表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第二章 奪還
16/92

使者の書簡


 ──カ……、コン……。




 鹿威(ししおど)しが鳴った。


 ふいに濡れ縁に、人の気配がした。

 三人は、パッとそちらの方を見る。見ればそこには侍従がいて、静かに頭を下げた。

吉昌(よしまさ)さま。使者をお連れ致しました……」

「あぁ、通せ……」

「は」

 従者が静かにそう返事をし、ススス……と身を引いた。


 侍従が下がると共に、薄青色の衣をまとった若者が現れた。若者は静かに身を屈め、御簾(みす)をくぐり抜けて、室内へと入って来る。


 手慣れたその所作は綺麗で、その流れるような動きに誰もが目を奪われた。

「!」

 狐丸は目を丸くする。


 ふわりと春の風が吹き込んだ。

 風が使者のその見事な黒髪をなびかせると、品の良い(こう)のかおりが室内へと拡がった。使者はゆっくりと、辺りを見廻す。


「……」

 吉昌(よしまさ)は頭を抱える。



 使者は状況を確認すると、おもむろに口を開いた。


「あ……れ? 狐丸? どうしてここにいる……?」


 使者に尋ねられ、狐丸はパクパクと口を開閉する。

 吉昌(よしまさ)は唸りながら、口を開いた。


「あぁ、そうだった。キミにはここへ来ていいと言っておいたな……。あまりにも遅いから、すっかり忘れていたよ……」

 吉昌(よしまさ)の言葉に、使者……蒼人(あおと)が不愉快そうな声をあげた。


「お言葉ですが吉昌(よしまさ)さま。私はあくまで()()()()()使()()。私を《蒼人(あおと)》として見てもらわれては困ります……!」

 ムッとして蒼人(あおと)は、吉昌(よしまさ)を睨む。

 吉昌(よしまさ)は、苦笑いをしながら、蒼人(あおと)を見る。


「あぁ、分かっているよ。……そもそも澄真(すみざね)に危害を加えようとは、コレっぽっちも思っていない。……狙いは……」

 小さく囁いて、吉昌(よしまさ)は狐丸を見る。

 狐丸は相変わらず目を白黒させながら、二人を交互に見ている。


 蒼人(あおと)は、眉を寄せた。

「……狐丸……?」

 蒼人(あおと)の言葉に、吉昌(よしまさ)の表情が緩む。

「狐丸……というか、《妖怪》だな」

 ハッキリと答えた。


「出来れば、奴らを消したいのだが、いかんせん力が強くてな……ほら、床がボコボコしているだろ……?」

「え? ……ええ」

 言われて蒼人(あおと)は床を見る。


 言われなければ気づかなかった。

 床がやけに波打っていたが、一目で分かるほどボコボコしているわけではない。言われなければ……手で触れなければ、分からないのではないかと言うほどの(いびつ)さであった。

 吉昌(よしまさ)は続ける。


「実はさきほど、一戦交えてな……」

「え……?」

 蒼人(あおと)は心なし青くなって、目を見張る。

 なんて事してくれるんだ……と言いたげな顔で吉昌(よしまさ)を睨み、狐丸の様子を伺った。

 しかし、そんな心配をよそに、狐丸はただただ使者としての蒼人(あおと)の出現に、驚いて目を白黒させているばかりだ。


「狐丸……」

 蒼人(あおと)は、哀れみの目で狐丸を見る。


 妖怪嫌いの吉昌(よしまさ)と一戦交えたというからには、酷い目にあったかも知れない。吉昌(よしまさ)陰陽頭(おんみょうのかみ)。力は随一である。

 蒼人(あおと)は心配になって、狐丸に怪我がないか一通り遠目で確認し、ホッと溜め息をついた。怪我はないようであるし、元気であるように見えた。


「……」

 そんな蒼人(あおと)吉昌(よしまさ)は肩をすぼめつつ、呆れた声で言った。


「君は、私の心配はしてくれないのかい? 結局のところ、私はほとんど、手も足も出なかったのだよ? 危うく()られるところだった……」

 参ったと言わんばかりのその言葉に、蒼人(あおと)はカッとなる。


「な、何を言ってるんですか……っ、狐丸はあの白狐なのですよ! 敦康(あつやす)さまの(めい)をご存知ないとは言わせませんよ……!?」

 狐丸たちに聞こえないように、蒼人(あおと)は声をひそめ怒鳴りつける。

 上司に対して、この言い草はないのだが、正直蒼人(あおと)も腹に据えかねていた。

 好意を寄せる相手……澄真(すみざね)に毒を擦り付け、あまつさえ自分の目の前で、かっさらって行ったのだ。狐丸の味方こそすれ、吉昌(よしまさ)の味方などしたくもなかった。いっそ()られてしまえ! とすら思っている。

