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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第三章 心穏と熾砢房
21/92

朧月夜の夢

 月が登る。


 優しい色をたたえたその日の月は、ほんのり(かすみ)が掛かる朧月(おぼろづき)


「狐丸……」


 澄真(すみざね)はそっと呟き、その頬に触れた。

「……」

 いつもはあたたかいその頬は、こころなしか氷のように冷たくて、死んでいるのではないかと不安になる。

「……っ、」

 再び名を呼びたくなって、グッと堪えた。


 狐丸はただ単に、薬の効力が切れずに、まだ眠っているだけだ。無理して起こす必要はない。

 そうとは分かっていても、目を開かない狐丸の様子が心配で、澄真(すみざね)は眠ることが出来なかった。




「……澄真(すみざね)さま? まだ、起きていらしたのですか?」


 燭台の灯りを持った絢子(あやこ)が、声を掛ける。


 絢子(あやこ)に心配を掛けたくなくて、部屋の明かりは消していたのだが、気配で気づかれてしまったようだ。

 澄真(すみざね)は苦笑いをする。


 いつも人の心の機微(きび)には(うと)いくせに、こういうときは敏感な絢子(あやこ)が憎らしくも思う。


「あぁ、もう寝ようと思っていたところだよ……」


 咄嗟に嘘をついた。

 まだ眠れそうにない。


 その事に気づいた絢子(あやこ)は、はぁ……と小さく溜め息をつくと、縁えんに座った。


「妖怪は、あなた様のように弱くはありませんよ……?」


「……」


 見透かされたようで、澄真(すみざね)は居心地が悪い。


 ムッと顔をしかめ口を開く。

「……。そんなんじゃない」


 言ってみたものの、心配でどうにかなりそうだった。


 そっと指先で、狐丸の頬をくすぐる。


 冷たいその頬は艶やかで、弾力があった。

(……死ぬわけじゃない)


 そうと分かっていても、心配な事にはかわりがない。


「……」


 絢子(あやこ)は、再び溜め息をつくと、澄真(すみざね)に声を掛ける。

「何か、お持ち致しましょうか?」


 けれど澄真(すみざね)は頭を振った。

「いやいい……」


「……」


 絢子(あやこ)はその言葉に、少し悩んで腰を上げる。


「……いいえ。お茶をお持ち致します。澄真(すみざね)さまは今日、朝餉を召し上がられてから、何も口にしていないではありませんか。帰ってからもこの調子でしたもの。……せめてお茶くらいは飲んで頂かなくては……」

 その言葉に、澄真(すみざね)は慌てる。


絢子(あやこ)、……心配を掛けるつもりはなかったんだ。すまない。……しかし、茶はいいよ。もう、休むといい。私もすぐに休むから……」

 そう言って微笑む。……笑顔がぎこちない。


 そんな澄真(すみざね)を見て、絢子(あやこ)はムッとすると、目を細めた。


「……ったく、何を言いますのやら! ダメです! お茶はお持ち致します。あなた様が飲まないとおっしゃるのなら、そこの妖怪にでも、ぶっ掛けて下さいましっ」

 ぷんぷんと怒って出ていく絢子(あやこ)を、肩のすくむ想いで見送って、澄真(すみざね)は眠っている狐丸に、目を落とした。


「……」

 狐丸は静かに眠っている。


 自分自身も、同じ薬を受けた澄真(すみざね)だからこそ分かるが、吉昌(よしあき)の調合した薬は、天雄(てんゆう)という猛毒を含んでいたにも関わらず、そう深刻がるものではなかった。


 毒を受けて気を失っている……と思えば心配にもなるが、ただ薬で眠らされていると思えば、そうでもない。


 緩やかな規則正しい寝息は穏やかで、少しも辛そうではない。

 時折くすり……と笑うその顔が可愛らしかった。



 幾分月は細くなっていたが、何故か辺りはひどく明るい。

 ずっと暗闇にいたせいで、目が慣れたのかもしれない。


 朧月と言っても、ほんのりと柔らかいその光に包まれて、銀髪の狐丸は夢物語の主人公のように、美しかった。


「……」


 そっとその頬に手を添える。

 すり……と、頬を寄せられたように感じた。


「狐、丸……」

 呟いて、その唇に自分の唇を重ねる。


 自分のその行動に、少し驚いて、罪悪感も感じたが、澄真(すみざね)は自分を止めることが出来なかった。


 ……どうせ眠っていて分からない……、そんな身勝手な言い訳とともに、自分を容認する。


 手で触れた時よりも、ほどよいあたたかさを感じ、澄真(すみざね)は嬉しくなって、求めるように深く口づけた。


 穏やかな呼吸が、頬をくすぐる。

 狐丸の柔らかさに、酔いしれる……。


(早く、自分のモノにしたい……)


 仮契約を完了させたら、全て自分のモノになるのだろうか……? そんな淡い期待が澄真(すみざね)の心を支配する。



「ん……」


「……っ」

 微かな狐丸の声にハッとして、慌てて唇を離したが、狐丸は起きなかった。


「……」


 今度は、その頬に口づける。

「……あったかい」


 首元を見れば、規則正しい鼓動が見て取れた。

「狐丸……はやく、……起き……て……」


 自分の身で、狐丸の安否を確認したからか、ホッと安堵し、急に眠気が襲ってくる。


 澄真(すみざね)は狐丸の頬におでこを寄せながら、あがらうことの出来ない眠気に、その身を委ねた。


 狐丸と寝息が重なる。




澄真(すみざね)さま。……お持ち致しましたよ。……澄真(すみざね)さま?」

 茶を入れた急須と湯呑みを盆にのせ、絢子(あやこ)が部屋を覗く。


「あら。……まぁ……」

 呆れた声を出しながら、盆を床に置いた。


「本当に、まだ子どものようですこと……」

 くすりと笑って、澄真(すみざね)の髪を撫でた。


「このような所で眠られては、風邪を引きますのに……」

 言って立ち上がる。


 絢子(あやこ)は苦笑しつつ、隣の部屋から打ち掛けを持ってくると、澄真(すみざね)の上に、ふわりと掛けた。




 ──幸せな夢が、見られますように……。




 そっと、術を掛ける。


 術……と言うより、呪いに近いかしらねー……などと不吉な言葉を残して、絢子(あやこ)は自室に戻った。



 静かな静かな月夜の晩。


 子ギツネと子どもは、おでこを引っつけて、すやすやと眠りにつきました……とさ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 21/26 ・おおっと雰囲気できてきますね。 [気になる点] ちゅ❤︎ [一言] やっぱ美形2人が並ぶと絵になりますね
[良い点] >自分のモノにしたい  契約と絡んで、なかなか意味深ですねぇ。 [気になる点] キスは、寝ていると思ってたが、実は、狐丸気付いてたパターンがいいですが……。 [一言] さて。呪いと来ました…
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