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月の手毬(月星雪✻②✻)下巻  作者: YUQARI
序章 玉兎の想い
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『あーあ。仮病なんて使わなければ、良かったですねー』

 ボーッとしながら玉兎(ぎょくと)は呟く。


『は? 仮病!? 玉兎(ぎょくと)? 今、仮病って言ったか!?』

 血相を抱えて聞き返す鉄鼠(てっそ)に、玉兎(ぎょくと)は慌てて口を塞ぐ。

『むぐっ……。い、言ってません。言ってませんよ! 鉄鼠(てっそ)!!』


 しかし鉄鼠(てっそ)は、疑い深そうな目で、じっと玉兎(ぎょくと)を見る。

『いや。確かに聞こえたぞ……玉兎(ぎょくと)、お主、仮病だったのか? いやむしろ、仮病など使わなかったなら、一緒に行けたのだぞ!?』

 信じられないと言った様子で、鉄鼠(てっそ)が睨む。


 睨まれて玉兎(ぎょくと)は自分の耳を掴んだ。

『す、すみません……』

 ポロポロと涙を零した。


『け、けれど、私はもう狐丸さまから、離れたくなかったのです……』

 耳を伏せながら、玉兎(ぎょくと)は呟く。

 けれど、それだけでは、鉄鼠(てっそ)は理解出来ない。

 一層怒って、口を開く。


『だから、それがおかしいのではないか! 離れたくないなど言うが、現に今離れているではないかっ! 泣いてもダメだぞ! 玉兎(ぎょくと)はスグに泣いて、うやむやにするのだからなっ!』

『う……』

 ギュッと長い耳を両手で握りしめ、玉兎(ぎょくと)は唸る。


 けれどいつも泣いている玉兎(ぎょくと)ではない。

 今回ばかりは後悔しているのだ。

 本当はついて行きたかった。

 けれど、足でまといになるのは、目に見えている。

 我を貫き通すことも出来なかった。


 体調が悪かったのも、嘘ではない。


 狐丸が死んでしまったのではないかと、ひどく落ち込んだ。

 死んでしまったのなら、自分もその傍に逝きたいとすら思ったのだ。

 けれど生きていた。


 驚くほど元気に、狐丸は玉兎(ぎよくと)に笑いかけてくれた。

 走れないと試しに駄々をこねてみたら、嫌な顔ひとつせずに、おぶってくれた。


『わ、私は……私は! 狐丸さまが好きなのです……っ!』

『な……、玉兎(ぎょくと)!?』

 思いっきり叫ぶと、鉄鼠(てっそ)が目を丸くした。


 驚く鉄鼠(てっそ)を見ると、やる気がムクムクと湧いてきて、今まで自信のなかった自分が可笑しくなった。

 《ここまでくれば、何を言っても怖くなどありませんっ》

 玉兎(ぎょくと)は、目を細める。


 大きく息を吸うと、鉄鼠(てっそ)に向き直る。

『決めました……!』

 キリッと真剣な顔をすると、玉兎(ぎょくと)は、鉄鼠(てっそ)にキッパリと言い切った。


 鉄鼠(てっそ)は怯む。

 今まで引っ込み思案で、どちらかと言うと、三人の中で一番ビクビクしていた玉兎(ぎょくと)なのである。

 その玉兎(ぎょくと)が決心するなど、余程のことに違いなかった。

『な、何を決めたんだ……?』


 聞くのが少し、恐ろしかった。

 けれど、聞かない訳にはいかない。恐る恐る尋ねる。

 尋ねられて、玉兎(ぎょくと)は胸を張った。




 ──『私は、狐丸さまを()()()()()……!』




『……』

 聞き間違えたのかと、鉄鼠(てっそ)は一瞬硬直する。

 じっと玉兎(ぎょくと)を見た。


 玉兎(ぎょくと)は、恥ずかしくなったのか、自分の長い耳で顔を隠した。

『……。え? 玉兎(ぎょくと)? 今、なんと……?』

 聞き返したが、聞いてはいけないような気がして、鉄鼠(てっそ)は自分の小さい耳を、必死になって塞いだ!