 その様子を、姮娥(こうが)(いぶか)しげに目を細めながら、見ていた。


「……。あぁ、ちゃんと知っている」


 睨む姮娥(こうが)を横目で見ながら、吉昌(よしまさ)が呟く。

「しかし、それとこれとは、話が別だ。……人の害になるモノは排除しなくてはならないからな……」

 静かに……そして、淡々と吉昌(よしまさ)は答える。

「……っ」

 蒼人(あおと)は解せない。


「な。何を仰っているんですかっ! 狐丸は、そんなモノではないと、先刻申したはずです!」


 確かに、澄真(すみざね)の傍に、力の強い妖怪がいるなど、蒼人(あおと)にしても心が休まらないのは事実なのだが、一晩一緒に過ごして、それは杞憂(きゆう)なのだと、思い知った。


 そもそも、()()()()()程の憎しみを、狐丸は持ち合わせていない。

 人を玩具(おもちゃ)として、適当に扱う……ということもないし、食料に……とも思っていないようだ。そうであるならば、一晩泊めた時に何らかの行動をとってもいいはずだ。しかし狐丸は、その様なことはしなかったし、ましてやそんな気配すら出さなかった。

 あの時の狐丸は傷つき、弱っていて、おそらく力をつけたい……と思っていたはずだった。だからこそ何もしなかった狐丸が、無害だというその説明に、一応の説得力があった。


「……」

 吉昌(よしまさ)は、溜め息をつくと、軽く頭を振った。


「それは()()見解だろ? 私は私の見解を自分で出す。ほかの者の意見には、左右されたくない……」

「いやいや、そういうわけにもいかないでしょう? 藤見の宴……あれはいつですか? 確か、……あ、明日ではないですかっ? 狐丸も参加するのでしょう? いがみ合って、御前に上がるなど、不敬にも程があります……っ」

 蒼人(あおと)は喰ってかかる。


「そもそも、吉昌(よしまさ)さまが、澄真(すみざね)さまに妙な薬を塗り込むのが間違いなのです! おおかた狐丸がどこかで覗いていたのでしょう。……私も気が気じゃなかったのですから、狐丸が怒るのも無理からぬこと」

 狐丸を擁護するつもりはないが、いつも冷静な吉昌(よしまさ)らしからぬ行動に、蒼人(あおと)も憤りを隠せない。


「何故、このような暴挙に出られのですか? 吉昌(よしまさ)さまらしくもない……」

 蒼人(あおと)は眉をひそめ吉昌(よしまさ)を見る。



 本来、吉昌(よしまさ)は陰陽頭という立場のためか、自分から行動することはあまりない。

 余程他の陰陽師の手に負えない事案であったり、重要事項で失敗が許されない時は別として、普段は指示とまとめ役に徹している。

 何も言わずに自ら動いたこの出来事に、蒼人(あおと)は多少面食らっていた。


「……」

 吉昌(よしまさ)は顔をしかめる。


 吉昌(よしまさ)吉昌(よしまさ)で、部下に《悪霊の珠》の存在を知らせたくなかった。

 悪霊の珠が取り込む魂は、《幼子》とされているが、事実は定かではない。もう随分と昔の代物で、吉昌(よしまさ)の父ですら、現物を見たことがない。文献だけを鵜呑みにして、手酷い痛手を受けたことは、一度や二度ではない吉昌(よしまさ)にとって、《悪霊の珠》は用心すべき呪物なのである。

 万が一、力のある陰陽師が取り込まれれば、目も当てられない。


「……ここでは、説明は出来ない。ひとまず、私の()()は……多少の問題は起きたが、一応は達成された……」

 吉昌(よしまさ)は呟く。


「……達成……って……」

 呻きながら蒼人(あおと)吉昌(よしまさ)を見た。


「君は君で、黙って自分の()()を果たせばいいだろう? 使者としてここに来たのだろう? 澄晴(すみはる)さまの名代として、な……。澄晴(すみはる)さまは、私にいったい何用なのかな……?」


 とぼけたように言う吉昌(よしまさ)に、蒼人(あおと)は深く溜め息をつくと、持って来ていた書簡を手渡した。


「……どうせ、内容もご存知でしょう? 確実に澄真(すみざね)さまを返して頂くために、澄晴(すみはる)さまに私が頼んだのですよ……。一筆書いてくださいと……」

「一筆? ……よく、あの澄晴(すみはる)さまがそこまでしてくれたな……」

 眉を寄せ、手渡された手紙を吉昌(よしまさ)は、くるくると開く。

(それほど蒼人(こいつ)を気に入っているということか……?)


