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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第一章 策略と侵入
2/92

鉄鼠、毟られる。

「大変ですわっ!!」


 そう叫びながら、姮娥(こうが)が物凄い勢いで飛んできたのは、日もずいぶんと昇りきり、そろそろお昼になるのではという時間だった。

 血相を変えて飛び込んできた姮娥(こうが)に、鉄鼠(てっそ)玉兎(ぎょくと)は、目を丸くする!


『『姮娥(こうが)!? 狐丸さまはどうした!?』のですか!?』


 余程気になったのだろう。二人の声が重なる。

「どうしたもこうしたもありませんわっ!」

 言いながら姮娥(こうが)は、説明を始める。


「狐丸さまは、今、あの吉昌(よしまさ)の屋敷の前で、(わたくし)が戻るのを待っておられます……!」

『え!? 吉昌(よしまさ)!? ……姮娥(こうが)! 狐丸さまをそんな危ない所へ連れて行ったのですか!?』

 玉兎(ぎょくと)が血相を抱えて、姮娥(こうが)に詰め寄る。


「ぎょ、玉兎(ぎょくと)! ちょ、……落ち着いて下さいまし……っ!」

『落ち着いてなどいられますか! 吉昌(よしまさ)なのですよ!? 吉昌(よしまさ)が今まで、妖怪たちにしてきた事を、忘れているわけじゃありませんよね!?』

 ずずいっと、玉兎(ぎょくと)姮娥(こうが)に詰め寄る!


