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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第二章 奪還
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眠る澄真

 澄真(すみざね)の眠る部屋は、透渡殿(すきわたどの)を渡った先にあった。

 客を通す部屋ではなく、吉昌(よしまさ)は自分の部屋を澄真(すみざね)にあてがっており、蒼人(あおと)が顔をしかめる。


 その事に気づいた吉昌(よしまさ)は、慌てて蒼人(あおと)に釘を刺す。

「言っておくが、私に()()()()()嗜好はない。勘違いするなよ……」

「……()()()()()、とは()()()()()……?」

 言いながら、吉昌(よしまさ)を睨む。

 蒼人(あおと)の声が低い。

「……」

 これは、何を言っても墓穴を掘る……。そう思い直し、吉昌(よしまさ)は話題を変える。


「薬の量は、そう多くはない。……しかし、傷に塗りつけたのは確かであるから、もしかすると暫く痺れは残るかも知れない……」

 そう説明しつつ、従者を顎で指示を出す。


 それに気づいた従者は、軽く頭を下げ、下ろされていた御簾(みす)をくるくると巻き上げた。

 御簾をたらしているからか、部屋の中は薄暗い。


「……! 澄真(すみざね)!」

 上げられていく御簾の間から、澄真(すみざね)の姿を捉え、狐丸が素早く中へと滑り込んだ!


「あ、こら! 狐丸っ!」


 蒼人(あおと)は青くなる。無防備にも程がある。

(ここは()()()()()自宅なのだぞ……!)


 先程しっかり釘を刺したつもりだった。ここは()()()()()()なのだぞっと。

 しかし今の狐丸の頭の中には、そのような事は吹っ飛んでしまったかのようだ。目の前の澄真(すみざね)で頭がいっぱいになって、何も考えられないのに違いない。


「くそ……っ」

 悪態をついて、慌てて追いかけようとする蒼人(あおと)を、吉昌(よしまさ)は呆れたように息を吐き、押しとどめる。

「この部屋には、何もしていない」

「し、しかし……!」

 吉昌(よしまさ)の言うことなど、信用出来なかった。


 しかし吉昌(よしまさ)は深い溜め息と共に、諦めたように目を軽く閉じ、口を開く。

「さっきも言っただろ? 《澄真(すみざね)に危害を加えるつもりはない》。そもそも、ここは厳重に護られている。妖怪に立ち入らせるつもりは、更々なかった。案内している時点で、術など解いたよ……」

 言って目を開ける。


「……あの白狐。興味が出た」

 吉昌(よしまさ)の言葉に、蒼人(あおと)は目を見張る。


「は?」

 素っ頓狂な声を上げ、まじまじと吉昌(よしまさ)を見た。

 あの妖怪嫌いの吉昌(よしまさ)が、()()()()()狐丸に、興味を示したのである。蒼人(あおと)は顔をしかめる。

「それは、どういう……」


 蒼人(あおと)吉昌(よしまさ)に尋ねようとした時、突如姮娥(こうが)の金切り声が響いた!

「! 狐丸さま! なりませんっ!!」

「!?」

 蒼人(あおと)はハッとする。

 見れば狐丸は、澄真(すみざね)の怪我している右手を掴んでいる。既に包帯は取り除かれ、痛々しいその患部が(あら)わになっていた。蒼人(あおと)はそれを見て、ギョッとなる。

 まさか、狐丸が舐めるのではないかと咄嗟に判断し、蒼人(あおと)も制止の声をあげた。


「ちょ、狐丸! 患部には触れるな! そこには天雄(てんゆう)が塗られているんだぞ……!」




 ──ボッ!




「!?」


 狐丸を止めようと、近づく姮娥(こうが)蒼人(あおと)を阻むように、突如青黒い炎が現れた。

「! なに!?」


 蒼人(あおと)は唸る。

 狐丸はこっちを向いていない。鬼火を吐いたようには見えなかった。

 しかし確かに狐丸と澄真(すみざね)の周りには、何者も侵入出来ないように、青い鬼火が揺らめいる。

「な……っ」

 意味が分からず、蒼人(あおと)は動揺する。

(見もせずに、そんな事が出来るのか……!?)


「狐丸さま……っ」

 姮娥(こうが)は悲痛な声を上げる。



「……誰も来ないで……」


 狐丸はこちらを見もせずに、低く呟く。

 そしてゆっくり、澄真(すみざね)の傷に顔を近づけた。


「待て! だから天雄が塗られている! 天雄は()()だ!!」

 けれど狐丸は止まらない。

 なんの躊躇(ちゅうちょ)もなく、傷をペロリと舐めた。


 姮娥(こうが)の悲鳴が微かに響いた。

 炎を飛び越えようともしたが、結界の役割を果たすその鬼火はまるで生きているかのようにうねり、近づく事すらままならない。


「狐丸さま!」

 泣きそうな顔を見せながら、頭を振る姮娥(こうが)に、吉昌(よしまさ)は興味を覚える。


(ふ……ん。妖怪でも、あのような表情(かお)をするのか……)

 率先して関わろうとしなかった妖怪である。その表情など気にもとめなかった。人のような感情を示す姮娥(こうが)や狐丸は、見ていて面白かった。

(消すのは、惜しいな……)

