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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
第二章 奪還
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妖狐の力

 狐丸のしっぽに絡め取られ、吉昌(よしまさ)は唸る。

「な、なにを……!」


 必死に抗ったが、狐丸の二本の尾にガッチリと固められ、身動き一つ出来ない。

(油断した……!)


 心の底から、人間だと思い込んでしまった。

(幼い子どもが泣いているからと、簡単に(ほだ)されてしまうとは、不覚もいいところだ……)

 吉昌(よしまさ)は歯噛みするが、既に後の祭り。こうなっては、どうしようもない。

 何もかもが後手に廻り、自分の不甲斐なさに溜め息すら出ない。


「なにが狙いだ……!」

 ギリッと狐丸を睨んだ。



「《なにが狙い》……?」

 解せない……と言ったように、狐丸は呟く。



 さきほどまで、あんなに儚げに泣いていたのに、今やその目には冷たい色が渦巻いている。


 漆黒だった瞳の色は、徐々に金を帯び、まるで何もかもを見透かすかのようだ。

 濡れ羽色のそのサラサラの髪も、少しずつ月のように淡く輝きだし、純白へと色を染めた。いつの間にかその頭には、ぴょこり……と狐の耳が顔を覗かせている。


 確かに幼い風貌の白狐なのではあるが、さきほどまで対峙していた、人間の幼子とは似ても似つかない。同一人物だとは思えないほど、今の白狐は禍々しい気配を醸し出していた。


 金に染め上げだその瞳は、細く針のように尖り、ギリッと吉昌(よしまさ)を睨む。


「なにが狙い……とか。それって、僕のセリフだよね……?」


 冷たく言い放ち、吉昌(よしまさ)を射抜く。

 ゆっくり吉昌(よしまさ)に擦り寄ると、その首に指を這わせた。白く鋭い爪がキラリと光る。


「何故、澄真(すみざね)を連れ去ったの? 怪我なら、僕が治せる。お前が治療しなくても、僕が出来る」

 言いながら、狐丸は吉昌(よしまさ)に顔を寄せる。


 整った顔立ちの幼子が、その容姿とは裏腹に、全てを凍りつかせるような冷気を放ちながら吉昌(よしまさ)を睨みつけてくる。


 ぞわりとした感覚が、吉昌(よしまさ)の背筋を逆撫でする……。

 狐丸はそんな吉昌(よしまさ)に、囁くように囁いた。

「あのねぇ……、ここに来てから何回も言ってるんだ。聞いていないわけないよねぇ? 澄真(すみざね)()()()……って、さぁ……」

「!」

 ゾクッとするようなその鋭い視線に、吉昌(よしまさ)は身動きが取れない。


 頭で分かっていても、抗えない力……。



 吉昌(よしまさ)は身を強ばらせた。

 陰陽師である吉昌(よしまさ)は知っている。



 妖狐の妖力の一つである、《蠱惑(こわく)》──。



 妖狐が使う、妖怪としての力……。

 相手を魅了し、惑わせ、(たぶら)かす力。


 知ってはいても、実際目の当たりにする機会は少ない。

 以前受けた妖狐の蠱惑は、このようなモノではなかった。力を込めて抗えば、すぐに外れてしまうようなモノばかりだった。

 それは単に、普通の()ではない吉昌(よしまさ)の力のなせる技ではあったのだが、今は抗える自信がない。あの時のキツネは、実は本気ではなかったのでは……そんな風に思ってしまうほど、狐丸の()()は尋常ではなかった。


 目を合わせれば、全てを投げ出して、狐丸の言葉に()()()()()()。抗うことは、最大の罪であるとしか思えない。その手に触れられたい……。

(……いっそ、食べられてもいい……)

 吉昌(よしまさ)は一瞬、本気でそう思い、ハッとする。


(だ……ダメだ。術中に嵌る……)