「し、仕方がなかったのです! あの吉昌(よしあき)なる者、事もあろうか澄真(すみざね)さまを自宅へ連れ込んだのですから……!」

『自宅へ連れ込む? それはどういう事だ? なぜそんな事になる?』

 今度は鉄鼠(てっそ)が唸る。


 澄真(すみざね)は発動中の護符を握りしめ、怪我をしただけだ。その治療をするだけなら、何も吉昌(よしまさ)は自分の家へ澄真(すみざね)を連れ込む必要などない。

 護符の出した呪詛を祓い退け、後は普通に怪我の治療をするだけでいい。陰陽寮であっても、十分事足りるハズだった。


 ところが、姮娥(こうが)は状況が変わったのだと説明をした。


 事細かな状況を、姮娥(こうが)は説明する事が出来た。

 澄真(すみざね)を抱き上げた吉昌(よしまさ)は、陰陽寮にある濡れ縁で、蒼人(あおと)に対して懇切丁寧に説明していたのだから。

 近くの大銀杏の木に控えていた狐丸と姮娥(こうが)にも、事の詳細はよく聞こえた。


「あの吉昌(よしまさ)の奴は、事もあろうか澄真(すみざね)さまの傷口に、麻痺の薬をキズ薬と間違えて塗りこんだそうですの!」

 鼻息荒く、姮娥(こうが)が説明する。


『《麻痺の薬》?』

 玉兎(ぎょくと)は目を細め、聞き返す。


 こう見えても、玉兎(ぎょくと)は薬を司る()()使()()である。地上に薬を作る妖怪が多いと言っても、薬について自分の右に出るものはいない……と自負している。


 しかし、《麻痺の薬》なるものは知らない。

 おそらく吉昌(よしまさ)が独自に作っている薬なのだろうと玉兎(ぎょくと)は目星をつける。しかし薬の正体……成分が分からなければ、どうする事もできない。

 顔をしかめながら、姮娥(こうが)の答えを待った。


「麻痺の薬は、あの吉昌(よしまさ)が開発したものらしいのです。なんでも本来は飲み薬らしくて、治療をする時に伴う痛みを軽減するものなのだとか……」

 聞きながら玉兎(ぎょくと)は顎に手を当て考える。

 《要は麻酔薬か……》

 麻酔薬は手掛けていない。あれば治療のしやすさは格段に上がるだろう。澄真(すみざね)の事を一時忘れ、玉兎(ぎょくと)はその《麻痺の薬》に興味を示した。


 かたや姮娥(こうが)は、それほど薬に詳しいわけではない。玉兎(ぎょくと)が考えやすいように、情報を提供するだけしかできない。


 けれど月の使者として、玉兎(ぎょくと)と一緒に過ごすようになって、多少の知識を得てはいる。その数は多くないが、情報を提供するくらいは出来る自信があった。


 そんな姮娥(こうが)ではあるが、その麻痺の薬に含まれると言われる《天雄(てんゆう)》。

 それには、聞き覚えがあった。

 思い出しても、腸が煮えくり返る。


 フーっフーっと息を吐いて、怒りを抑えながら、姮娥(こうが)玉兎(ぎょくと)に向き直る。目が殺気じみている。鉄鼠(てっそ)はごくりと唾を呑み込んだ。


「落ち着いて聞いてくださいませ。……あ、あの麻痺の薬には《天雄》が使われているらしいのです……!」

『なっ……!』

 あからさまに玉兎(ぎょくと)の目が見開かれる。と、同時に、真っ青になった。


『て、天雄? 天雄と言いましたか!? ……吉昌(よしまさ)は、ついに人に……人に手を掛けたのですか……っ!?』

 言いながら、狐丸の様子がひどく気になった。


 確かに玉兎(ぎょくと)は、狐丸を《嫁にしたい》とは言ったが、狐丸が好意を寄せている相手……つまり澄真(すみざね)がいなくなればいい……などとは、これっぽっちも思っていない。


 むしろ、相手は所詮人間。

 その短い命の間だけでも、狐丸と穏やかに過ごして欲しいとさえ思っていた。

 それだけに、今回の姮娥(こうが)の報告は、寝耳に水。

 大好きな狐丸が傷つけられたと感じ、怒りがフツフツと湧いてきて、どうにも止められそうにない。今なら何一つ悪びれる事なく、吉昌(よしまさ)を切り刻むくらい出来そうだった。


「……!」

 姮娥(こうが)は、そんな殺気を取り巻いた玉兎(ぎょくと)を見てゾッとする。


 正直、今までイライラする事も少なくない程おっとりした性格の玉兎(ぎょくと)だった。

 それが今はどうだ。烈火の如く怒っていて、黒い瘴気すらその身にまとっている。

 近くにいる鉄鼠(てっそ)ですら、怯えている始末だ。


「あ……ぎょ、玉兎(ぎょくと)……?」

 思わず名を呼ぶ。

(玉兎(ぎょくと)は狐丸さまが、好きなのではなかったの……?)