 柄にもなく、そんな事を思う。


 一方、狐丸はというと、澄真(すみざね)の傷口に塗られた薬のせいで、多少の痺れが廻って来たらしい。時折唸りながら、澄真(すみざね)の治癒に力を注いだ。

「狐丸! だから、やめろと言っているだろ!? 天雄は痺れを伴う。分かるだろっ!?……っ、吉昌(よしまさ)さまっ! この鬼火、どうにかならないのですか……!?」

 必死なのは、なにも姮娥(こうが)だけではない。蒼人(あおと)もまた、狐丸の暴挙を止めようと、焦っている。


「ふむ。ここにも、面白いモノがいる……」

吉昌(よしまさ)さま……っ!」

 非難がましく蒼人(あおと)が叫ぶ。

「っ! ……何もなさらないのなら、澄晴(すみはる)さまへ、そう報告致しますっ!!」

 ぴくり……と、吉昌(よしまさ)の肩が震えた。


「……報告」

「そうです! 知りませんからね、章親(あきちか)がどうなっても!!」

 甥の名前が出て来て、吉昌(よしまさ)は顔をしかめる。

「……。それは困る」

「では、どうにかして下さいっ!!」

 しかし面白そうな状況。吉昌(よしまさ)は見ていたかった。


「……あれは、薬だ。害はない」

吉昌(よしまさ)さまっ!」

 ギロリと睨まれて、吉昌(よしまさ)は溜め息をつく。

「……分かった。分かったから、そう睨むな」

 仕方ない……といった残念そうな表情で、吉昌(よしまさ)は渋々印を結んだ。軽く両目を閉じる。


「オンアロリキャソワカ オンアロリキャソワカ オンアロリキャソワカ……。……ん?」

 唱えつつ、吉昌(よしまさ)は片目を開け、鬼火の様子を確認した。

 途中から、手応えがなくなったのだ。


 覗き見ると、鬼火の威力は薄くなり、今にも消えそうなほど弱々しげに揺らめいた。

「……」

 吉昌(よしまさ)は印を解くと、あげていた手を下ろす。

 真言を唱えるまでもない。鬼火は狐丸が倒れると共に、完全に消失してしまった。


「! 狐丸さまっっ!」

 姮娥(こうが)が走りよる。

 狐丸は澄真(すみざね)の胸の上に頭を預け、低く唸りながら、目を閉じていた。


「……う、」

 澄真(すみざね)が薄く目を開ける。

澄真(すみざね)さま!」

 今度は蒼人(あおと)澄真(すみざね)の名を呼ぶ。

「あ、……蒼人(あおと)……?」

 気だるそうに名を呼び、辺りを見廻す。

「……吉昌(よしまさ)……さま、も……?」

 痛む頭を抱えて、何が起こっているのか、澄真(すみざね)は必死に考えた。

(そう……だ、陰陽寮(おんみょうりょう)で、私は倒れて……)


 けれど、指の間から見える風景は、陰陽寮ではない。見知った蒼人(あおと)の家でもない。

(ならば、吉昌(よしまさ)さまの……屋敷……?)


 澄真(すみざね)の記憶には、吉昌(よしまさ)から妙な薬を塗られて、痺れたところまでは覚えている。その後の記憶はないが、状況から察すると、その後倒れた澄真(すみざね)吉昌(よしまさ)が、自宅に連れ帰ったのだろうと思われた。


(おそらくは、……薬の解毒剤が、自宅にしかなかったのだろう……)

 痛む頭を抱えながら、澄真(すみざね)は思う。それ以外に、自分が吉昌(よしまさ)の屋敷にいる理由が思い浮かばなかった。


 けれど吉昌(よしまさ)ほどの者が、傷薬を間違えるなど有り得ない。なにか底知れぬ陰謀のようなものを感じ、澄真(すみざね)の背筋がゾワッとなる。ひどく痛む頭が、警鐘を鳴らしているようにも思えた。


(……長居は無用だ)

 咄嗟にそう思い、身を起こそうとした。


「……ん、重……い……?」


 思うように起き上がれず、澄真(すみざね)は自分の上に乗っかっている()()を見た。


 白銀の下げ美豆良(みずら)に、ふわふわの白いしっぽ。澄真(すみざね)はハッとする。

「 ……な、狐丸!?」

 自分の上にのしかかる人影を認めて、澄真(すみざね)は青くなる。

「狐丸!? 狐丸、どうしたんだ!?」


 どうにか起き上がり、狐丸に手を伸ばした。

 ひどく、嫌な予感がする。


 自分の血の気が引く音に、澄真(すみざね)は軽い目眩を覚えた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 17/21 >>> 蒼人あおとは青くなる。  ここ不意に吹いた [気になる点] >>>「……誰も来ないで……」  ここ絶対いい声ですようふふのふ [一言] 愛ですね、愛を感じます
[良い点] 狐丸のこの感じ、なんか分かりました。「後先考えず、可愛い」という点に関する感覚の違いです。 もし、私なら、吉昌に会った瞬間、喉笛を噛み切る狐丸を書くと思うのです。 多分、幼さみたいな要…
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