 慌てて目を逸らすが、支配されている気配は未だになくならない。

 震える手で、自分を掻き抱いた。



 狐丸の()()は、他とは違う……。


 目線を合わせなくとも、その雰囲気や発する匂いで相手を簡単に魅了する。

 これほどのモノがあるとは、吉昌(よしまさ)も夢にも思わなかった。


 陰陽師として訓練され、妖怪の甘言には絶対負けない自信があったのにも関わらず、心は動揺し、息があがる。

 苦しくなって、思わず、震えるように溜め息をついた。



「ねぇ……返して……」




 吉昌(よしまさ)が吐き出す息と共に、耳元で狐丸が囁く。




 ──ゾクッ……。




 後ろから抱きつかれ、耳元で囁くその声は酷く甘くて、官能的な響きを含んでいた。

(あぁ……頭が、ボゥ……と、なる……)


 呑まれそうなその囁きに、そのまま身を委ねたくなった。

「……っ、」

 必死に頭では抗いつつも、体が言う事をきかない。


(澄真(すみざね)も……、コイツの蠱惑に、取り憑かれたのか……?)


 そんな疑問が頭をよぎるが、そんなわけはない。取り憑かれた者くらい、自分は見分けられるだろ……、と吉昌(よしまさ)は自分に言いきかせる。


(いや、そんな事より、この状況だ……)

 どう打破すればいい?


 考えるが、妖狐の蠱惑が心地よく、何も考えたくない。

(……このまま、溺れて……いたい)

 思考を手放そうとしたその瞬間──。




吉昌(よしまさ)さま……!』




「!」

 頭に響くような、その声にハッとする。




 ──ミサキ……!




 一気に意識が戻り、歯噛みする。

(自分は、何をしていた!?)

 ズキズキと痛む頭を抱えた。


(危うく白狐の蠱惑の術中にハマる所だった……)


 ミサキにとんだ醜態を見せてしまったことに、軽く後悔する。しかしミサキが現れた事で自我が保てたのだ。吉昌(よしまさ)はホッと息をついた。



 ──助かった。感謝する。



 心の中でそう呟くと、ミサキは嬉しそうに微笑んだ。


『いいえ。吉昌(よしまさ)さまのためならば、この命、捧げようとも悔いはございませんもの……』

 ふふふと笑う。


『けれど、このキツネ……、ミサキは嫌いでございます……!』


 珍しく腹を立て、狐丸を睨んだ。

 どうやら狐丸は、ミサキの姿が見えていないようだ。ミサキを見ることなく、虚空を見つめ、何やら考えている。


 その前をミサキが憎々しげに、フラフラと飛びすさる。

 見えないから目が合わないのだろうが、ミサキはそれが我慢ならない。殺気を隠すことなく、狐丸を挑発した。



「……」

 吉昌(よしまさ)は少し驚く。


 ミサキはあまり感情を表に出さない。だからこそ不気味で、無理やり式鬼(しき)に堕ちたミサキを嫌悪していた。


(そんな感情もあるのだな……)

 何故勝手に出てきたのか、吉昌(よしまさ)には理解出来なかったが、仲間が増えたことに変わりはない。吉昌(よしまさ)は純粋にその事を喜び、対策を練る。



 ──ミサキ、この白狐を何とか出来るか……?



 吉昌(よしまさ)は尋ねる。

 するとミサキのムッとした声が戻ってきた。


『いささか、難しくはございます……!』

 ミサキは唸る。

『白狐と吉昌(よしまさ)さまの場所が、近うございますゆえ……』

 ギリギリと歯ぎしりが聞こえた。

 ミサキの術は()()。術を展開すれば、近くにいる吉昌(よしまさ)に当たってしまう。

 妖怪の白狐であればいざ知らず、人間の吉昌(よしまさ)が耐えられるわけがない。だからミサキは、先程から手を出せず、ウロウロと二人の廻りを廻ることしか出来ないでいた。


 二人の廻りを廻る度に、ミサキの気配が濃くなる。正直、吉昌(よしまさ)も当てられそうだ……。

 どうやらミサキは、相当怒っているようだった……。





 ──な、ならば、あの侍従は助けられるか?



