の眩しい、気持ちのいい日差しが降り注いだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 25/28 ・おでこ! かわいい  しっぽ! かわいい [気になる点] 衣服を乱さない、意外と難しいかも。私は襟が曲がる人 [一言] かわいい
[良い点] あらぁ〜、キョンシースタイルですね。きっと、ビリビリやるのだろう。期待w [気になる点] 日本は馬車じゃなくて牛車ですね。野生馬少ないですからね。
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