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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第二章 奪還
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狐丸の制止

 姮娥(こうが)の攻撃を紙一重で躱し、安堵の溜め息をつく吉昌(よしまさ)とは逆に、仕留め損ねた姮娥(こうが)は、的を外し不機嫌になっている。

 ギリッっと眉間に皺を寄せ、吉昌(よしまさ)を睨んだ。

 既にその風貌は、人の()()とは、かけ離れている。


 美しい顔に似合わない、横長のその不気味な瞳が吉昌(よしまさ)を鋭く睨む……!


「うぐ……」

 睨まれて吉昌(よしまさ)は、その醜悪さに呻いた。

 まさか、酸を吐けるとは、思ってもみない。


(付き人と思って、甘く見ていた。……()()も、それなりの力を持っている妖怪じゃないか……!)

 ガリッと下唇を噛んだ。


 こうなると状況は変わる。

(このままだと、殺られる……)

 ゾクリと悪寒を感じ、吉昌(よしまさ)は身震いした。距離を置くために、少し後ずさる。


 ついでに護符の確認をした。

 自宅にいるということと、表の紙人形で捕まえられると、高を括っていたが為に、あまり持ち合わせていない。思わぬ誤算に吉昌(よしまさ)は歯噛みする。


(これは、やばい……な……)


 未だミサキは帰ってこない。

 ミサキは風の眷属である。遅いはずがない。むしろ速いのがうりだ。

 ミサキだけではない。侍従たちもそうだ。

 ここまで派手に暴れたのだ、誰も気付いていないということはないはずだ。

(いや、待て。……もしかするとこの鬼火……)


 吉昌は視線だけで、辺りを見廻し、状況を判断する。


 部屋全体を囲むこの鬼火。

 外部からの侵入を防ぐ、ただの結界だと思っていた。

(もしかしたら、中の音を()()()()()()()()()()()()!?)


 確かにそれは、効率がいい。

 中の音が聞こえなければ、何が起こっているか分からない。

 だから誰も来ない。

 いや、()()()()()()()()……!


「……」


 となれば、外部からの手助けは挑めそうもない。

(……しかし、それはあくまで推測だ)

 現に外の音は聞こえてくる。


 先ほど、鹿威(ししおど)しの音が聞こえていた。

 少なくとも、()()()()()()()()()()

 完全に外部から、遮断されているわけではない。

(どうにか、この鬼火を消せれば……)

 吉昌(よしまさ)は考える。

 しかし、何も思い浮かばない。


(……。これまでなのか……)


 吉昌(よしまさ)が諦め、護符でどうにか最期の足掻きでもしようかと考えていた時、狐丸が口を開いた。




姮娥(こうが)。傷つけちゃ駄目だ……」




「!?」

 狐丸の言葉に、吉昌(よしまさ)は目を見開く。

 狐丸の言葉は、ひどく静かだった。

 その静かさが、吉昌(よしまさ)は意外だった。


(……何故、そこまで冷静なのだ? 確かに私は追い詰められてはいるが、陰陽師なのだぞ? ただの人ではないのだぞ? 陰陽師として力があったとしても、所詮人は人。妖怪にとっては、取るに足らぬ存在……だと言うことか……?)

 吉昌(よしまさ)は自嘲気味に笑う。悔しさよりも、侮られた自分の不甲斐なさに歯噛みする。

(そのつもりはなかったが、子どもと思って侮っていた。とんだ誤算だ)


 確かに追い詰められていることは事実で、吉昌(よしまさ)は半分諦めかけている。しかし、このように舐められては陰陽頭としての立つ瀬がない。どうにかして、一矢報いてやりたいものだと吉昌(よしまさ)は考える。


 吉昌(よしまさ)だけではない。当然、姮娥(こうが)も驚いて、狐丸を見た。その目から、先程の殺気が一瞬にして消える。

「き、狐丸さま!? 何をおっしゃいますの? そやつさえ消せば、それで終わりでございましょう?」

「……」

 吉昌(よしまさ)もそう思った。思ったからこそ、狐丸の言動に驚いたのだ。


 しかし狐丸は首を振る。


「ううん。終わらないよ。だって、澄真(すみざね)が怒るもの……」

 悲しげに呟いた。


「お……怒る……?」

 姮娥(こうが)が聞き返す。

 その問に、狐丸は頷く。


「うん。そいつ……悔しいけど、澄真(すみざね)()()だし……」

「な、仲間……? い、いえ、狐丸さま!? こやつは澄真(すみざね)さまを攫ったのでございますよ? 毒を盛ったのでございます! 狐丸さまは知らないのかも知れませんが、天雄(てんゆう)ですよ? 猛毒なのです……! 毒を仲間に盛る者などおりませぬ! こやつは澄真(すみざね)さまの仲間ではございませぬ……!」