 憶測ではあったが、姮娥(こうが)は驚きが隠せない。

 玉兎(ぎょくと)にとって澄真(すみざね)は、恋敵であるはずだ。けれどこの怒りようはその感情を凌駕している。


『……姮娥(こうが)。私も、……私も行きます。行って澄真(すみざね)さまの仇を……っ』


 その言葉に、今度は鉄鼠(てっそ)が反応する。

『な、吉昌(よしまさ)は、そんなに悪どい事をしたのか!? 姮娥(こうが)! それなら(わし)もゆくぞ! このままアイツらの好きになどさせはせんっ』

 鼻息荒く、今すぐ飛び出して行きそうな勢いだ。


 慌てたのは姮娥(こうが)である。

 両手を二人に向けて、バタバタとふった。


「いや、ちょ、……ちょっとお待ちなさいっ! 先があるのです! 最後まで聞いて頂けなければ、計画が水の泡ですっ」

 血相を抱えて言う姮娥(こうが)に、二人は鼻息荒く、息を整える。


 ここは、流石の古参の妖怪。

 狐丸だとすぐに突っ込んで行きそうだが、二人はグッと耐えて、真剣な面持ちで姮娥(こうが)を見た。


 姮娥(こうが)は、自分も落ち着こうと、大きく息を吸い、吐く。

 ギュッと目をつぶり、暫く息を整え、口を開いた。


「麻痺の薬に使われた天雄は、解毒剤が未だに見つかっていない、劇薬です」

 低い声で姮娥(こうが)は話す。

 劇薬……と聞いて、鉄鼠(てっそ)のこめかみがピクリと反応したが、それだけだ。黙って話の続きを待っている。

 姮娥(こうが)は緊張の糸が張り詰めた今の状況に、ごくりと唾を飲み込みながら、話しを続ける。


「薬に使われた天雄は、ごく少量で、吉昌(よしまさ)本人は大丈夫だと言い張ってはいますの」

 その言葉に玉兎(ぎょくと)は顔をしかめる。

『その根拠は、なんなのですか! 天雄が猛毒だと、子どもでも知ってることですっ』

『……』

 薬の知識など微塵もない鉄鼠(てっそ)は、そんな事すら知らない。子どもでも知っている! と怒る玉兎(ぎょくと)が、自分を叱っているような感覚を覚え、別の意味で青くなる。

『……』

 ……そっと、目線を逸らす。


 それらを見て、姮娥(こうが)は溜め息を吐く。

玉兎(ぎょくと)……それは、言い過ぎですわ。あなたの言う《子ども》とは、あなたの手伝いをする分身の子ウサギたちの事でございましょう? 天雄と言う言葉では普通、分かりませんわ……」

 呆れて姮娥(こうが)は言う。その言葉に、鉄鼠(てっそ)が胸を撫で下ろすのが、目の端で見て取れた。

『……』


 普段それほど仲がいいわけではない鉄鼠(てっそ)を思わず庇った形になり、正直姮娥(こうが)は面白くない。

 ゴホン! と咳払いすると再び口を開く。


「ま、良いですわ。続けますわよ……」

 言って、身を乗り出した。

 二人もつられて身を乗り出す。


「とにかく、(わたくし)の見た限りでは、確かに澄真(すみざね)さまは眠っているだけのようにも見えましたわ。澄真(すみざね)さまの知人であると言う蒼人(あおと)なる人物が、瞳孔、血の気、熱……それから呼吸を確認しておりましたが、特に異常は見受けられませんでしたし……」


『ふむ。なるほど。それでは何か? 状態が安定しているのにも関わらず、吉昌(よしまさ)澄真(すみざね)さまを連れ去ったと? それは……何故だ?』

 眉を寄せる。


 玉兎(ぎょくと)も真面目な顔で思案する。

『そんなの、分かりきってますよ。……私たちをおびき寄せるためでしょうね』

 ポツリと呟いた。


「……何のためにですの?」

 姮娥(こうが)は唸る。

 鉄鼠(てっそ)は腕を組み考える。ふと思い出したように、口を開いた。


『この前、吉昌(よしまさ)の屋敷を見に行った時、少し様子が違った……』


 言って鉄鼠(てっそ)はその時の話しをする。

『あんなに結界で固められた屋敷だったのに、あの時少し緩んでいたのだ……』

「緩んでいた?」

 姮娥(こうが)が尋ねる。


 こくりと頷きながら、鉄鼠(てっそ)は言う。

『うむ。儂は、あやつの式鬼の匂いが、少しだけだが分かる。しかしあの時式鬼の匂いすら薄まり、ほとんどなかったのだ……雨で薄まったのかとも思ったのだが……』


『やはり《おびき寄せ》られていますね。確実に……』

 玉兎(ぎょくと)のその言葉に、二人は頷く。


『いい度胸じゃないか! 儂の結界を破る力、目にもの見せてくれるわ!』

 鉄鼠(てっそ)が息巻く。

 しかし玉兎(ぎょくと)はあからさまに、顔をしかめた。


『ここで重要なのは、()()()()()()()()()()()ことではありません。我々をおびき寄せる為に、澄真(すみざね)さまが拐われ、狐丸さまが()()()()()()と言うことです……!』

 怒りが頂点に達し、玉兎(ぎょくと)から紫色の(もや)が立ち上がる。


『「ひっ……!」』


 鉄鼠(てっそ)姮娥(こうが)が慌てて、自分の鼻と口を手で覆い立ち上がる!