 ミサキは式鬼。

 本来なら、とばっちりを受けて吉昌(よしまさ)が危害を加えられることはないだろう。しかし、ミサキが操るのは(やまい)。どこへ飛んでいくか分からない。下手に刺激して加減が出来なければ、吉昌(よしまさ)でもタダでは済まされないだろう。

 そんな心配をしながら、吉昌(よしまさ)は尋ねた。


『……』


 しかし明らかに、ミサキは不服の色を示した。

 侍従ではなく、狐丸の蠱惑にハマりかけた吉昌(よしまさ)の方を先に助けたい風であった。


 けれど溜め息をついて、ミサキは答える。

『……できますわ』


 しかし声は小さい。

 吉昌(よしまさ)は、安堵の息を漏らす。



 ──良かった……。ならば、侍従を助けよ。



『……。お心の……』


 不愉快の色たっぷりに、ミサキが答えようとしているその最中に、狐丸が素早く顔を上げ、姮娥(こうが)に向けて言葉を放つ。


姮娥(こうが)。伝言を伝えられない従者など必要ない。遠くへ投げ捨ろ……」

 言うや否や、姮娥(こうが)は返事をしながら舌をしならせた。


「分かりましたわ」




 シュッ──!




 狐丸に畏れを抱き始めた、姮娥(こうが)の行動は速い……!


 狐丸の言葉が終わらないうちに、姮娥(こうが)は侍従を投げ捨てた。


 垂れ下がった御簾(みす)が、バリバリと音を立て、従者に絡みつき、そのまま侍従は庭に放り出された。姮娥(こうが)が、思いっきり舌をしならせたが為に、御簾に絡め取られた侍従は、驚くほどよく飛んだ……!




「う、うわあぁぁあぁ……っ!!」




 侍従の情けない叫びが、屋敷中に響き渡った。


「なっ!?」


 焦ったのは吉昌(よしまさ)だ。

 侍従は人間。

 叩きつけられれば、タダでは済まされない。


「……っ、ミ、ミサキ……っ!!」

 思わず唸って、ミサキに顔を向ける……!


『! 心得ています……っ』

 素早く返事をし、ミサキは空を駆けた。




 ──シュン……!




 ミサキは風のように駆け抜け、風の盾を作り、侍従を覆う。

「ひぐ……っ」

 落ちていく衝撃に、侍従が悲鳴をあげる。




 ──ガチン……ッ。




 庭の飾り岩に激突する寸での所で、ミサキの術が形をなした。

 危ういところだった……。

 吉昌(よしまさ)は、ホッと安堵の息を吐いた。


 しかし、安心したのもつかの間……狐丸が動いた……!





 ゴオォォオォォ……。




 口から濃藍(こいあい)色の禍々しい鬼火を四方に吐き出し、結界を張る!

 吉昌(よしまさ)は、目を見張る。

(……!? まさか、ミサキが視えて……?)


 しかし、そんなはずはない。

 確かに、狐丸は視えない素振りを見せていた。視えていたのなら、ミサキからあれだけ挑発されたのだ。手を出さないはずはない。


 吉昌(よしまさ)は、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「……」

 そんな吉昌(よしまさ)を狐丸はゆっくり()めつける。




「これで、僕たちだけ……」


 言って笑う。

「もう、誰にも邪魔されたくない……」



 そう言って吉昌(よしまさ)を見るその目には、何の情も見い出せなかった。


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[良い点] 10/10 ・おうふ、ガチで奪いにかかってる [気になる点] 後頭部殴ればかてるで [一言] 感情ないのすごい
[良い点] あら、狐丸、いつの間にか、メッチャ強くなってませんか? 正攻法は、自信があったということかな? [気になる点] 「蠱惑」。前に、悩んでいたヤツかな。洗脳ぽい感じ?
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