「……」

 吉昌(よしまさ)は軽く目をつぶる。


(そうだ。そうなのだ。私は澄真(すみざね)に、毒と分かっているものを擦り込んだ)

 確かに薬として無害ではある。あるが、まだ実用に向いていないのも事実。人に試すべき薬ではない。


 けれど狐丸は、静かに頭を振る。


「ううん。違うよ。そう思ってるのは()()()だろ?」

 そう言って、吉昌(よしまさ)を見る。その目は憂いに満ちて、今にも泣き出しそうだ。

「だけど、()()()そう思っていない。僕たちが思っていることが大切なんじゃなくて、()()()()()()()()()()()……なんだよ。分かる? 姮娥(こうが)……」

 ゆっくり、姮娥(こうが)を見た。


 姮娥(こうが)は、嫌々をする子どものように、頭を振る。

「わ、分かりません……。分かりませんわ、狐丸さま! 今なら討てる。今なら、この憎き吉昌(よしまさ)を殺れるのでございますよ!」

 言うが否や、キッと吉昌(よしまさ)を睨み、襲いかかった……!


「! 姮娥(こうが)……!」




 ──シャッ……!




 目にも見えぬ早業で、姮娥(こうが)の舌が、吉昌(よしまさ)を捕らえようとした! 吉昌(よしまさ)は気づくが、動けない! 一歩あとずさるのが精一杯だった。


(……人の速さじゃない! 対処出来ぬ……!)

 もうダメだ! と固く目を閉じた。


 姮娥(こうが)の舌が、吉昌(よしまさ)に触れるか触れないかのその刹那、ひゅっと何が空を切った。




 バシ……ッ。




「!?」

 異変を感じ、吉昌(よしまさ)は眉間に皺を寄せつつ、目を開ける。

(……な、に……!)


 飛んで来たのは、狐丸のしっぽだった。姮娥(こうが)の舌を、いとも簡単に叩き落としている。

「!?」

 吉昌(よしまさ)は目を見張り、狐丸を見た。


「……ダメだと言ってる、だろ……?」

 姮娥(こうが)の舌を弾き飛ばした後、狐丸は低く唸る。

 背後に、青黒い鬼火が(くゆ)る。


「し、……しかし」

 姮娥(こうが)は狐丸の怒りを感じ、後ずさる。


 姮娥(こうが)吉昌(よしまさ)相手に手を抜いているわけではない。本気で取りに掛かっているのにも関わらず、躱される。

 今は狐丸がいるからこそ、吉昌(よしまさ)の集中を分断しここまで追い詰めてはいるが、一対一ともなれば、どうなるかは分からない。吉昌(よしまさ)だけでも手こずるのに、その上狐丸までも敵対すれば、勝てる見込みなどあるはずもなかった。姮娥(こうが)は尻込みする。


 一方、吉昌(よしまさ)にとっては、これは好機の到来。

(仲間割れ……いや、妖怪に()()など、存在せぬか……)

 薄く笑うと、護符を一枚懐から出した。


 今、狐丸は吉昌(よしまさ)に背を向けている。救おうとしたのだから当たり前だ。

 そして、無防備でもある。

 狐丸は攻撃をしかけた姮娥(こうが)から、目が離せないでいる。仲間だと、想いが通じていると思っていた相手が、実はそうではなかった時、誰でも動揺するものだ。ましてや自分勝手な妖怪のこと。そう簡単には許さないだろう。

 吉昌(よしまさ)は、ほくそ笑む。

(今が好機……!)

 先程の状況からすると、狐丸は炎をそれなりに嫌うのだろうと、吉昌(よしまさ)は目星をつけ、()()の攻撃を用意する。


 護符を掲げた事に気づいた姮娥(こうが)が、臨戦態勢をとる!

 臨戦態勢をとった姮娥(こうが)に狐丸は、ギュッと目を細め睨む。


 吉昌(よしまさ)は、静かに護符を構え発動の準備を整えた……。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 狐丸の「甘さ」で形勢逆転か? それとも、それを上回る強さかっ? こういうのいいですね。 [気になる点] カエルの瞳って縦長では?
[良い点] 12/12 ・よしあきさんの心情おもしろ! これが人間 [気になる点] 奇襲は、なんとなく失敗しそう [一言] 狐丸やっぱいい人
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