『いや、いい! これ以上は聞かない! (わし)の耳はどうかしてしまったのだ! 壊れてしまったゆえ、何も聞こえぬ!』

 しかし、玉兎(ぎょくと)の方も負けてはいない。

 鉄鼠(てっそ)の耳元に口を寄せると、更に大きな声で叫び始める。


『私は、狐丸さまを……!!』

『わーわーわーわーわーーー!!』


 いくら大声で叫んでも、鉄鼠(てっそ)は耳を塞ぎ、ワーワー言うだけで、話を聞かない。

『……』


 玉兎(ぎょくと)は、しゅんとなって、そっぽを向いた。

『好き……なのです。おかしいでしょうか……』

 ポツリと呟いた。


 あまりにも哀愁漂うその背中に、鉄鼠(てっそ)は申し訳なくなって、そろりと傍に近づいた。

『おかしくはない……おかしくはないが、狐丸さまの同意も得ずに、勝手には決められはしないだろ?』

 ボソリと呟いた。


『同意……』

 呟いて、玉兎(ぎょくと)の頬が紅潮する。


鉄鼠(てっそ)。狐丸さまが同意して下されば、私の妻になるのですか……!?』

 あまりにも無邪気に尋ねるものだから、鉄鼠(てっそ)はどうしたらいいか分からずに目を泳がせる。


『い、いや、玉兎(ぎょくと)……その前に、狐丸さまは男だ。男は嫁とは言わない。《婿》と言う……』

 わけの分からない説明をしながら、鉄鼠(てっそ)玉兎(ぎょくと)の様子を伺った。


『……』

 玉兎(ぎょくと)は明らかに、残念そうな顔になったが、しばらく考えて、口を開く。


『……いや、しかし、我々は妖怪です。妖怪ならば《嫁》でも良いではありませんか?』

 どういう理屈だ……? と鉄鼠(てっそ)は唸る。

 一瞬、言葉のやり取りを諦めようとしたが、ここで諦めたら、どんな行動に移るか分からない。迷惑を被るのは、あの狐丸さまだ! そう思うと、諦める訳にはいかなかった。


『……玉兎(ぎょくと)……? それはどういう理屈だ?』

『え? だって私たちは、()()()()()()ではないですか』

『……』

『妖怪の子は、それこそ自然に湧いて来るもの。私と()()()()なら多少は作れますが、それはただの分身。人のように……ほかの動物たちのように、愛し合って子を成しはしない』

『……』

 その玉兎(ぎょくと)の物言いに、鉄鼠(てっそ)は眉をしかめる。


 妖怪は、()()心惹かれる。

 他者に愛情を求めても、所詮は妖怪。好きだと言って愛情が高じれば、その感情は一転して食欲となる。

 愛していれば愛しているほど、()()()()()()のだ。


 だから好きにならないように、その可能性のあるものとは、一緒に行動を共にしない。

 そもそも三人で、つるんでいる姮娥(こうが)玉兎(ぎょくと)、それから鉄鼠(てっそ)は、特殊な存在だと言える。

 その妖怪独自の特性がある為に、(あやかし)は、なんの制約もなく愛し合える()に惹かれるのだ。


 鉄鼠(てっそ)は、どこまで玉兎(ぎょくと)が狐丸の事を好きなのかは分からない。

 《しかし、それが高じれば、玉兎(ぎょくと)は狐丸さまを……》


 考えたくもない状況が思い浮かび、鉄鼠(てっそ)は頭を振る。

 狐丸を襲ったとして、玉兎(ぎょくと)は返り討ちに合うだけだ。喰われるのは玉兎(ぎょくと)の方……。


 《……。いや……しかし……》


 鉄鼠(てっそ)は思い出す。

 《そう言えば、狐丸さまは()()だ……》

 確か、妖狐には()()が掛かっていたはずだ。誰が掛けたのか……までは分からないが、鉄鼠(てっそ)はその噂を随分と前に聞いた。それこそ姮娥(こうが)玉兎(ぎょくと)と出会うよりも前。

 《確か、妖狐は()()()愛せぬ……》


 妖狐の呪いは、人しか愛せないこと。

 愛していまえば、その臓物を求める。

 妖怪にとっては、たかが臓物。一つや二つ食べられても死にはしない。痛みはあるが、ふたたび再生する。


 しかし人は違う。簡単に死んでしまうのだ。


 たいていの妖狐は勘違いする。

 人を好きになるわけがない……と近づき、気づいた時にはもう遅い。手には愛する者の臓物を握りしめ、死に至らしめる。

 《……すっかり忘れていた》


 鉄鼠(てっそ)は青くなる。

 知っているものは、もうほとんどいないかも知れない。それほど前の話だ。

 《しかし、今まさに狐丸さまは、人の子……澄真(すみざね)に執着している……。本人は自覚してはいないが、あれは()……ではないだろうか?》


 たまに狐丸は、澄真(すみざね)が親しくする者に対して嫉妬……と言ってもいいような行動を見せる時があった。傍目から見ても、狐丸が澄真(すみざね)に好意を寄せているのは、確かである。


『……』

『……? 鉄鼠(てっそ)? どうかしたのですか……?』

 深刻な表情を見せ始めた鉄鼠(てっそ)に、玉兎(ぎょくと)が心配する。


『あ……いや。……なんでもない……』

 しかし声はひどく動揺していた。

『……』

 そんな鉄鼠(てっそ)を覗き込みながら、玉兎(ぎょくと)は溜め息をつく。


『私たちも、()()()()()良かったのに……』

 そんな玉兎(ぎょくと)の呟きが、フワリと風に舞った。


 空は爽やかに晴れていて、今日は暑くなりそうだった。


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[良い点] 1/1 ・あ、やばい。内臓ペロペロフラグ [気になる点] 嫁ならしょうがないですね。すみさんが嫁の資質ありそうですが [一言] くっちゃくっちゃのレロレロレロ
[良い点] 好きだから食べたいというのは、良く分かります! 妖怪に限らず普通の愛し方。 [気になる点] 子は成せなくてもHはできるんですよね。ね。 [一言] ああ〜、ヤンデレの可愛い女の子に「貴方のこ…
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