 吉昌(よしまさ)は、書簡に素早く目を走らせ、手紙を読んでいく。

 時折、少し顔を青ざめさせ『うぐっ』と唸った。そして、読み終わった後、その手紙をぐしゃっと握りしめた。


 顔色が、ひどく悪い。


「……分かった。どちらにせよ、澄真(すみざね)は返すつもりだったしな。まだ薬の効力は消えないかも知れないが、じき目覚めるはずだ」

「本当……!?」

 吉昌(よしまさ)の言葉に、逸早(いちはや)く反応したのは、狐丸だった。


 蒼人(あおと)の出現に驚いてはいたが、《澄真(すみざね)》の名を聞いて、正気に戻ったらしい。蒼人(あおと)は苦笑する。

「狐丸……ここは、陰陽師の棟梁である陰陽頭の屋敷なのだぞ? 妖怪が来るべきところではない」

 困った顔で狐丸を諭した。


 その言葉に、狐丸は耳を伏せる。


「だ、だって、だってだって! 澄真(すみざね)(さら)われたんだよ! 僕、助けなくっちゃって思って……! ぼ、僕のせいで澄真(すみざね)、怪我をしちゃったんだ。だから治してあげようと思って来てみたら、何だか凄いことになっていて……」

 しゅん……と項垂れる。


 そんな狐丸の頭の上に、ぽんぽんと手を乗せると、蒼人(あおと)は軽く笑って答えた。

「お前に何かあったら、澄真(すみざね)さまが心配をする。無茶はするな」

「……うん」

 狐丸はそう言って、素直に頷いた。


 先程とうって変わり、見た目通りの幼子のようになってしまった狐丸を見て、今度は吉昌(よしまさ)は少々面食らう。


「……さっきと雰囲気が、全然違う……」

 唸りながら、付き添いで来ている姮娥(こうが)を見た。

「……」


 姮娥(こうが)はいつの間にか濡れ縁にいて、何事もなかったかのように大人しく座っている。

(……。妖怪めぇ……)

 変わり身の早さに、吉昌(よしまさ)は歯噛みする。

(しかしここは大人しくした方が良さそうだ……)

 そう思い、大きく溜め息をついた。


 さきほど握りしめた、澄晴(すみはる)からの書簡を見る。

 そこには、こう書かれていた。



吉昌(よしまさ)どの。この度は、愚息がお世話になったとの事。大変申し訳なく、また有り難く思っております。しかしいつまでも、貴方さまの手を煩わせるわけには参りませんので、使者に立てたこの蒼人(あおと)にお返し下されば、こちらで対応致します。あ、そうそう。この前章親(あきちか)さまにお会いしました。良い甥御さまであられますね。我が愚息共々、是非お近付きになりたいものです。──それでは、また。』




 ──お近付きになりたい……。




(その一言には、悪意しか感じられない……っ)


 章親(あきちか)吉昌(よしまさ)の兄の子で、今年十七になる。

 今はまだ蒼人(あおと)と同じ陰陽生(おんみょうのしょう)だが、その素質は優れており、将来有望である。余計な横槍を入れられるのは、正直さけたいところだ。


 吉昌(よしまさ)は青くなりながら、蒼人(あおと)と狐丸に向き直る。

「……。澄真(すみざね)は、こっちだ……」


 そう言って、素直に澄真(すみざね)の休む部屋へと案内したのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 16/17 ・どうもどうもの青い人!? お久しぶりでございまし [気になる点] 幼子、ふふふ、何故か反応する私 [一言] 雰囲気が変わる、バカップルになります狐さん?
[良い点] なるほど、蒼人に助けさせるのかな? と、見せて……を期待しております。 [気になる点] 16、17部分、タイトルが違うので、2部分同時リリース? と思ったのですが、中身は同じみたいです。1…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