玉兎(ぎょくと)! 気を鎮めてっ!」

『や、やめないかっ! 毒! 毒霧吐いてるぞ……っ!!』


 二人の叫びにハッとして、玉兎(ぎょくと)は慌てて力を抑えた。

『す、すみません……つい、感情的に……』

 しかし二人はブンブンと頭を振る。

「い、いいえ、いいえ……! とにかく玉兎(ぎょくと)は来ないでくださいまし! 味方すら攻撃しかねませんもの!」

 烈火の如く叱られて、玉兎(ぎょくと)の耳は垂れ下がる。

『そ、そんなぁ……!』

 情けない声を出した。

 しかし鉄鼠(てっそ)も同意見だ。


『そうだな。お前は住処(すみか)で大人しく()()してろ!』

 仮病を使ったと知っている鉄鼠(てっそ)が、嫌味ったらしく言葉をかけ、ふんぞり返る。

『しかし、儂はゆくぞ! 狐丸さまの危機であるからな! お助けせねばならん!』

 ふふんとふんぞり返る鉄鼠(てっそ)に、玉兎(ぎょくと)は抗議の声をあげる。

『ず、狡い! 私は狐丸さまを()にするのですよ! 未来の夫が行かなくてどうするのですか……!』

「……《嫁》?」

 姮娥(こうが)が、聞き捨てならないと言ったように呟く。


『お、姮娥(こうが)聞いてくれ! こいつはな……』

 言って鉄鼠(てっそ)姮娥(こうが)に近づく。


 玉兎(ぎょくと)の将来設計を話すつもりだろう。ニヤニヤしている。

 が──。



『ぎぃやあぁぁっ!!』


 おもむろに、鉄鼠(てっそ)()をゴッソリ(むし)った。


『は? はいぃ? な、何をする!? 何をするんだ? 姮娥(こうが)っ!』

 ゴッソリ抜けて円形脱毛よろしく禿げた胸元を、ワナワナ……と鉄鼠(てっそ)は見る。

『儂の毛……! 儂の毛がぁ……!!』

 ショックでビシビシとしっぽを振る。


「……。うるさいですわ。あぁ、申し訳ありませんけれど、《人形(ひとがた)》を取れぬお二人は邪魔なだけですの!」

 言って姮娥(こうが)は、フリフリとその右手に掴まれた鉄鼠(てっそ)の《毛》を振る。


「ひとまず役に立つのは()()。あなた方は、住処(すみか)で昼寝でもなさいまし」

『な! どういう事だ!』

 姮娥(こうが)の言葉に鉄鼠(てっそ)が噛み付く。


「言った通り、そのままですわ。……(わたくし)と狐丸さまは、吉昌(よしまさ)の屋敷に忍び込みますから、その時この《毛》で分身を作ってくださいまし」

『……分身?』

 玉兎(ぎょくと)が目を細める。


 その言葉に姮娥(こうが)は頷く。

『中から忍び込めば、排除は難しくございましょう? (わたくし)(これ)を屋敷中にばら蒔いてきますわ』

『ばら蒔……いや、しかし、どうやって忍び込むのだ!? 結界が張り巡らされているのだぞ!?』


 鉄鼠(てっそ)の問いに、姮娥(こうが)は背を向けつつふふふと笑う。


「どうやって忍び込む? ()()()()()だけですわ……」

 言って姮娥(こうが)は、消えてしまった。


 残された二人力なく座り込んだ。

『普通に入る……?』

 とにかく、朗報が入るのを待つしかないようだった。

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[良い点] 恋敵であれば「放置して死んでもらおう」と考えるのが、ある意味「普通」だと思うのです。ここの玉兎の感情は、ラノベ風というか現代風な気がします。 [気になる点] 毛は孫悟空かな? [一言] 江…
[良い点] 2/2 ・んん? 誘き寄せる。なるほどね。おおこわいこわい [気になる点] 毛で分身、なんだっけ、どこかで聞いたことあるような [一言] 毒強そうですね
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